第2章 巡る出会いと残虐少女の真意 何故2人は旅路を共にする

第35話 例え善行ある行為でも普段と違った事をすれば、それ即ち奇妙となり得る

 街の中を一台の荷馬車が走る。



「ところでカイル……この馬車は今どこへ向かっているの?」



 その御者台には男女2人の姿。


 今までつまらなそうに街を一瞥していた魔族の少女【エリス】だったが……ふと、気分を紛らわすかのように自身の隣——馬の手綱を握る男【カイル】に話をふった。


 この時のエリスの格好だが……今までの黒のドレスを脱ぎ去り、心機一転——白のワンピース姿に身を包んでいた。そして彼女の頭には魔族である証拠のツノを隠すようにブカブカキャスケット帽と——赤い石が嵌め込まれた花形の髪飾りが伺える。



「実はね〜〜エリス。——ふッふッふ……僕は珍しく『良い考え』を思いついたのだよ!」

「ふ〜〜ん。良い考え……ねぇ〜〜?」



 そして、エリスから質問を受けたカイルだが、短くクツクツと笑うと自慢げに呟いた。

 これにエリスは無表情の均衡を崩すことなく素っ気ない反応を見せ、言葉の語尾を伸ばす。それと言うのも、カイルとはまったく信用のない——と言うより、能力ゴミカスのちっぽけな人間だからだ(※エリス視点)。

 これをこの時、彼女が追求しないのは、カイルとは矮小な人間でありながら生意気にもエリスに反論を口にするからだ。相手は魔族の頂上の一角【風姫の魔王】だと言うのに、カイルは「そこまで言うことないだろ!」と憤慨する果敢な姿を見せる。これに少女は何度「殺してしまおうか?」と考えたことか……


 だが……


 そんな低能で、生意気で、弱者で、商人だと言ってもお人好しで——人類の敵である魔族を助けてしまうような奴でも……


 エリスにとっては利用価値のある道具だ。


 だから……


 殺しはせず——そんな彼がやかましくならないように、ここは毒舌を引っ込めているのだろう。



「ねぇ〜エリス……君、なんか失礼なこと考えてない?」

「そんなことないわ。いつものアナタねっ——て思っただけよ。はぁ〜……」

「そ、それで何故ため息を付く?! ぜぇ〜〜たい! 僕のこと、心の中で貶してたでしょう!」

「カイル? アナタそれわざと? 私が口を開かなくても騒がしくなるの? 本当に殺すわよ?」



 だが、結局カイルはやかましかった。彼が殺されてしまう未来も案外近いのかもしれない。



「で……『いい考え』ってナニ——?」

「……ッ!? よくぞ聞いてくれました!」

「よく言うわね。あなたがそう聞くように仕向けたんでしょ……白々しい」

「——それでね〜〜♪」

「…………」



 かれこれ2人の関係は3ヶ月ほど続いている。


 当てのない旅を変哲もない旅商人の青年と、残虐非道な魔族の少女の2人旅——カイルは、エリスの反応にも慣れてるのか、ちょっとやそっとの悪態では動じなくなった。それはエリスにとって煩わしさの軽減と取れなくはないが……その代わり何故か雑談が増えるようになる。エリスが例え黙っていようとも、今のように彼女の心の内側を見透かしたような発言だって……エリスは既に諦めの境地へと踏み込み無視にも等しい反応を見せるのだ。


 だが……



「実は冒険者を雇おうと思ってるんだ」

「……冒険者?」

「そう! エリスの服を買いに行ったついでに、依頼申請をしてきたんだ。今日はこれから冒険者ギルドを訪れて、進捗と依頼日時を正確に伝えてくるの」



 カイルのこの発言に、エリスの表情には怪訝なものが張り付いた。



「……で、なんでそんな考えに至ったの? 経緯は?」



 そして、すぐさまエリスは発生した疑問を口にする。今までは、カイルとエリスだけの2人旅を続けて来た。それをここに来て冒険者を雇うなどと……


 冒険者とは、金さえ払えば困りごとから魔物討伐までなんでも依頼を聞いてもらえる『なんでも屋』のような仕事人だ。今向かっている冒険者ギルドはその仲介所で、依頼に見合った冒険者を紹介してくれる。

 今回、カイルの依頼した内容は護衛だ。商人は危険地帯を通過するときは冒険者を雇い護衛して貰うのは当たり前な光景であり——何らおかしくもない選択だ。


 だが……


 今疑問なのは【エリス】という最強の護衛がいるにも関わらず、どうして貧弱な護衛を雇う必要があるのかということだ。


 以前にも、ドラゴンだろうが、盗賊だろうが軽く一捻りした光景をカイルは目にしているはず——エリスがこれを疑問に思うのも無理はなかった。


 すると……



「だって、エリスに負担をかけちゃいけないかと思って……」

「……え?」

「最近エリスに戦わせてばかりだったからさ。少しは身体を休めてもらおうと思って。それにいつ正体がバレるかもしれないし……あまり、エリスに戦ってほしくないんだ」

「…………」

「費用については、ドラゴンの売上が入ったし問題ない。思い切って次の街に行くまで護衛を雇ってしまおうって……どうかな?」



 この時、カイルはソワソワしながらエリスの顔を覗き込んだ。彼女はそれを横目で睨むと「はぁ〜」と、またため息を吐く。


 すると……


 

「——カイル?」

「なに、エリス?」

「アナタ、気持ち悪いわよ?」

「——ッなんでぇえ!!」



 カイルは馬鹿にされた。


 いつも通りのやり取りである。



「いつも気遣いの『き』の字もできないようなアナタが……まさか私を気遣う姿勢を見せるなんてね。まぁ、その殊勝な心掛けは評価して上げるけど……やっぱり不快感が勝ってしまうわ。気持ち悪いわよ……アナタ……」

「エリス……流石にそれ、ひどすぎない?」



 エリスにとってカイルとは道具である。しかし、それは使い勝手はあまりよろしくなく、毎度ため息を吐いてはカイルの姿に呆れることしかできない。


 だが……


 そんな彼が、まさか突然——エリスを気遣うように行動してみせた。一見嬉しいことのように思えるが……エリスには、殊勝なカイルにどうしても拒否反応がでてしまう。ついつい、意識して漏らさないようにしていた毒舌を解放してみせた。



「僕はただ、エリスのためを思って……」

「それは別にいいのよ。でも……」

「……でも?」

「おそらく……アナタのその行為は愚行でしょうね」

「……愚行? なにそれ?」

「それは、自ずと分かるわ。今に見てなさい」

「……?」



 カイルは怪訝を顔に貼り付け、エリスの顔色を窺ったが……彼女は頬杖をついた状態でソッポを向く。街の流れる景色に夢中でこれ以上語ることはなかった。



 そして……そうこうしているうちに……



 立派な佇まいのギルドはすぐ目の前に差し掛かった。


 


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