第30話 残虐非道“人でなし”少女の所業
「…………え? ッは?! うわぁああああ——!!」
男は一瞬何が起こったのか分からなかった。頬に、侍女だった人物の血が飛び、唐突に肌を濡らした正体を突き止めた時には——女の首が足元に転がっている。
男は椅子から転げ落ち、床を這うようにバルコニーの反対へと逃げだす。
「——誰かァア! 誰かあぁぁああ!! た、た、助けてくれぇ——!!」
恐怖に震えた声で精一杯、助けを呼ぶ男——だが、書斎の扉は沈黙を貫く。誰一人として警備の者が駆け込むことはなかった。
「無駄——この部屋の空気はワタシの魔力で操っているもの。声は外に響かないわ」
「お、お、お、オマエは……い、一体……な、何者だぁ——!?」
その時——
ビュ——とバルコニーの戸の隙間から風が吹くと、少女の髪を乱す。
するとそこには……
「——ッ!? ツ……ツノ!? じゃあ、エーリス……オマエはぁああ!!」
彼女の頭に存在した。人にはあるはずのない物体を目撃し……正体に気づく。より一層彼の顔色が青ざめた。
「エーリス? 違うよ——ワタシの本当の名は【エアリエル】」
「——え、エアリエル!? その名前——魔王!!?? ヒィィ——!?」
「本当は、あまり大きな動きは見せたくないのだけど……あなたが馬鹿な事しそうだったから、始末しに来たの……」
「……わ、悪かった……馬鹿な考えはやめる! 貴方様の正体も口外しない! だ、から……」
——ピュ——
「……え????」
「そういうのいいよ。めんどくさい。とっとと消えて——」
魔王エアリエルが腕を振るった次の瞬間——男の身体は4分割の輪切りと化す。
「……おっと——忘れちゃいけない。氷の魔力【
続いて、氷の魔力によって、男と侍女を氷漬けにする。魔王エアリエルは風を得意とする存在だが……氷の魔法をも操ってみせた。これは魔族の凄みであり、一瞬にして書斎は氷の部屋へと変貌を遂げた。
「……だ、旦那様——今、すごい音がしましたが……何かありましたでしょうか?!」
「……ん?」
この時、外からドンドンドンッ——と扉を叩く音がする。氷の魔法を派手に発動させたことで、外へと若干の騒音が漏れてしまったようだ。
だが……エアリエルは慌てない。
次の瞬間には……
「……ゴホン……ンン——なに、問題ない。ちょっとお茶をこぼして慌てただけだ」
エアリエルの口からは、数秒前に切り刻んだ男のモノの声が——風を操り、声を真似ているのだ。
「……お茶を……そうでございましたか……」
「ああっと——君……私はこれより、商談の詳細をまとめなくてはならない。集中するから、誰も書斎に入ってこないようにしてくれるか?」
「分かりました」
「食事も、適当に侍女を捕まえて持って来させる。心配は無用だ。決して入るなよ」
「——ッはい」
そして、書斎の扉が開かれることはなかった。
「まぁ、こんなところね。はぁ……また余計に魔力を使ってしまった。早く帰って寝ましょ」
エアリエルは暫く辺りを見まわした後、自分の成した事に全くの罪悪を抱える素振りを見せることなく、この場を後にする。
バルコニーの扉から外へ出た彼女は一瞬の隙にその姿が消えてしまい、この時「ヒュッ」と扉の隙間から風が吹き抜けると——扉内側の鍵がしまった。
密室には、氷に閉じ込められた2人の遺体だけが残されて——
「あれ? エリス……どこ行ってたの?」
「……別に、ちょっと夜風に当たってきただけよ。私、風を浴びるのが好きなの」
「ふ〜〜ん……風姫の魔王だから??」
「何、その馬鹿な質問……でも、そんなところよ」
「……?」
「私……もう寝るからね」
「ああ……おやすみ。僕はもうちょっと売却手続き詳細のまとめと、フー爺への謝礼を考えなくちゃいけないから……ごめん、ランプの灯は暫くつけさせて……」
「別に構わないけど……睡眠を邪魔したら殺すからね。分かった」
「はいはい……分かりましたよ。魔王様〜〜」
部屋へと帰ったエリスはどこ吹く風——そのままベットに直行すると、シーツに包まって寝てしまう。
そして、翌日——
カイルは街で旅支度を整えると、すぐさまその日の内に街を後にした。
大きな商談というのは、商業ギルドを通すことで、離れた場所、街間でも取引、お金の受け渡しができる。そもそも大量の売り上げ、金貨なんてものは、カイルの荷車では乗せ切ることはできない。こういった場合、大体は商業ギルドに預けるのである。竜素材の売り上げ請求にはまだ2日かかってしまうのだが……すぐさま彼が街を離れる事ができたのはこのため。
そして、もう一つの理由。エリスの「この街の食事飽きた」という、わがままを聞いたからだった。
更に、2日後……
とある大商会の会長とその侍女が惨殺される事件が発覚する。
だが、現場には一切の暴れた形跡は見つからず、現地の調査を担当した衛兵は——死後間もないと判断。近親者、商家の人間、ここ2日での商会に接触した人物の範囲で犯人特定を急いだ。
『2日』とあるのは遺体の状態を見ての現場の判断によるものである。
3日より前に訪れた者は調査対象外となった。
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