第45話 お別れ——この恩は、また今度
それから1時間——遠くから、無事を確かめる声が聞こえてきた。
メイソンが、最初に逃した定期馬車の御者が助けを呼んでくれたらしく、近くの街から冒険者が駆けつけたのだ。
カイルとエリス……そして、メイソン率いるパーティーの面々は、駆けつけた冒険者と共に街へと向かった。
「あの……メイソンさん?」
「——ッ……なんだいカイルさん」
「この魔狼ですけど……メイソンさん達が倒したことにしてくれませんか?」
「——ッ!? それは……あれを倒したのは奥方だ。それを……」
「あの……あなたの言い分も尤もだと思います。ですが、エリスの力はあまり公にしたくないと言いますか……」
「理由があるのか……分かった。あまりいい気はしないが、それが恩人であるカイルさんの望みなら」
「ありがとうございます」
その間——カイルは、森で起きた出来事をメイソンに口外しないようにお願いした。彼は、これについて強いて追求してこないのは、気を利かせてのことだろうとカイルは思ったが、心苦しいのと同時に酷く安堵した。
「それと、魔狼の素材はメイソンさん達が貰ってください」
「いや……それは……」
「口止め料……というと聞こえは悪いですが……」
「流石にそこまでは……」
「では……アレを今回の護衛の追加報酬ということで……どうか……」
「……分かった。そこまで言うなら……ありがたくもらうとしよう。いつか、このご恩を返しに来るよ」
「……ッ!? はい、ではいつか……」
せめて、この心のシコリを払拭するためにと、魔狼の素材の権利をメイソンに譲る。ギルドを介して素材の換金をしてしまえば、竜の時と同じで言い訳に困る。今度はフー爺のように巡り合えるとも限らないのだ。
ただ、森に放置するのも忍びない。ならここは、メイソンに受け取ってもらうのが一番得策であるとカイルは考えたのだ。幸い、お金には困っていない。なんら問題ないだろう。
そして……
「では——カイルさん。依頼達成ということで、我々の護衛はここまでとなる。依頼書にサインをもらえるか?」
「はい、勿論——大変助かりました。ありがとうございます」
そのまま助けにきた冒険者と共に、そのまま街へ向かう。こうして、メイソン率いる冒険者パーティーの依頼は達成となった。
しかし……
「礼には及ばないよ。我々は何もしてないんだから。こんなんで依頼達成と言ってしまうのも恥ずかしいぐらいだよ」
メイソンは浮かない顔だ。それも当然だろう。護衛対象を守るどころか守られてしまったのだから……彼の反応も致し方ない。
「そんなことありません! 僕は皆さんと旅ができて楽しかったですし、こうして無事に街に辿り着けたんだから、良かったです!」
「そうか……そう言って貰えると嬉しいよ。こちらこそ、ありがとう。カイルさん」
カイルはお人好しとして、そんな彼をねぎらった。しかし、決して世辞ではない。心の底からカイルが思ったことを心のままにメイソンにぶつけた感謝の言葉だ。メイソンは初めこそ複雑な表情を見せていたが、カイルの笑顔の返しに、たまらず笑顔を伺わせて礼を返した。依頼人が満足を表情に貼り付けているのだ。いつまでも護衛が顔を顰めているわけにはいかないだろう。
メイソンはすかさず、利き手をカイルに差し出すと、カイルはこれに答え、受け取った。2人の手が固く結ばれることで別れの挨拶を締め括った。
「アリシアさんも、ありがとうございました」
「ええ……機会があるかは分からないけど……是非また、私たちを頼ってね。今回の恩はその時に返させてね」
次にカイルはメイソンの隣にいたアリシアへと挨拶をする。彼女ともまた握手を結ぶ。
そして……彼らとの挨拶も佳境だ。
あと2人——“遠慮の知らない猫娘”と“情緒不安定魔女っ子”の2人への挨拶が残っている。
だが、少女達の姿が見当たらない。
「キャロルちゃんに……シャルルちゃんは……あ?! いたいた」
カイルが周囲をキョロキョロと探してみると、メイソンの背後……少し離れた位置に2人の姿があった。
「シャルルっち〜〜? まだ、いじけてるのかにゃ?」
「エリスさん……綺麗な人で、敵わないなって思ったけど。私は冒険者で、強いんだって……それだけが私の強みだって思ってたのに。巨体の魔狼一撃で……美しくて強いって……反則。ふふふ……私、馬鹿みたいだね……ふふふ……グスン……」
「——もう、やめて! こっちまで泣けて来るにゃ!!」
シャルルはずっと地面を見つめブツブツ譫言を呟いていた。それをキャロルが介抱するかのようにシャルルの周りをアタフタとしている。
「…………さいよ」
「……にゃ?」
「——早く、慰めなさいよ!」
「うわぁ~面倒くさい。前、慰めたら暴れたくせに……はいはい。よしよしにゃ〜〜」
「……グスン」
シャルルは情緒の不安定さに拍車が掛かっているようだ。キャロルは文句を言いつつも、なんだかんだとそんな彼女の頭を撫でる。面倒見のいいお姉さんのように。
「キャロルちゃん? シャルルちゃん? 大丈夫?」
「——ッ!? カイル様!!」
「——ッ痛いにゃ!!」
カイルは2人に声をかけた。ただ、声に驚いたシャルルは勢いよく振り返るが、この時抱えた魔杖がキャロルの身体に打ち付ける。他人に見せた優しさが報われなかった瞬間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます