第38話 “エリっち”って呼んでいい?

「——あ!? そうだ〜〜エリス……さん?」



 突然——シャルルは何かを思い出したかのように、今度はエリスに話しかける。


 この時——カイルは嫌な予感がした。


 というのは、エリスは『魔族』であるからだ。


 良かれと思って雇った冒険者だったが……これは即ち人間との関わり合い。


 エリスは……



『アナタのその行為は愚行でしょうね』


 

 と言っていた。


 これは、後になって気づいたことだ。護衛として雇ったメイソン、アリシア、キャロル、シャルルは——全員とも、とても気の良い素晴らしい人達だ。しかし、護衛として共に行動することは……一定の関わりを持つ事になる。


 即ち……



 エリスの正体が彼らにバレてしまう可能性が高くなる。



 これに気づいたのはたった今だ——キャロルがエリスに話しかけた瞬間。カイルはヒヤッとした。この時漸く、『愚行』に気づいてしまったのだ。


 だが……賽は投げられてしまった。


 カイルに残される道は、ただ何事も起きぬよう見守ることしかできない。


 願うことなら、当たり障りのない会話をキャロルに求めるだけだ。





 しかし……





「……何でしょうかキャロルさん?」



 エリスは、一瞬にして微笑みを形成すると、優しい口調で反応を返した。これは、他所行きの彼女の顔——『猫被りエリス』……魔族である事実を隠すために被った『化けの皮』だ。



「う〜〜ん」



 この反応にちょっと思案の間を開けるキャロル。これを見たエリスは、目頭はピクッとして見せる。

 カイルは「頼むから怒らせないでくれ!!」とだけ願い、観察を続けた。


 だが、次の瞬間——



「——ねぇ! よかったら“エリっち”って呼んでいい!!」

「…………え……エリっち??」


「——ッブゥ!?」



 キャロルの発言に、エリスの表情は笑顔の均衡を崩し、彼女にしては珍しく動揺が走る。

 彼女の隣にいたカイルに至っては思わず吹いてしまった。



「………ク……クククッ……え、エリっち……」



 そして、口に手を当て、抑えているつもりでもクツクツと笑ってしまうカイル。彼の頭には『エリっち……可愛らしいwww』との思考があり、残虐非道な彼女と「エリっち」との可愛らしさの対比が彼を嘲笑させる結果を生んだ。


 すると……



「……ねぇ〜……カイル?」

「……ん? ——ッは!!??」



 エリスはカイルの名を呼び、これに反応した彼は彼女を視線で捉えると思わず凍りつく。

 瞬き1つせず、ジィ〜〜と無表情で見つめ続けた彼女。瞳はルビーのように綺麗だと言うのに、何故か深淵の底のように暗く——彼女の眼光は、まるで錐のよう。それをゆ〜くり、ゆ〜〜くりと……カイルの肌に突き立て深く刺していくかのように……視線は狂気に満ちている。



『アナタ……私を笑ったわね? ねぇ、笑ったよね!? 死にたい? ねぇ、死にたいの!? 殺してあげましょうかぁあ!!』



 と——幻聴がカイルの耳に届くようだ。


 思わずカイルは震えながら、エリスとは反対の方向に首を、錆びつくブリキ人形のようにギギギッ——と動かして視線を外した。



「……ん〜〜? どうしたの? 嫌だった?」


「——ッ」



 だが、黙るエリスにキャロルは眉を顰めて聞く。エリスは一瞬ピクッと跳ねると彼女に振り返る。



「——えっと……私のことは、好きなように呼んでいただいて……け、結構ですよ?」


「——ん!? やったぁ〜〜なら、“エリっち”って呼ぶね!!」



 キャロルの要求に、エリスは不承不承と承諾を口にすると……キャロルはピンッと耳を立てて嬉しそうな反応を見せた。


 ただ、エリスの頬には一雫の汗が伝う。



「じゃ〜さぁ〜じゃ〜さぁ〜! エリっちに早速質もぉ〜〜ん!!」


「——な、何でしょう。キャロルさん」



 ただ、そんな他人の感情を露知らずなキャロルは、元気良く挙手をする。


 そして……



「——初夜って、どんな感じだったの!!」


「「——ッぶぅ!!??」」



 とんでもない質問が飛ぶ。


 これを聞いたカイルとシャルルは息を吹いて驚愕した。



「なッなッなッなに聞いてるんですかぁああ!? キャロルぅうう!!」

「……え? だって気になるでしょ?」

「嫌だァア!! 聞きたくないですぅううう!!」

「……アババババ!! ゆ、ゆすらないでぇ〜〜!? き、気持ち、悪いにゃ〜〜!!」



 シャルルは顔を赤く染め上げる。キャロルの肩を強く握るとガクガクと前後に激しく揺する。



「——しょ、しょ、しょ、初夜ぁあ??!! そッそッそんなことはぁ——!!??」



 カイルは声を振るわせ、明らかな動揺を禁じ得ない。顔が火を吹く勢いで紅潮した。



「えぇ〜〜カイルっち。なにその反応? ウイウイなのかにゃ〜〜ぐふふ♪」



 ただ、この反応はキャロルの気を引くのは十分で——『面白いモノ見つけた!!』とニヤニヤしながら質問の追撃をする。



「——え? え!? え!!??」

「なぁ〜んで、顔真っ赤っか? 熟れた果物だにゃ! ……で、実際どうだったにゃぁ〜〜ウッシッシ♪」

「——ちょっと!? キャロルちゃん近い!!??」

「——キャロル!! カイル様に近づくなぁーーですぅう!!!!」



 その間、キャロルは上目使いでカイルの顔を覗き込み、カイルは仰け反って距離を取ろうとする。シャルルはキャロルの服の裾を摘み全力で引っ張る大暴れへと発展。

 馬車を操るのはカイルであり非常に危険な状態だが、馬車を引くカイルの相棒ラテ丸は賢い馬だ。「主、またかいなぁ」と言うかのように『ブルル』と鳴くと手綱の指示を無視するように歩み始める。ラテ丸自動運転モード突入。



「で、エリっち? どうだったの?」


「——初夜……ですか?」


「——そうにゃ!」


「「——ッ聞くなぁあ!!??」」



 キャロルはカイルをとっちめても答えを聞き出せないと思って再び意識はエリスに戻る。エリスは、先ほどの動揺の一切を引っ込め、表情は驚くほど静けさに満ちている。そして頬に人差し指を当て考える素振りを見せた。


 すると……





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