第33話 人助けは巡り巡って手元に帰る

「……うぅ……一体、どうしたらいいんだ。とりあえず、手頃なのをエリスに渡して、後日一緒に(服屋を)訪れるか? いや……でも、エリス怒ってたし……あれ以上怒らせるのは……」



 カイルは項垂れて、商会の立ち並ぶエリアをトボトボと歩く。

 それは宿に戻るでも、新たな服屋を探すでもない。殆ど現実逃避に近い行動だ。

 そんな散策に身を投じても、良い考えなど思いつくはずもなく、このままでは永遠と歩き続け町外れまで行ってしまいそうな勢いまである。


 だが……



「あれれ〜〜君は——救世主くん……じゃ〜ないっスか? こんなところでトボトボしてどしたっスか?」


「——ッ!? 君は……」



 突然、街一番であろうかという大きな商会を通り掛かった時だ——


 商会建物の目の前で声を掛けられる。そこにいたのは1人の青年。ベレー帽を被る茶色短髪の糸目の男——それは数時間前の森の中、盗賊に追われ、エリスの服を汚す要因を作った元凶。

 ただ……その事に冠して言えば、カイルの中では『事故』として処理し……『この男も被害者なんだなぁ〜』と思う事で責める気は毛頭なかった。それは、カイルが『お人好し』なので仕方がないことだ。

 ベレー男は、カイルの優しさと、“擦りつける”でなく“並走しての共だっての逃亡”という選択に功を奏していたのだ。



「あれ? 今日は彼女さんと一緒じゃないんスね?」

「えっとぉ〜〜それは……」



 そんな唐突な再会に、まず口を開いたのはベレー男……彼は、カイルの隣にいた恐ろしく強い少女の存在がない事に疑問に思う。これをカイルに問うたのだ。



「実は——」



 カイルはそれに、現状を包み隠さず話した(魔族だという事実を除いて)。


 彼女(エリス)の服が無い事。


 喧嘩して、彼女を怒らせた事。


 そして、服が買えなくて困っている事。


 などをだ……


 すると……男は——



「あッはッは〜〜なるほど〜〜それは、責任重大ッすね!」



 ただ笑った。白昼堂々と——高らかに……


 通行人は思わず彼に視線を注いでいる。



「わ、笑い事じゃないんだよ。僕はこれ以上、彼女を怒らせたくないの。殺されるの!」

「彼女さん——大量の返り血浴びてたッすからね。それで服を探して——男じゃ、下着なんて買えないッすもんね! ぷッふッふ〜〜♪」

「——ぐぅぬぬ……また笑って……」



 カイルにとっては全然笑い事ではない。下手をすると殺されてしまうからだ。

 ただ、そんな事実など知らぬベレー男は屈託なく笑い続ける(冗談だとおもわれてる)。憎たらしいことこの上ない。


 だが、そんなことは束の間——



「それなら、うちの商会に来るといいッすよ!」

「…………え?」

「ここ、うちの親父の店なんス!」

「——ッえ!?」



 この事実に驚愕して忘れてしまう。



 目の前の大商会——そこはまさかの青年の商会だった。










「彼女さんの衣服は適当に見繕ってあげるっスよ。下着に至っても、同じく用意しとくっスから……これで、問題はないっスよね」

「…………」

「……ん? さっきからどうしたっスか……無言で?」

「いや……僕、場違いじゃないかな? なんか貴族みたいなお客さんしか周りにいないんだもん」

「まぁ……ウチの商会はこの街一番の商会っスからね。当然、貴族も顧客の一部っス」

「……はぁ、すごいな」



 店内に足を踏み入れれば、そこは豪華絢爛な調度品が立ち並ぶエントランスホールだった。そこにはドレスを着込んだ明らかな貴族と思しき者達で溢れかえり、あとはキッチリとした紳士服の店員、身なりの整った商人ばかり……見窄らしい旅商人代表カイルはこの場で最も浮いた存在でしかなかった。

 


「あ……エリスの服を見繕ってくれるのは良いけど……僕そんなお金が——それに今更だけど、服のサイズなんて聞いてきてないから、わからなかったんだ」



 そして、カイルが最も心配だったのが自身が浮いた存在であるように、金銭的にもそれ相応。この商会での買い物が果たして持ち金で足りるのかが分からなかった。まだ竜素材の売上は入ってない……必然的にお金の心配をしてしまう。

 それにエリスの服を買うのは良いが……そもそも、カイルは彼女の服のサイズを知らなかった。適当なモノを買って行って、ピッチピチ——もしくはブッカブカ——だった場合。あるのは「死」のみだ。


 だが……


 この問題はベレー男の次の発言で解消される。



「それなら、問題ないっスよ。お代はいらないっスから」

「……え?! いや、それは……」

「盗賊から命を助けてもらった恩人から金なんて取れないっスよ」

「……いや、でも……」



 『お代はいらない』この言葉がお人好しのカイルの良心に突き刺さる。


 だが……



「それに彼女の服のサイズは僕が知ってるっスから……」

「…………は?!」



 男のこの言葉ですぐさま良心は疑心へと変貌する。



「僕は、一度観察した人物の体型を分析して……瞬時にサイズを割り出せるんっスよ」

「…………」

「あの……カイル君? その変態を見るような視線やめてくれないっスか? 単なる商人としての技術っスよ。ウチ姉貴が3人いるっスから、自然と女性を見る目は養われただけっス。で、ウチの商品でコレが似合うアレが似合うと頭の中で想像を膨らませるのがちょっとした僕の趣味っス……と、あまり彼女さんを観察されるのは喜ばしくないことだったっスよね。不躾だった。メンゴっス」

「いや……そういうことなら別に……」

「それに……最終決定は結局……」



 だが、彼の話を聞いていると、カイルは凄く落胆してしまう。『自分にはそんな能力ねぇ〜よ』と——彼の持ち得たスキルはパッシブ『お人好し』しかないのだから……



「お? 居た居た〜〜姉貴、ちょっと良いっスか?」



「……ん? どうしたの我が弟よ? そちらの方は? お友達??」



 ベレー男は、衣服が所狭しと立ち並ぶ部屋へカイルを連れてくると、そこに居たドレスを着た女性に話しかけ、彼女から反応が返ってきた。



「実は彼は、件の命の恩人っス」


「ああ〜〜君が——!?」


「いや——僕は何も、連れがやったことなので——」



 ベレー男が『恩人』とカイルの事を説明すれば、女は顔をほころばせカイルを見つめる。

 ただ、実際盗賊をブチのめしたのはエリスであるため、カイルは瞬間で否定した。



「それでも恩人には変わりないさ——で、その子連れてきてどうしたの?」

「実はその連れ……彼のカノジョさんが、服を汚して困ってるっス」

「——ほぉう!? それは大変! 今、見繕ってあげるよ。当然代金はいらないからいくらでも持って行って!」


「い……いくらでもって……」


「ウチの可愛い弟の恩人さ。お金なんて取れないよ。で——弟、その子のサイズは……見た目の特徴は?」

「サイズはチョメチョメで〜〜銀髪、赤眼ッスね」

「了解——今、最高な品を探してくるよ」


「——ッ!? 最高って——ほどほどなので……って行ってしまった……」


「もう諦めて受け取るっスよ。こういうのは、甘んじて好意を受け取るのがマナ〜ッスから……」


「……そういうもの?」


「そういうものっス!」


「うん……わかったよ。ありがとう」


「……ウム——っス! じゃあ、姉貴が戻ってくるまで時間がかかると思うっスから、しばらく店内でも見て適当に時間潰していてくれっス」



 こうして、遠慮がちなカイルを他所に、話があれよあれよと進んでしまって……最後は1人部屋に取り残されてしまった。









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