第43話 出現するは魔狼の王——しかし、それを抑えるは……

——数分前——



「さて、カイルさんは行った。ここからが正念場だ」


「そうね〜〜せめて、キャロルちゃんとシャルルちゃんは逃がせてあげたいところだけど……」


「えぇ〜〜リーダー達だけ置いていくわけないにゃ?」


「そうです! 私達も戦います! それに、メイソンさん達不在で冒険者稼業は無理です。そんなんで、どうやって暮らしていけばいいんですか!」


「……? カイルさん達と一緒に旅させて貰えばいいじゃないの?」


「——シャルルちゃん。今すぐ一緒に逃げましょう!」

 

「——ッにゃにゃ!!?? 薄情者がここにいるにゃああ!! アリシアはシャルルを甘やかすこと言っちゃダメにゃああ!!」



 カイルの馬車は行った……



 この場に残された4人は戦いを前にして凄く楽観的である。だがこれは現実を逃避しているわけではない。彼らは冒険者とあって戦いには慣れているが、それでも恐怖は抱えている。そういった恐れを少しでも和らげるために、こうして剽軽ひょうきんに振る舞うのだ。



 果敢に魔物と戦うために——



 だが、しかし……



「「「「——ッ!?」」」」



 それは天災を前にしては無意味である。



「なんだ。コイツは——!?」

「こんな大きな魔狼は、見たことないわよ」

「ヤバヤバだ——ウチの獣人レーダーは警鐘ビンビンだにゃあ!!」

「——そんな……」



 4人の前に現れたのは、人の身長を優に超えてしまうほど強大な狼だった。

 足元は陥没し、木々をなぎ倒され、出現した魔狼。それだけでも魔物の脅威は嫌でもわかってしまう。月明かりに照らされた銀の毛は美しいと感じるが、それは死の輝き。皮肉なことに4人に絶望を与えるには十分なほどに眩しかった。



「——ク!? やるしかないか……みんな! 気をしっかり持て! この巨体だ。藪の中は、そう上手く移動できないはずだ。倒さなくていい、地形を利用して離脱するぞ。だが、惹きつけるのも忘れるな。カイルさん達を逃がす時間だけは、何としても稼ぐんだ!」


「「「——ッ」」」



 だが、彼らはまだ諦めていなかった。メイソンの鼓舞するような指示に、皆が今一度武器を強く握りしめ、魔狼を睨んだ状態で時間が停滞する。魔狼の初動を沈黙で待った。


 だが……



『……ッぐるるる!!』



 魔狼が1つ唸るように鳴いた。



「——ッニャ!!??」



 これに、何故か驚愕し顔を青ざめるキャロル。



「——コイツ! 馬車を先に仕留めるとか言ってるにゃよ!!」

「「「——ッ!?」」」



 キャロルは獣人。彼女はなんとなくであったが、魔狼の言葉が分かった。だがそこで知った事実は愕然とする内容となる。



『——ッグラァア!!』


「「「「——ッ!?」」」」



 だが4人がその事実に驚き呆然としていると……魔狼は一吠え。4人を軽々と飛び越えると、カイルの馬車が消えていった方向へ駆けていく。



「——ッマズイ!? 魔狼が——!! カイル様!!」

「——行っちゃうにゃ!?」



 これにシャルル、キャロルは慌てふためき悲鳴をあげた。



「——クソ! 追うぞ!!」



 リーダーのメイソンも取り乱してしまう。気付けば、反射的に魔狼を追いかけ、駆け出していた。

 指示……というより、罵声に近い声のみを置いて……これを仲間が追いかけた。



「どうか、間に合ってくれ!!」



 最後に……誰かに聞こえてるかもわからないほど弱々しく言葉を漏らし、メイソンは魔狼を追う。










「右から3体来るにゃ!」

「あぁ……俺に任せろ! こぼれたら、アリシア、シャルル頼む!!」

「了解よ!」

「わかりました! メイソンさん!」



 4人は森を駆ける。その間、追いかけて来る魔狼を処理しつつ、固まって移動する。


 あれから数分が経った。


 これは僅かな時間経過だが……


 魔狼との戦闘——


 カイルとエリスの無事の有無——


 これらの状況と想像は、一定数のストレスを彼らに与えた。


 感覚的には何時間に及ぶ激闘を味わうかの如く、4人の精神を蝕む。



——果たして、2人は無事なのか?



 この場の全てが、悪い想像を掻き立てた。


 だが……そんな時間も終わりは訪れる。



「——ッ!? こ、この先——大きな音がしたにゃ!!」


「——本当か!」



 キャロルが物音を拾った。これにメイソンが反応を見せる。



「見えた——森を抜ける! すぐそこだ!!」



 同時に光も見えた。暗闇に刺す月光——これは希望の光だ。



「——どうか、カイル様。無事でいてください!」



 そして、4人は樹海を抜けた……





「「「「……え?」」」」





 そこで飛び込んできた光景は……



 間に合わなかった無情の現場でも……間に合った安堵の風景でもない。



「——犬畜生が、ワタシと、ワタシの道具を喰らおうとするなんて……驕るなよ」



 不思議な光景だ。


 か弱いはずの少女から、半透明の腕が生えている。



「——グラぁあ??!!」



 それは巨大に膨れ上がり、群れのボスだと思われる魔狼の顎に掴み掛かる。



 その巨体を抱え、何トンもの質量が沈まず静止している。



 この光景とは——



 でしかなかった。





「「「「……ぇぇええ〜〜」」」」





 呆気に取られるのも……仕方のない反応だ。



 魔狼を支えるのが少女なのだから……



 仕方がない——

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