第42話 君って結局は優しいね?
カイルは笑っていた。
「よし! それでいこう!」
絶望でしかないまさかの提案にも関わらず、希望の光をその眼に捉えたかのように……
エリスには怪訝な表情が張り付く。それは、まるで頭の可笑しな人物を目撃したかのように首を傾げ、数刻前の笑顔を一瞬にして引っ込めた。
「アナタ……恐怖を抱いていないのかしら?」
そして、気づけばカイルに質問をする。彼に与えたゲームは絶望そのもの、下手をすれば命まで危ぶまれる遊戯である。
それを笑顔で了承する弱者を、可笑しく思わずにはいられなかった。
「……? 怖いに決まってるじゃん? 当然でしょう?」
「……なら、なんで笑ってるの。おかしくなっちゃった?」
「だって、なんだかんだ言ってエリスって優しいなぁ〜って思って……」
「……はぁあ?」
だが……彼女の疑問が晴れることはない。カイルの回答は更なる難問を突きつけてきたかのように、エリスの思考を混濁とし、不可思議の文字を植え付けた。
「……優しい? あなた——何を勘違いしてるの? これはゲーム。人の命を駒に扱う盤上の遊戯なんだけど。どうして『優しい』なんて言葉が出てくるの? 私の提案は、駒だらけの敵陣に、『ポーン』であるアナタが1人で赴き、仲間の駒を連れて帰ってこいと言ってるの。それも敵陣の『キング』も連れてくるのよ? アナタにできるの?」
だから彼女は、ゲームの難易度を説明するかのようにカイルに語るのだった。
彼女は『魔族』……人の命なんて、彼女の定義の中では、何よりも軽くお遊びの道具でしかない。そして、この考えをエリスが所持し、不道徳で非道であると——カイルは知っている。
だが……
「違うよ……ゲームの内容じゃなくて……」
「……?」
カイルはそう言うと、御者台から降りて、林中の草を踏む。そして、エリスの顔を見上げる。ただ、その時の彼の表情は恐怖に染まることなく、柔らかだった。
「僕、てっきり魔族って問答無用の殺人鬼だと思ってたんだけどさ」
「……否定はしないわよ。アナタはたまたまワタシに生かされているに過ぎない」
「そうかもしれない。でも、そんな君だからこそ……ゲームだなんだと言って、僕を助けてくれる道を用意してくれる。だから、エリスは僕にとって優しい女の子なんだよ」
「……フン。何それ……気持ち悪い」
カイルは破顔して言い放った。
エリスとは——
魔族で……それも頂上の魔王で……残虐非道……
だが……
狂ったお人好しにしてみれば……そんな存在が、形はどうあれ助ける道を用意したのなら……
それは彼にとって「優しさ」と勘違いしてしまうのだ。
それだけカイルのお人好しは狂ってしまっている。
「なら……見せてちょうだい。アナタの言うワタシの優しさってヤツ。このまま、アナタが死んだり、あの冒険者どもを殺してしまえば、ワタシは優しさなんて持ち合わせない『魔族』である証明になるわ」
「……分かった。なら、待っててよ。僕はシャルルちゃん達を連れて戻ってくるからさ!」
「……ふふ……なら頑張ってみなさいな」
意気揚々とカイルは宣言し……その自信が砕け散る様を見たいエリスの微笑み……2人は見つめ合い。
そして、勝負が始まる。
カイルは、クルっと踵を返して森の暗がりを見つめた。ここでごゴクッと生唾を飲んだカイルだが……それでも、不思議と恐怖は感じていない。先ほどの笑顔、エリスを「優しい女の子」と信用した彼の考えは思考に停滞し、それが勇気を与えてくれるかのようだった。
「——ヨシ! じゃあ、行ってくるよ!!」
そして、一瞬だけエリスの顔色を伺うと己を鼓舞するように宣言を口にする。
それが同時にゲームの開始宣言のようである。
遊戯の開幕だ。
と、その時……
『——ッグラァア!!』
咆哮が鳴った。
「「……え??」」
エリスとカイルは腑抜けた声を漏らす。
音が聞こえたのは頭上だ。これに誘われて、上を見上げれば2人を覆い尽くしてしまう影が……そして、目の前には露わとなった口腔が覗く。
「「……ええぇぇ〜〜?」」
これを捉えた瞬間、2人の腑抜け声が間延びした。
それは静かに咆哮と混じりあう。
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