第29話 突然の訪問者

「それで旦那様は、その少女の提示に従ったのですか?」

「ああ……でなければ、ここまで苛立ってないわ」

「また、なんでそれに従ったんです?」



 給仕服の女は恐れることなく主人に理由を聞く。



「竜の素材だが——解体に携わったのは、あの狩人鍛冶師の“ファフナー”だそうだ」

「ほう——それは、また有名な人物ですね。それは事実なんですか?」

「ああ……ギルドに確認をとった。それに解体現場では、一般人が集まっての一大イベントを形成していたよ。ふざけたことにな」

「——あらら〜〜」

 


 男は顰めっ面で頬杖を付く。


 そう……商談はなんと、竜素材相場の4倍以上の価格で商会が買う羽目となって終結した。


 商談の山場で【エーリス】という少女は“ファフナー”との名前を口にした。


 それは、有名な人物だ。狩人……かつ鍛冶師である1人のドワーフの名前だ。当然、男もその名をよく知ってる。彼が動くと金が動くとまで言われる鍛冶師で編成されし大キャラバンの頭目である。

 そんな人物が自ら解体に携われば、当然話題性を生む。それもギルドでドラゴン解体ショーを開催すれば尚更だ。



「で——商売は上手くいきそうですか?」

「それは当然——問題はない。だが……」



 それでも「4倍」という法外な条件を飲んでしまったが……それでも男にとっては痛くも痒くもない。余裕で元を取れると——満足のいく商談だった。


 しかし……



「あの小娘は……何者だ。この私に臆することなく、商談の場の空気を掌握するとは——私の威圧を物怖じひとつ、瞬きすらしないときた。確実にアイツは新米商人なんかじゃない。まるで、スライムの膜を被ったグリフォン——だ。本当に気に食わないガキだよ——クソ!!」



 男は当時、商談の場での少女の顔を思い出し悪態を付く。いくら、儲かる商売ができたとしても、見た目幼気な少女が——長年商売に身を投じてきた男から金をふんだくっていったのだ。これを腹立たしく思わぬ訳がない。



「で——どうするおつもりですか? その小娘とやらは、大した肝と商売の手腕を持っておられるのですよね? どうせならウチに引き入れますか?」

「……いや。それも一考したが……それでは私の気が治らん」

「では……どうしましょう?」

「——はぁぁ……」



 そこで女の問いに……男は小さく息を吐き捨てる。


 すると……



「……消してしまえ」


 

 と——冷たく言い放った。



「ふ〜〜ん……で、タイミングは?」

「竜の素材は既に商会に運び込まれている。契約書も製作、署名済みだ。なら……請求書を奪え——金額も金額だからな、支払いは先延ばしにしてある。期限は2日。それまでに秘密裏に始末を付けろ」

「……ふふ……かしこまりました——旦那様♡」



 話がまとまった。



 何故、この話題を侍女に話しているのかは謎に思うところだが……それは……





 ただ、その時——






「あら……酷い話ですわね。とっても、私好み……」



「「——ッ!?」」



 


 部屋の中に突然声が響いた。





「お前は……エーリス嬢? 何故ここに——!?」



 書斎部屋に隣接するバルコニーへと続く大きな両開きのガラス扉に、その少女は居た。夜風で銀の髪が靡き、月明かりを乱反射する煌々とした印象とは裏腹に——男は驚愕を表情に貼り付け少女の姿を捉え正体を口にする。


 それは、数日前に竜の素材を取引した人物。


 それに……


 今まさに「始末を付けろ」——と提示した人物だ。



「——どうして……とは?」


「どうしてここに居るんだ! それに、どこから侵入して——」


「見てわかりませんか?」



 エーリスは笑って言う。そんな彼女が居るのはバルコニーの扉——必然的に侵入経路なんて分かる。



「…………まぁ、どうやって警備を掻い潜ってきたかはいい……こちらとしても、君に会えて嬉しいよ」


「そうですか……でも、何しに来たか——とは、聞かないんですね?」


「ふむ。そこは関係ないさ。どうせ我々の会話を聞いてしまったんだろ? なら、私は熱烈に君を歓迎するだけでいいのだから。何しに来た——なんか聞く必要ないだろう」


「ふ〜〜ん。そんなものなのですね?」



 男は自分の隣に控えている侍女に視線を向けると、バルコニーの少女の方へと顎をクイッとするジェスチャーを見せる。


 すると、侍女は……


 

「……では、お仕事させていただきますか?」



 何処に隠し持っていたのか——2本のナイフを取り出す。


 彼女はなんとプロの殺し屋。大商会が抱えた裏の仕事人だった。



「殺すなよ——彼女にはまだ利用価値があるんだからな」

「ええ〜〜旦那様!? そんな殺生な……むぅ〜〜」

「まだ、彼女にはカイル君を誘き寄せる餌になってもらう必要があるからね。我慢してくれ」

「……分かりましたよ……もう!」



 そして男は侍女に指示を出す。2人の中では既に——次に起こる光景が目に見えているかのようにお気楽な雰囲気だ。



 しかし……





 そんな光景は決して訪れない。





 目の前の少女がどれほどの存在なのか、それを2人はわかっていないのだから。





 想像できないのは仕方がなかった。










 突然……










「……ふッ——」



 と……



 エーリスは埃でも拭くかのように、瞬間で息を吐く。



 すると……



「……は??」





——侍女の首が飛んだ——










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