第28話 少女の脅迫商売交渉

「まず……竜の素材とは貴重である。そうですよね?」


「ああ、お嬢さんの言うとおりだ」


「であるなら……まず表立って出回る事は、殆どあり得ません」


「そうだな。竜自体、討伐の報告が上がる事すら稀だからな」



 エリスは、順を追って解説を口にする。男は、これに相槌を打つかのように肯定した。


 が……



「ですが……私達はアースドラゴン一頭分の素材を何処に出すこともなく全てを確保している」


「…………」



 ここで、男が黙った。



「竜の素材は貴重で高価——それが一頭分ともならば、相当数の金貨が動きます。なら……このすべてを個人が操って売りに出せば? 需要を操作し、その価値を何倍……何十倍にも跳ね上がることが可能なはずです」


「…………」


「ですが、我々は旅商人。事をうまく成すだけの情報もコネもありません。この度、——竜の素材を手にする機会を得ましたが、この商売をより上手く操る手腕の持ち主に譲るべきと考えたのです」


「……それで、私を訪ねたと?」


「ええ……ですが……」



 ここで、エリスは冷たく声を漏らす。


 そして、テーブルの上に置かれたままの紙。そこに人差し指を刺すと……



 トンッ——トンッ——トンッ——と……



 一定間隔で叩く。



 商談室に無情に響く。



「この金額はいかがなものかと? これほどのビックビジネスを……この程度の価格で買い取るおつもりですか? “少々の色”では……困りますねぇ〜」


「だから、なんだというのかね?」


「大商会の会長ともあらせられるアナタが——これほど安くビジネスを買い取ったとあっては、アナタの名声に傷がつく……そう思いませんか? 商売とは信用——ここで竜の素材を買い取れたとしても……今後の商売に響きますよ? せっかくのビッグビジネスを、最大級の儲けを出せずに終わる結果となりうりますが……いいのでしょうか?」


「…………」



 エリスの発言だが……これではほぼ脅迫に近い。


 これで商談だというのだろうか? 


 これに男は口を噤む。静寂としていたが、男の眼光だけは荒々しくエリスを捉えている。


 この時——男の考えは分からなかったが……良い印象は感じられず。それは、エリスの発言もそうだが……男のエリスに向く感情もそうだ。


 しかし……



「……ふ……ふははは!! この私を脅迫するかぁあ!! 小娘!!」

 


 突然、男は破顔して高らかに笑い出した。



「豪胆な娘だ。カイル君……君、彼女の教育係のようだが——こんな、じゃじゃ馬の手綱を操れる様には見えんが……」


「……あ……ははは……」



 男はカイルを捉えて言葉を口にしたが……乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。



「じゃじゃ馬……ですか? それは私のことを言っておいでで——?」


「気に障ったか? 言葉の綾だ。褒め言葉だと受け取れ小娘」



 この時——エリスは、男の反応に反応を示す。カイルは思わずヒヤッとしてしまう。


 だが……



「良いだろう。お前の言う『竜素材物流の掌握』——買おうじゃないか」



 男のこの言葉で——鎮静する。



「良いでしょう。もう一度始めから商談の話をしましょうか」


「2倍だ……」


「……ん?」


「先ほどの額の2倍をだそう」


「——ッ!? 2倍!!!!」



 だが……男の発言で、割ってカイルが叫びを散らす。商談中の2人の視線がカイルに突き刺さった。



「……むぐ!!」


「「…………」」



これに、彼は口に手を当てて押し黙ると、これを確認した2人はすかさず商談に戻っていく……この場で彼だけが冷静でないが、カイルは本当に商人なのか疑問である。



「素材の部位にもよるが……鱗と皮に関しては、その通りに出そう。後の部位の詳細だが……早急にまとめさせる。ただ、正確な額に関しては現物を見てからでないと……」


「——5倍です」


「……は?」


「先ほどの提示額の5倍で買い取ってください」



 ここで、エリスは吹っかけた。先ほどの適正価格に色の付いた状態から5倍もの金額を要求した。これは誰が聞いてもあり得ない要求である。

 ちなみに……この要求にカイルは悲鳴をあげてしまいそうな様子を伺わせていたが、エリスがカイルの顔を押し除けて黙らせている。



「おいおい……お嬢さん。それは吹っかけすぎだ。君は初め、このビジネスが何倍、何十倍に跳ね上がると言っていたろ? これでは私が損ではないかい?」


「あれは……あくまで仮の数字です。あなたほどの手腕でしたら、20だろうが30だろうが簡単に引き上げることが可能でしょ? 4.5でどうでしょう?」


「ははは……嬉しいことを言ってくれるが、それは私を褒めているのか甘く見ているのか……果たしてどうなのか——2.5だ」


「ふふふ……褒め言葉です。当然じゃないですか——4で、いかがでしょう?」


「そうか……なら、3だ。これ以上は利かない——あまり、私を失望させてくれるなよ。ここは商談の場だ。不当要求を口にする現場ではないことは肝に銘じなさい」


「そうでしょうか? なら……私も、言葉をお返ししますが……失望ですね。4は出してくれると思ったのですが……不当だとおっしゃるのですね。くふふ……おっと失礼、思わず笑ってしまいました。商会の会長ともあろうお方が——この程度を不当だと認知してるらしいので……」


「おい……小娘——あまり調子に乗ると痛い目を見ることになるぞ? ここらの商会で、これだけの額を提示するのは私ぐらいだ。知っているかわからんが……魔物の素材はスピードが命だ。それは加工するのに柔らかい状態の方が適している為。死後硬直と風化で素材が硬くなれば高くは売りづらく儲けは減る。大きな街に売りに行くとなると……あとは想像につくのではないか? 素材は解体済みなのだろう。なら、選択肢はないはずだが……」


「そうでしょうか? ですが……ここで4倍で買ったとなれば……箔がつくはずですよ?」


「なに?」


「一種の宣伝効果ですよ。仕入れの段階で、これほどまでの価格が付くと周りは注目する筈。そして、それ程の金利を提示したあなたにも箔が付く。良いこと尽くしじゃありませんか?」


「フン——何が“良いこと尽くし”か——それだけの条件では甘いな」


「でしたら……」



 一見、商談が決裂しそうな一幕だったが……



 エリスの次の一言で——





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