第37話 情緒不安定少女は不貞腐れて恋する乙女

「シャルルちん! シャルルちん!? ——ッハ!? 息してなぁ〜い!! か、か、か、回復まほぉおおお! 誰かぁあああ!!」

「それは、無理よ——回復魔法使えるのは彼女だけなのよ!」

「いやぁ~カイルさんが、まさかご結婚されてるとは——めでたいことだな」

「リーダー!! ニャンで、そんなに落ち着いてるの! シャルルちんがぁああ!! 死んじゃダメだニャぁああ!! 戻ってこぉおおい!!」

「——ぁああ!? キャロル!! そんなに揺すっちゃダメよ!」


 

 キャロルがシャルルの肩を掴みガクガク揺すり……それを慌てて止めに入るアリシア。そして、他人事なリーダーのメイソン。



 さらに……



「ふふふ……」



 これを嬉しそうに眺めるエリス——



「うわぁ……」



 と、呆気に取られるカイル——





 まさに阿鼻叫喚な現場の完成だ。





「エリス……君って奴は、一体何を……」

「ふふふ……ワタシはね。慌てふためく人間を見るのが大好きなの♪ もう、心の底から笑っちゃうわ」

「——さ、最低だよ! エリス!」

「あら? 褒め言葉をありがとう♪」

「全然、褒めてなぁーーい!」



 カイルはワナワナと経緯を聞いたが……その理由は彼を愕然とさせるには十分だった。


 エリス——彼女は魔族であり……心の持ちようはどこまでも残忍であったのだ。



「な、なんで“こうなった”かは分からないけど、エリスはいつもそうやって場を乱して——! 一体何したの!?」

「何をしたのか……? そんなの見て分かるでしょ? まったく、恋って単純ね〜〜」

「——鯉? 見て分かるって、そんなの分からないよ!」

「……ん? ……カイル、アナタとの話が噛み合わないのだけど……え? 彼女の、この状態理由は……気づいているわよね?」

「——ッ? なんのこと??」

「……え?」

「……え?」



 一瞬、2人の時間が見つめ合った状態で停滞する。



「……カイル。……アナタ、ワタシのこととやかく言えないわよ。生殺しにしている自覚はないのね。残酷ですこと〜〜」 

「——ッえ?! なんで??」



 ただ、カイルの頭には疑問符がついている。シャルルが突然倒れたのは、てっきりエリスの発言にショックを受けてのことだろう——とまでは予想がついているにもかかわらず、明確な理由までは気づいていない。 


 カイルとは、恋心を知らない——こと恋愛に関しては朴念仁であるようだ。



「——てか!? この状況どうしたら……」

「知らないわよ。お得意のでもしたら?」

「……や、薬草配り? 酷い言いようだなぁ……」

「でも……その通りでしょ?」

「…………エリスは、それで命が助かったくせに……(ボソッ)」

「…………はぁあ?」

「——ッ!? や、薬草配り——行ってきます!!」



 そう言って、カイルはシャルルに近寄って行く。


 この間、エリスの鋭い視線はカイルの動きを追い「ふんッ」っと息を吐き捨てた。


 こうして、冒険者との顔合わせは異常な慌ただしさで終了となった。









——数時間後——



 カイルの馬車は街を後にする。


 今は、先頭をカイルの馬車が進み、後方からもう一台、冒険者パーティーを乗せた馬車がこれに続く。冒険者が乗る馬車は、街と街を行き交う定期馬車で、丁度向かう方向が一緒だったことから御者と相談して共に馬車を走らせている。これは定期馬車の御者にとっても護衛を無償で引き受けてもらえるとあって快く乗せてもらっている。このように、馬車が列を成して移動するのは一般的な光景であるのだ。



 ときに——



 先頭を走るカイルの馬車にて……


 乗っている人物が、カイルとエリスの2人だけ……かと思いきや——



「ねぇ〜ねぇ〜カイルッち? 馴れ初め〜〜聞かせてよ~〜。……ね!」

「——ッえ?! 馴れ初め? って言われても……」



 現在、馬車の御者台にはカイルとエリスが並んで座っている。そして、その背後から荷台の縁に捕まりカイルの顔色を伺うのは猫獣人のキャロル——ニヤニヤしながら、カイルにエリスとの馴れ初めを聞いている。



「——別に、エリスとは……キャロルちゃん達と会って……その後、怪我をしたエリスにも薬草を使ったんだよ……ただ、それだけで……」

「へぇ~〜それだけ、ねぇ〜〜」

「もういいだろう!? こんな話……!」



 カイルは、少女に揶揄われソッポを向いて話を打ち切る。だが……少女は何処までも楽しそうで、尻尾がビシビシと烈しく動かし、ただ笑う。


 だが、この時——



——ガタンッ——



 背後から物音が……



「私の方が先に助けてもらったのに……私が先なのに……ぼそぼそ……」



 そして、小声の恨み言——



「あっちゃ〜〜シャルルちん。まだ、イジけてるのぉ〜〜?」



 馬車の後方——そこには唇を尖らせ、ボソボソ言葉を口にするシャルルの姿があった。

 キャロルは物音を拾い後方を確認すると、イジけた彼女に呆れて物申した。



「べ、べ、べ、べ別に……わ、わ、私は、い、イジけてなんて——カイル様にがいただとか、いつの間にかしてただとか……だとか……い、イジけてなんて………うぅ、グスン……」

「ハイハイ。いい子だから泣かなぁ~い泣かな〜〜い♪」

「同情するなぁあ! 頭撫でるなぁああ! 薄らポンタン!!」

「うにゃぁああ! 杖危な〜〜い!! 情緒不安定少女にゃぁあ!」



 キャロルは良かれと思い少女の頭をポンポンするが——それは虎の尾を踏む行為だった。シャルルは、目尻を釣り上げて杖を振り回し大暴れ。荷車がミシミシと音を鳴らした。


 これに……



「シャルルちゃん?」

「——ッ!? ハイ——何でしょうカイル様!!」



 カイルは、暴れる少女の名を口にする。これにシャルル——飛んでカイルに近づき彼のセリフに耳を傾ける。この時、杖の先端がキャロルの後頭部に命中し「痛いにゃァア!!」と悲鳴が上がるも、これを気にする者はこの場にはいなかった。


 それで……



「何でご機嫌斜めなのかわからないけど……僕にできることがあったら何でもするよ?」

「——ッハ!! 何でもッ——!!」



 相変わらず状況を理解していないカイルだったが……この時の彼のセリフにシャルルは驚きと同時——目を輝かせる。


 そして……



「でしたら、今すぐ私と結こ……ッムグ!!??」

「——はぁ〜い!! そこまでだにゃ!! それ以上言ったらビッチビチになるからダメぇ〜〜ニャ!!」

「モゴモゴォオ——!!??」



 とんでも発言が彼女の口から溢れ落ちる手前で、キャロルはシャルルの口を押さえて静止した。



「カイルッちも——幼気な少女に『何でもする』なんて言っちゃダメ! 引ん剥かれても知らないにゃよ?」


「……え? 引ん剝く??」



 キャロルはシャルルを押さえたままカイルを叱った。だが、その理由が彼には伝わらない。



「ねぇ……エリス? これってどういう事??」

「……それ……私に聞かないで——殺すわよ?」

「……えぇ〜〜?」



 そして彼が答えを知ることはない。






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