第49話 聖女様との過去

〜〜2年前〜〜



『聖女様——次の患者です』

『はい! そこに寝かせてください!』



 とある街の教会。


 そこには多数の患者が寝かされている。それを……


 まだ、年端もいかぬ1人の少女が手に温かな光を灯し、患者に振りかけている。



『聖女様。大丈夫なんですか? もう長時間魔法を使い続けてるわけですが……あなた様のお身体が……』

『心配してくれてありがとうエクレ——だけど、休んでる暇なんてないわ。炎姫の魔王が撒いた毒素は特殊な薬草か……私にしか治療ができないのよ。手は止められない』

『ですが……あなたが倒れてしまったら……』



 魔族との戦争真っ只中、戦地の最前線よりほど近い都市に、魔族頂上の存在の1人、炎姫の魔王【フレイル】が井戸水に毒素を流したことで、激しい中毒症状を起こす人々で溢れかえった。

 街が狙われた目的は、戦地への物資供給の足を止めること。これは魔王が思い描いた通りのパンデミックを街全体に広げてみせた。

 それで、この中毒症状だが、特殊を極めた。毒素を分解する薬草だが、群生地は大陸の反対側にあり、この地では滅多に出回らないものだった。幸い、街にはたまたま聖女が居合わせたことで、被害を多少食い止めることは叶った。


 だが、街全体に対して、聖女は1人……



『聖女様! 薬草が尽きてしまいます! 西地区に当てた分が最後です』


『——ッなら東地区の患者は私が……』


『新たに100人の患者が来ます。南区の教会が匙を投げたそうです!』


『——ッ!? わ、私が……』


『無理です。聖女様——薬草の数が明らかに足りません』


『——ッでも!! エクレ——なら、どうしろって!!!!』


『聖女様……取捨選択しかありません』


『——そ、そんな……』


『戦況を変えるわけには行きませんから、兵士、兵站を優先するしかありません。聖女様……ご決断を……』


『……ッ……私は……』



 とてもじゃないが、治療が間に合うはずがなかった。


 聖女の顔は、憔悴と疲労と絶望から……白く変貌し、これ以上の力の酷使は……



 ——無謀——



 子供だって気づくだろう。



 もう限界が近いのだと……



 だがそんな時だ——



 ——バン!!



 教会の扉が勢いよく開かれる。この場にいる者の大半はそこに釘付けとなった。



『ちょっと誰ですか?! あなた……ここは関係者意外立ち入りは……!?』



 ちょうど、扉の近くに居たシスター。思わず、入り口に立つ青年に怒声を飛ばした。



『あのぉ……ここで薬草が必要だと聞いて……』


『……え?』


『これ……』



 彼は、シスターに草束を突き出す。すると……



『……え!? これって!』



 その正体に驚いた。

 

 街に蔓延した中毒症状のパンデミック——その解決方法の一案。この地では手に入りづらいとされる薬草の束だった。



『あなた……これをどこで?! というか……あなたは?』


『あ! すいません。いきなり……僕は旅商人です。カイルといいます』


『カイルさん……』


『ええ……実は、薬草を大量に抱えてしまっていて……そうしたら、ちょうど薬草を必要としている街があると聞きましたので馳せ参じた次第です』


『それは助かります……え? 大量に!?』


『はい……』



 シスターはカイルの背後……今、彼が入って来た扉の先を見つめる。すると、一台の荷馬車と馬——荷台には大量の麻袋。溢れんばかりの薬草の山だった。これにシスターは目を見開いて驚く。



『まさか……アレ全部!? これと同じ薬草なんですか?』


『えぇ……大陸の反対側が群生地の珍しい薬草だと思って仕入れてみたんですが……いささか特殊すぎる薬草で、ピンポイントの毒素にしか効かないときた。全然売れなくて困ってたんです。あはは……』


『——あ、ありがとうございます! アレだけあれば、街全体が助かる……聖女様!! 薬草です!! このお方が薬草を届けてくださいました!! これで街は助かります!!』



 そう……急に現れた旅商人は救世主だった。



『ほ、本当ですか!? それは——!!』 

 


 聖女は立ち上がって入り口に駆け寄る。この場に現れた救世主の元に——



『あのぉ! え、えっとぉ……』


『カイルです』


『……カイル!!』


『え? カイル……!?』



 聖女はカイルの手を握り見つめる。



『薬草を届けてくれたと……そうなのですよね?』


『ええ……全部使ってください』


『——ッ!? それは……ありがとう……本当に……ありがとうございます。グスン……』


『——ッッッ!? せ、聖女様!! 泣かないでください! そ、それよりも急いだ方がいいんじゃないですか?』


『そうでした。私ったら……では、皆様!! お願いします!!』


『『『『——はい!!』』』』



 聖女の指示が飛ぶ——その後は順調に薬草の配分がなされる。中央の教会から四方に向かって薬草が渡り、パンデミックは解決した。



『あのカイル様——』


『その……『様』って言うのはやめてくれないですか? 聖女様……』


『……セレナです』


『……え?』


『私の名前……』


『セレナ様?』


『『様』はやめてください。私も名前で……セレナと呼んでくだされば……』


『いや……それは……恐れ多いですよ。流石に……』


『えぇ……あ? そういえば、薬草のお礼を——! ただ……この街はまだ混乱が収まってなくて……すぐにはお支払い出来ない状況で……』


『結構です』


『……え??』


『お代なんていらないですよ。どうせ売れ残りですから〜〜あはは……』


『……え? えぇぇ〜〜?? カイル様は旅商人なんですよね? えぇぇ〜〜……』



 聖女と救世主……いや、セレスとカイルの何気ない会話風景——


 だが、急に……



『……ッ!? うぅ……』



 セレスが蹌踉めく。散々の治療のための魔法行使で無理が祟ったのだろう。


 その時——



『——危ない!?』



 カイルが彼女の身体を支えた。



『………………キュン』


『……ん?? キュン??』



 可笑しな恋心の生まれた瞬間を観測した。



 

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