第44話 ゲームオーバー

「——ぎゃぁああ!! エリスぅう!!」


「うるさい! 黙ってなさい!! 舌を噛むわよ」



 ズゥウウン——と、轟音が鳴る。荷馬車はたちまち粉々に砕け散り、周辺に木片が散乱する。



「——グラァアア!!」



 巨大な魔狼は突然——樹海の翳りからカイル達を襲いかかった。荷台に居たエリスは瞬間的に魔手を腕に発生させ、魔狼が飛びかかると同時に広げた顎を掴むと、その巨体を食い止めた。だが、彼女が立っていたのは木製の荷馬車の御者台だ。エリスの足元は重さに耐えきれず、グシャ——と音を立ててたちまち崩壊する。しかし、それでもエリスのか弱さを感じる小さな身体は潰れる兆しは見せず、不思議なことに魔狼の巨体を受け止めていた。



「——な、な、な、なにコイツ!? ひぃいい!!」

「……あのね。アナタさっき見せた威勢はどこへ行ったの?」



 この時、カイルはというとエリスの足元で頭を抱えて怯えていた。エリス提案のゲームに対しては意気揚々と参加を表明していたが、この時の怯える彼からはその瞬間の果敢な姿は想像がつかない。エリスが呆れるのも仕方がなかった。



『どういうことだ——小娘!? 貴様は!!』

「はぁぁ……アナタ、魔狼の王ね。よくもワタシの邪魔をしてくれたわね」



 エリスは魔狼と意思疎通ができていた。



『貴様のその力……まさか魔族か!? 魔族が何故この森にいる!』

「ワタシが、どこにいようがワタシの勝手でしょう?」

「……え?! エリス誰と話して……」



 カイルには唸っているようにしか聞き取れない魔狼の声も、空気の振動からエリスには何を語っているかわかるのだ。頭の良い生き物限定ではあるが……



「それに……アナタ間違っているわよ」

『なに?』

「ワタシは、魔族でも……頂上の魔王よ?」

『——ッ!? なんだと!!』

「この意味おわかり?」



 エリスは魔狼を睨む。魔狼の王と言えども、魔族からすれば力の関係は同程度だ。しかし、目の前の少女は、その中でも群を抜いて力と残虐性を兼ね備えた魔族の頂上——“風姫エアリエル”。単なる狼のボスなんて、赤子同然だった。



『——分かった。非礼を詫びよう』

「……ん? 詫び?」

『ああ……我は知らなかったのだ。まさか、魔王とあらせるお方が……このような辺鄙な地に足を踏み入れてるとは……思ってもみなかったのだよ』



 そして……魔狼の王は、自身が襲いかかったのが魔王と知るや否や、手のひらを返すように、引きの姿勢を見せる。


 だが……



「はぁぁ……勘違いが過ぎる。呆れた……」

『——なぬ?!』



 魔狼の王は1つ勘違いしてることがある。



「アナタは所詮、盤上の駒にすぎない。ただのオモチャよ。それに……」



 目の前の存在は、交渉相手になり得ないことを……


 エリスは鋭い視線を横にずらす。


 そこには……



「「「「……ぇぇええ〜〜」」」」



 呆気に取られ、目を点にする冒険者の姿があった。



「はぁぁ……ゲームオーバーよ。アナタ……」

『……は?! 何を言って……』



 エリスは乾いたため息をこぼすと首を横に、“やれやれ”といったようにふる。彼女が、魔狼と、冒険者の姿を捉えた瞬間——彼女の負けが決定してしまったからだ。


 つまりそれはエリスが約束を守らなくてはいけなくなった瞬間だ。



「カイル……アナタ、変に強運を持っているのね? 呆れたわ」

「……え?! あ! シャルルちゃん達!!」



 この時、カイルもようやく、4人の姿を視認する。



「ということよ魔狼の王。死んでちょうだい」

『——ッ!? 待て話を!!』

「聞かないわ。そもそも、ワタシはアナタに怒りをもったのよ。犬畜生が、ワタシと、ワタシの道具を喰らおうとするなんて……驕るなよ」



 次の瞬間——



 エリスの上顎と下顎に置かれた魔手は、首をゼンマイを巻くかのように捻った。


 すると、ブチッ——と、皮膚が千切れる音を残し森は沈静化する。先ほどから、どこかザワメキを抱えていた周辺の木々は、一瞬にして静まり返ると、やがて……魔狼の骸がズズン——と、地面に倒れた。

 エリスは首を捻る際、魔狼を横合いに倒しつつ捻ることで、ちぎれた断面から飛んだ返り血を直接は浴びずに済んだ。

 だが一雫、色白の頬に血糊が付着すると、これに気づいたエリスは、それを親指で拭う。柔肌に擦れた赤色を刻んだ。



「はぁぁ……カイル、アナタの勝ちよ」

「——ッ!? え?」

「あとは任せたは……」



 美しい少女と、狂気が織りなす——美。それが、月明かりのスポットライトで照らされて……ゲームの終幕を告げた。



 それを、プレイヤーから観客へと成り下がった、メイソン、アリシア、キャロル、シャルルが、顔面蒼白で血濡れた現場を見つめ続けた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る