第41話 人でなし少女の遊戯
「…………」
カイルはそれでも、沈黙に徹し少女を見つめる。
まだ内容が明かされていないにも関わらず、即答で拒否を表明したエリス——カイルはこれに「まだ、何も言っていない!!」とは言わない。
何故なら、カイルが次に発する言葉など……エリスが分かっていることなんて容易に想像がつくからだ。
そして……
それが、拒否されることもカイルは当然分かっていた。
「“お人好し”のアナタのことだもの、どうせ『あの冒険者パーティーを助けてくれ』——とでも、言いたいのでしょうけど……嫌よ」
「…………」
「そもそも、彼らのあの姿勢は彼ら本来の日常でしょ? 護衛として雇ったんだもん。そこは冒険者として働いてもらわないと——」
「……ッ」
「それに……ワタシに戦って欲しくないから、アレを雇ったのでしょう? ワタシが、助けるのは違うよね? 魔族である正体を明かすことになるけど、それは本末転倒だと分かってる? それに、アナタは彼らのことを単なる足手纏いだと言いたいのかしら? ワタシが助けた時点で、その程度の人間と成り下がることになるけど……」
「——ッそれは違……」
「違うくないわよね? カイルがワタシに助けを求めるのは、彼らが力不足と示してるのと同義よ。魔族であるワタシが言うのもなんだけど……それは彼らに対して失礼であり、迷惑なエゴでしかないのよ」
微かな希望を見出して『懇願』を直感で選択したものの……それは結局、無謀な賭けでしかなく。カイルに絶望を突きつけられる。エリスの吐く毒は……ジワジワとカイルの精神に侵食する。
「……そ、それでも……あの魔物の数じゃ……」
「そんなの知ったことではないわ。運が悪かっただけでしょう? 冒険者を生業としてるのだから……死ぬのなんて覚悟あってのことでしょう。これは、仕方なかったのよ」
「し、仕方なかったって——!?」
「はぁ……もういいでしょう? 早く馬車を走らせてくれないかしら? 彼女、私の指示じゃ動いてくれないのよ……」
エリスは煩わしさを覚えつつ、ラテ丸に視線を向ける。エリスの言う“彼女”とは、カイルの
「——はぁぁ……」
だが、カイルは動かなかった。いや、動けなかった。
この行為は、間違いなくエリスの不興を買う恐れがある。それは、彼女がカイルの狼狽する姿に、思わずため息を吐き捨てた様子から一目瞭然だ。カイルもこのことは分かっているつもりだ。
しかし、それ以前に……
メイソン……
アリシア……
キャロル……
そして、シャルル……
この4人を見捨ててきてしまったその事実に畏怖せずにはいられなかった。このまま、馬車を進めることの方が……エリスに殺されてしまう以上に怖かった。
だって……
カイルとは、それほどまでの“お人好し”なのだから……
だが、この時——
「分かったわよ。カイル……」
しばしの静寂の後……突然、エリスが口を開いた。そして、そのセリフは渋々といった了承の表明。カイルはピクッと反応を示し、信じられないモノを見るように驚いて見開いた眼がエリスを捉える。
まさかのエリスの発言だが、そんな彼女もカイルがこのままでは天秤を傾けることができないと悟ったのだ。であるなら、動ける者が動くことでしか物語は決して動き出さない。
だから……彼女が折れたのだろう。
しかし……
それは新たな選択肢が増えるだけとなる。
「——ッ!? え、エリス? 助けてくれるの!?」
「——いえ……それは嫌よ」
「……はぁ? なら、何が分かったって……」
だが、それは決してエリスの考えが変わったわけではない。それは魔族としての譲れない残忍な性格由来のプライドだ。
だが……
「カイル……1つゲームをしましょう」
「……ゲーム??」
突然——エリスは1つの提案をする。
「——ッあ。面倒くさいから、『現状を考えろ』とか言わないでよ? “ゲーム”って言ったのも、魔族である私好みだからで、カイルもその方が私を信用できるでしょう?」
「……それをすれば、みんなが助かるの?」
「それはあなた次第。それにに時間もないわ? やるか、やらないか……早く決めたほうがいいわよ」
「……分かった。なら……」
この時のエリスは、不敵な笑みを浮かべ、カイルの顔を覗きこむ。カイルは、思わずたじろいだが、彼女の反応はどこまでもいつも通りの彼女だ。思考を巡らせ、決心をつけると、カイルの怪訝は次第に果敢に置き換わって行く。鋭い視線を形成すると、彼女の顔を睨み返す。
そして……
「……君の言うゲーム……するよ」
「へぇ〜〜先に内容を聞かなくていいの? ふふふ……アナタ、少しはワタシ好みになったようね」
カイルはエリスのゲームの申し出を受け取ったのだ。その果敢な姿勢に、エリスはクツクツと喉を鳴らして覗き込んだ顔を引いた。
「なら……肝心のゲームの内容だけど……」
すると……すかさずゲームの内容を言い放つ。
「内容は至ってシンプルよ。カイル、アナタはこの場所まで、あの4人と魔狼の群れのボスを連れてきなさい」
「——はぁ?」
「それができたらアナタの勝ち、私が倒してあげる。ただし、馬車は使っちゃダメ……それと、4人の内、1人でも欠けていてもダメよ」
だが、その内容とは、あり得ないモノだった。
『魔狼のボスを連れて来い』
これを戦闘経験も、森の歩き方もてんで分かってない、ただの旅商人のカイルに『やれ』と言うのだ。無謀もいいところだ。
「……どうして、それを……?」
「だって、ワタシ疲れちゃって、この場を動きたくないの。だから、この場所まで連れて来いって言ったのよ。ボスを倒してしまえば、群れは勝手に蜘蛛の子散らして逃げて行くでしょうから、まさにうってつけの余興でしょう?」
まさに魔族の提案。
顔色一つ変えず、人間を盤上の駒の1つのように扱う。まさに、“人でなし”の彼女ならではの遊戯である。
だが……
「ふふ……分かったよエリス」
「……ッ?」
カイルは笑っていた。
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