第27話 忌々しい小娘

「全く……忌々しい。あの小娘——」


「どうされましたか。旦那様?」


「どうしたもこうしたもないわ……全く……」



 とある大商会の豪華な書斎——この場はテーブルに座る男と、給仕に務める女性の2人だけだ。


 だというのに……この部屋は極めて騒がしい。男が昼間にあった商談を思い出し憤っていたのだ。



「それで……商談はどうだったんですか?」



 女は男に臆する事なく理由を聞いた。

















「今回は、こちらの品は持ち帰らせていただきます」


「「——ッは!?」」



 エリスのこの一言で……商談の場は一瞬で凍りつく。


 それも、そのはず——ヒヨッコ商人である小娘が、大商会の男の提示する額を突っぱねるような発言を返したのだ。


 この場の2人の男から驚くような声が漏れる。


 当然、これにカイルは……



「ちょ、ちょ、ちょ——エリス!? 何を言って……!?」(小声)



 大慌てでエリスに耳打ちをする。紙に書かれていた金額は、カイルがこれまでに手にした事はおろか……未だかつて見た事のない金額だった。だというのに、エリスは何故これを売らず【商品を持ち帰る】との選択を選ぶのか——下手をするとカイルの商人人生の終了すらも危ぶまれる。とんでも発言である。



「これは、とんでもない額だよ?! 君の言う宿屋だって10日止まったってお釣りがくるほどの……なんで——ッハ!?」



 だから、カイルは事の重大性を説き伏せようとしたが……彼女の「ギラッ」と輝く紅玉の瞳——その鋭い輝きに口を噤んだ。


 その眼光は『アナタは黙っていなさい』と——


 言っているように思えたのだ。


 そもそも、カイルはエリスという危険人物を商談の場に連れてくるつもりはなかった。何をやらかしてくれるか分からないからだ。だが、カイルは無理矢理ついて来た彼女に場の主導権を握られ……結局、エリスの言いなり。

 こんな未来を想定しておきながら恐れていた事態を招く。



 本当の愚人である。


 

 と、ここで——



「お嬢さん? 言っている意味がわからないんだが……どういうことかな?」



 男は落ち着いた様相で疑問を口にする。この時、笑顔を形成しているが、カイルには、この表情が怖くて仕方なかったという。


 

「持ち帰らせていただきますと……確かにそう言いましたが?」



 エリスはこれに臆さず返答する。



「値段に不満でもあったのかな? お嬢さん……君は、まだ商人としては経験が浅いから知らないと思うが……これは“適正価格”であるのだよ? それどころか、少し色をつけたほどだ。竜の鱗を見る限り、傷もなく完璧な解体技術だ。これも考慮した額となっているのだよ? 何が不満なのかな?」


「ええ……だからですよ」


「——ッ……なに?」



 この時——男の顔に明らかな動揺が滲む。笑顔の均衡が崩れた。



「確かに、冒険者ギルドでの買取額と比べると少し色がついていると見受けられる」


「——なら……」


「ですが……私が持ち込んだ『商品』は『竜の素材』というわけではございません」


「どういう意味かな?」


「実は、ここにある素材は私共わたくしどもが抱える素材の一部です」


「——ッ!? それはつまり……ッ——本当か!!」


「ええ……実は、アースドラゴン一頭分の素材を抱えています」


「そうか……分かった。なら、そのすべてをウチで買い取ろう。価格は、先ほどと同じ金利をお約束する。これなら良いだろう?」


「……? なに言ってるんですか? 良い訳ないじゃないですか……くふふ……」


「——ッ!!」



 エリスは言葉を口にし終えるとクタクタと笑った。それはまるで、男を嘲笑うかのようにだ。



「オイ——お嬢さん。君は何も分かっちゃぁ〜いないようだ。教えておくが……ここいらの商会は比べて小さく——竜の素材を取り扱うには不遇だ。しかし、私は……そんな君たちから色をつけて買い取ってやとうと言っているのだが……まさか、これを断ると——? そんな不義理な事を——? この私に——? すると言うのかい?」



 男は喋りながらエリスに近づく。そして、テーブルの端に手を置いて見下すように少女の顔を覗き着込む。その姿は、生意気な小娘を威圧しようとしているのか——どことなく喋り口調も、ネットリとさせ奥底に憤りを潜ませる。


 そんな感覚を伝えてきている。


 だが……



「不義理? 何をおっしゃっているのですか? 商談の場では、上下優劣なんて存在しません。旅商人だろうが……大商会の会長だろうが、関係ありませんよ」


「小娘が……分かったような口を聞く——」



 エリスは笑みを崩さない。同じく男を睨み返す。



 一触即発の痺れる空気——男とエリスの眼光がぶつかり合う。


 

 場違いなカイルは……エリスの横で震えて縮こまることしかできなかった。



「まぁ、聞いてください。私が売りたい商品とは『竜素材物流の掌握』——これの権利ですわ」


「…………」



 ただ、そこで最初に口を開いたのエリスだった。



「……聞かせてもらおうか」



 しばらく無言だった男だが、エリスに話の続きを促すと……



 再びソファーへと戻って腰を落とした。






 

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