第26話 旅商人エーリス爆誕

「これはこれは……カイル君ではないか。薬草の取引からまだ3日しか経ってないが……新たな商談の話かな?」


「えっとぉ〜……そんなところです」


「そうかい。まぁ、立ち話もなんだ。かけなさい」


「失礼します」



 カイルはとある人物を訪ねていた。といっても、ここは3日前に薬草の取引をした商会だ。目の前には、その時の商談相手の男がカイルに椅子を勧めている。



「さてさて、商談の話の前に……」



 そしてカイルは彼が示したソファーの位置に腰を落ち着けると、男はその向かいにドカッと座り、間を置く事なく口を開く。



「そちらのは誰なのかな?」



 今……カイルの座るソファーには、彼の隣にもう1人の人物が座っている。



「お初にお目にかかります。私はと申します」


「エーリス殿?」


「以後お見知り置きを♪」



 カイルの隣には1人の少女。名を【】という。


 いや、カイルからしたら……どっからどう見ても、まんま“エリス”だった。



「私は見習い商人なんです。父の伝手でこちらカイルさんを紹介していただき、本日は勉強をと——商談を担当させていただきます」



 とは、捏ち上げの彼女の肩書き。これは彼女のわがままだ。


 昨日、ギルドをあとにして服屋を訪れる。しかし衣類には目もくれず、その店で1番高い反物を買わされた。

 今——彼女の服装は、いつもの漆黒ドレスに高価な反物を帯のように巻きつけている。即興で商談用の礼服を用意したのだ。



「まぁ……そういう事なら、別に構いませんが。では、お嬢さん。どんな取引をご所望で? 商品を仕入れたいのか……それとも(売り物の)持ち込みか……?」


「持ち込みですわ。カイルさん……あれを……」

「これが、今回持ち込んだ品です」


「——これは?!」



 エリスが、こんな商人の真似事に興じるとは、にわかには信じ難いが……『あなたに任せておくと心配ね』と言いながら、渋々と今の状況を勝って出ている。

 だが、カイルにそれを断る——理由、勇気、状況、適所を持ち合わせていないため、内心焦っていながらも、この商談が実現している。



「——竜の素材か!?」



 カイルは商談テーブルの上に一つの包みを置いた。これを捲るとそこにあったのは、フー爺に解体してもらったアースドラゴンの鱗数枚とドラゴンの皮の一部が姿を現した。

 これに、男は目を見開いて驚く。それもそのはず——その目の前に置かれた素材は、商いで最も高価な値の張る魔物の素材。それも最高級に当たる代物だからだ。



「アースドラゴンの鱗と皮です」


「ほほう……カイル君。君がこのような高価なモノを持ってくるとは思わなかった。それも、この商談を新人の子に任せる。単なる愚者(正解)か、それとも豪胆なのか分かりかねるな。これは手に取ってみても……?」


「ええ……どうぞ」



 エリスが承諾を表明すると、男は手に鱗を一枚持つと懐から小さな虫眼鏡を取り出してこれを観察する。これを何度となく繰り返す。



 そして、数分後——



「いや……驚いた。全て本物かぁ……ちなみに聞くが、これは真っ当なルートで仕入れた素材か? あ、これはあくまで確認だよ。気を悪くしないでくれ。品が品だけにこういったチェックは重要なんだ」


「ええ……正真正銘、真っ当なルートの仕入れです。なんでしたら、この素材の解体はギルドを介しましたので、履歴証明書を発行できます」


「ふむ……そうか、ならいいんだ」



 男は素材のチェックを終えるとテーブルの上にこれを戻す。手を組んでこちらを見据え——そして放たれたのは疑うような発言だが、これは竜の素材が「ホンモノ」だと分かった時点で発生する当然の感想。ただの旅商人が、最高級の品を持ってくれば誰でもそう思う。だが、これについてはエリスの返答で潔白は証明される。そもそも、この素材は自分たちで狩ってきたものだ。真っ当もクソも無い。この事にカイルはおかしく思いつつも、これは事実であり、紛うことなく真っ当であるので問題はない——筈……



「では……取引の額だが……」



 そして……すぐに紙とペンを取り出す男——


 この商談を押し進める以外……考える素振りを一切見せない。


 何気なく、取り出した筆記具……これは商人としては必須のアイテムだが、大変高価な代物だったりする。

 カイルが訪れている商会だが……意外や意外——カイルのような旅商人如きが訪れるにしては恐れ多い大商会。薬草取引の話で偶然、懇意にならなければ、空の上の存在だった場所だ。

 

 だが……その天上の商人である男が、一考を全くせずに「買う」姿勢を崩さない。

 それほどまでに『竜の素材』というは貴重であり——金の動く商材なのだ。



「これでどうかな……」


「「…………」」



 男はテーブルの上に紙を滑らし、カイル、エリスの目の前に差し出す。


 カイルはゆっくりと手を伸ばしペロっとめくる。



「——ッ!?」



 カイルは体が跳ねる。


 そこには「0」の羅列——これは、いつも見ているような銀貨や銅貨の取引ではない。


 確実に金貨での取引——それも1枚や2枚とかの話ではなく、数百枚もの支払いになるのでは……それほどの数字が書かれている。



「え、え、エリス——これ?!」(小声)


「…………」



 そして、カイルはその紙を隣の少女にも見えるように差し出す。


 だが……エリスはそれをいつも通りの無表情で見つめる。彼女らしい反応だ。



「では……今、支払いを持ってこさせよう」



 男はカイルの反応から確信を得たのか、真っ先に近くに置いてあった小さな鈴に手を伸ばす。



 だが……




 

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