第34話 彼女が言うはずないんだ——って……
「で……服がコレ?」
「うん……そう。助けてくれたお礼だって——」
カイルは宿の部屋に戻った。両手いっぱいの大きな袋を幾つも抱えて……
「勘違いしないで欲しいのだけど……私はただ鬱陶しかったゴミを片付けただけ……魔族の私が人間を助ける訳ないでしょう? まったく……おめでたい頭をしてるのね」
ただ、そんな彼の帰りを出迎えるのはベットの上でシーツに包まったエリス。頭だけを覗かせ、鋭い眼光のお出迎え。
そんな彼女の現在の様子だが……顔を見た限りでは、大人しくカイルに言われた通り血は綺麗に拭った様子である。
「また、そんな事言って……ほらこれ見て。エリスのツノを隠す用の帽子までもらって来たんだよ?! これ、かっこよくない?」
「…………」
しかし、カイルは彼女の悪態を歯牙にもかけない。エリスのこの反応は、いつも通りのことであるため、カイルはあまり気にしなくなっていたのだ。そして、彼は黒の大きなキャスケット帽を被って楽しそうにしている。これにエリスは目頭の皺をより濃くして黙ってしまった。
「とにかく、エリス……コレ着て見てよ。サイズがもし合わなければ、交換してこなくちゃいけないし……」
「…………」
——10分後——
「うん……よく似合ってるよ。エリス」
「…………そう」
エリスは服を試着した。
なんとサイズはまさかのピッタリ……ベレー男の特技はどうやら本物らしい。
今——エリスの服装は、今までの黒のドレスとは違い、白のワンピース姿だ。頭にはブカブカ黒のキャスケット帽——そして、これと合わせて同色のジャケットを羽織っている。色の主張は少なめにシンプルにまとめたコーデだ。
ただ……ワンピースに再び返り血が付かないか——そこだけが心配である。
「白はあまり好まないけど……まぁ、着心地は悪くないわ」
「うん……僕も、エリスに白はどうかと思うけど……また、血で汚さないでよ」
「さぁ〜ね——それは約束できない話ね」
「——ッなんでだよ!」
エリスは白を好まないそうだが、着心地に関しては問題は無さそうだった。
この時——
カイルが白を悪く思っているように見えるが……これは別に『似合わない』——と言いたいわけではなく、単に彼女が服を汚してしまわぬか心配なのだ。
特に返り血で……
「あ……あと、これ……」
「……なにこれ?」
「まぁ、開けてみてよ」
ここで、カイルが一通りエリスを一瞥すると、小さな紙箱をエリスに手渡す。
「——ッ? これは……」
——2時間前——
「あれカイル君——そんな一点を見つめてどうしたっス? 何か良いモノでも見つけたっスか?」
「いや……ちょっとね」
「ほぉう〜〜ジュエリーっスね——興味あるんスか?」
「いや……エリスに、似合うかなって……」
「なら、それもあげるっスよ? 彼女に持ってってあげるっス!」
「……この値段なら……ちょっと、これは買わせてくれないかな?」
「——え? 今、あげるって……」
「女の子へのプレゼントを、人からの貰い物じゃあ……カッコが付かないよ。服代が残ったからこれで買わせて——あ?! あと、この大きな黒い帽子も……」
「なるほど……納得っス——良い彼氏さんしてるっスね」
「僕は……そんな立派な存在なんかじゃないよ……」
——そして今——
「赤い……花の髪飾り?」
「うん——エリスの赤い瞳と合わせて僕が選んだんだ」
紙箱から出てきたのは、小さな赤い石に花をモチーフに装飾された髪飾りだった。カイルは商会内を見て回っている最中、ふと——この髪飾りに目が止まった。そして、はめ込まれた赤い小さな石を凝視していると……なぜか、エリスの顔を思い浮かべていた。おそらく、彼女の赤い瞳と少なからず類似性を感じてのことだろうが……気づくと買ってしまっていた。殆ど衝動買いと言っても過言ではない行為——カイルは人生でこれほどまでに高価な品を買うのは初めてだ。おかげで薬草の売上は残り僅かになってしまった。
「まさか……帰りが遅いと思ったら……こんなモノを物色してたの?」
「……え?」
「以前にも説明したでしょ? 魔族は見た目に対する興味は存在しないのよ」
「……確かに、言ってたような……」
「人間って何かと自分を着飾って見栄を張る。醜いモノを嫌う生き物——こんなモノで少しでもよく見られようとする」
エリスは髪飾りを摘むように持つとこれを冷たく睨んで観察をする。
「それとも——こんなモノで私の関心を誘えると思ったの? ご機嫌取り? 浅ましい……」
そして、今度はカイルに視線をよこした。
「あなた……こんな事のために時間を使ってたの? 私をほっといて?? くだらない——時の浪費ね。人間って私(魔族)と比べて一瞬で一生を終えてしまうのに時間を無駄に使うことだけは得意なんだから……本当に愚人ね——」
ただただ、コレを言い放った——魔族としての常識なのだろうがどこまでも冷徹にカイルを罵った。
だが……
「——そ、そこまで言う!? せっかく、僕は……エリスに似合うかなって……思ったから……」
「……でも」
「……? でも??」
カイルは、ムッ——として言い返そうとしたが……彼女の呟きが、脳裏に疑問符を貼り付けて次の言葉を大人しく待った。
「——いえ……なんでもないわ」
「……ええ……なにそれ……」
この時——
少女は何も言わなかった。
カイルには彼女が口から思わず溢そうとした言葉を全く想像できなかったことだろう……
まさか——
「ありがとう」だなんて……
彼女が言うはずないのだから……
……to be continued——
———第1章 商人奔走 以上終幕———
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