第32話 女の子の服をください——って男の僕が言えるわけないだろぉう!?

「エリス……実は僕、怒ってるんだよね」

「怒ってる? 無能な自分にってことかしら……ようやく気づいたの? 愚鈍ですこと」

「——違うは!? 部屋の中でいきなり魔法を使うなって事だよ! オマケに周りをこんなに汚して——これ、怒られるのは僕なんだからね!?」



 宿の一室、エリスは腕を組み部屋の中央に立っている。そんな彼女の瞳は鋭く、床に四つん這う男を軽視するように呆れ顔で見つめている。

 で、床に手をつく男——カイルだが、彼は手にした赤黒い布切れで床を一生懸命に磨いている。


 その理由というのは……



「すごいでしょう。風の魔力を衣類の繊維の隙間から満遍なく通すことで汚れを弾き出したのよ」

「あのね……十分すごい事なんだと思うよ。だけどさぁ……表でやってくれないかなぁあ——それ!?」



 周囲には赤黒いシミが飛び散る。それは、エリスが魔法で飛ばした返り血だった汚れ——彼女はいきなり魔法を発動させると、衣類の汚れを落としてみせた。

 

 が——


 その代償は、カイルが慌てて掃除を始める“労力”と言ったところだ。鉄錆の香りの充満した部屋と、突然のエリスの奇行に堪らずカイルは憤ってしまう。


 

「もしかしてさ。君のその黒いドレスって——返り血が染みて黒かったりしないよね」

「はぁあ? そんなわけないでしょ。この服は親友からの贈り物よ。アラクネの糸を編んだ逸品なの」

「アラクネ……て——蜘蛛の体に女の上半身がついたバケモノ? アレの糸って……自身の血を染み込ませるとかいうやつじゃなかったけ?」

「あら……あなたにしては物知りね。でも安心して、彼女(アラクネ)が自身の血を糸に染み込ませるのは、生物にとっては猛毒だからなんだけど……空気に触れて太陽光に晒すと毒の成分は抜けてしまうから……」

「……いや……そうじゃなくて、ほぼ返り血と変わりな……」

「——ッナニ?」

「……いえ……なんでもないです」



 ただ、いくら彼女を叱責して人間の常識を説き伏せようとも、魔族であるエリスには効果は今ひとつ——むしろ、変に怒らせれば殺されてしまうかもしれない。

 だから、カイルは彼女に強くは言えないのだ。


 そして……



「でもエリス……その服——もう替えたら?」

「……ん?」



 エリスは、魔法で自身のドレスを綺麗にしたつもりのようだが……返り血を浴びた衣類と聞けば、印象は良くない。そして、散々自慢するかのようにドレスの素晴らしさを語るが、出会った当初から脇には破れた跡がそのままでボロボロ——いくら貴重な素材で編まれたとしても見窄らしくある。


 それに……



「君が服の破れとツノを隠すのに使っていたシーツは、シミが残ってるんだけど……」

「……それは、流石に——白いモノとでは汚れの落ち具合は……」



 エリスは、脇とツノを隠す為シーツを纏っているのだが、それも血で黒ずんだマーブル模様に染まってしまっていた。これでは、今まで通りに使うわけにはいかない。



「私は別にこれでも……」

「良いわけないよね?? どこの世界に返り血模様の衣類で表を飄々と歩く人がいると?」

「…………」

「全く……エリスは常識ってものが…………って——ッえぇぇええ!!?? なんで脱いで——て、わっぷ!!??」



 カイルはこれ見よがしにエリスを責め立てたが……突然——エリスは着ていたドレスを脱ぎ去ると、カイルに向けてこれを投げつけた。


 そして、パンツ一枚の彼女は……



「なら……あなたが代わりの服を買って来なさい。私はここで待ってるわ」



 そう言ってベットのシーツを引っ張り出すと、包まってベットに横になる。



「あの……エリスさん? 君、まだ髪と肌に血が付いて……それに服って言ても……」

「うるさい——早く行きなさい。でないと殺すから……」

「…………わ、分かったよ……でもせめて、身体の汚れぐらいは拭いておきなよ。今、宿の店主からお湯だけもらってくるから……」

「…………」

「……たく……バカエリス……」



 そしてカイルはエリスの服を買いに1人街に出る羽目になった。











「——とは言ったものの……女の子の服ってどうしたらいいんだ? 僕、男だけど……果たして買えるのか?」



 勢いのまま宿を飛び出して来たが……カイルはすごく悩んでいた。



「いらっしゃいませ〜〜♪ お客様! 今日はどういった服をお求めで?」



 1つの服屋へと入る。すると若い女の店員が出迎えてくれる。


 ここは、一般市民向けの古着屋——と言ったわけではなく……少しお高い服飾関連を商品として置いたブティックである。

 竜の素材の売上はまだ懐に入ってきてはいないのだが……薬草の売ったお金がまだ少し残っていたカイルは、これでエリスの服代に充てようとのつもりだった。

 あの我儘魔王様なエリスだ——あまり、町娘が着るような簡素なワンピースでも持っていこうものなら……



『この私に平民の安物の古着を着ろと? あなた……死にたいようね?』



 と、言われる未来しか想像できない。


 だから、こうして少し値は張るがオーダーメイドも請け負うような服屋へと足を運んでいる。


 だが……



「あの〜〜……えっとぉ〜〜……」

「……ん? お客様——どうされましたか?」

「そのぉ〜〜……」

「——お客様??」



 カイルは、ここへ来て店員を前に言葉を言い淀んだ。まさか「女の子の服をください!」だなんて——ヘタレなカイルが口にすることなんてできやしなかったのだ。「彼女への贈り物だ」と説明すれば、まだ言い訳も立つだろうが……カイルは軽く店内を見渡した時に目の止まった女物の下着コーナーに酷く照れてしまったのか……



「す、すいません!! また今度にします!!」

「——ッえ!? お客様——!!??」



 頬を真っ赤にして店を飛び出した。エリスの服を選ぶということはつまり、下着までも買う必要がある。だから、これを思案してしまった瞬間には酷い羞恥に苛まれたのだ。


 カイルはこれに耐えかねて店を後にした。




















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