第25話 よく食べる娘は好きですか?

「……ッあ、居た。エリスここで何をしてるんだよ?」


「……ん? カイル、解体は終わったの?」



 カイルがエリスの姿を求めてギルド内を探すこと数十分。


 ギルドに隣接された酒場スペースに銀髪の少女の姿があった。



「それは、ついさっき始めたばかりだからまだだけど……それより、え? ナニコレ?」

「ん? 見て分からない。食事よ。そんなこともわからなくなった? 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど……そこまでとは。あなたの脳ミソは退化の一途を辿っているようね」

「そこまで言うことないだろ! 食事だって——んなことはわかってるんだよ! 僕が言いたいのは、この量についてだよ!」



 1つの丸テーブルに、1人の少女。だが……そこに積まれた空の皿の枚数は少女1人が積み上げたにしては、にわかには信じがたい。だが……それが事実だからこそ、カイルはエリスに経緯を聞いているのだ。ここにある皿から想像するだけでも、カイルの3日分の食事量をたいらげてそうだ。



「魔力を多く使いすぎたのよ。だから魔素の補充をしてるの。て言っても、食事からの摂取は微々たるモノだから、殆ど『娯楽』の範疇でしかないけど……あら、このお肉美味しいわね」

「娯楽? それで、この量? これ誰が(メシ代を)払うと思ってるの??」

「そんなの……竜の素材で儲かってるでしょ?」

「あの……食事代だけで、その殆どを失う気しかしないんだが……」

「ちっさい男の発言ね——あ、そこのあなた?!」


「……はぁ〜〜い!」


「メニューのここから、ここまで持ってきてちょうだい。あと、このお肉もおかわりよ」


「は〜い♪ 分かりました。しばらくお待ちくださぁ〜い!」


「——ッッッまだ、食べるとぉお!?」



 ただ、呆れるカイルをよそに、エリスは近くにいた給仕服に身を包む女性を捕まえ、メニューである木の板を指でなぞり注文を追加する。どれだけ注文したのかはカイルの居る位置からは分からなかったが、エリスの指先が板を撫でた長さはかなりのモノであったように思われる。



「〜〜ッ……はぁぁ……」



 だがコレに、カイルは顔を顰め口から罵声を吐き出す勢いだったが、これをグッと堪えて脱力するようにエリスの座るテーブル……その対外にドカッ——と座った。



「あの〜おねぇーさん? 僕も注文を……ベリージュースとサンドイッチを……」


「は〜い♪ 承りました〜!」



 そして、弱々しく挙手をし、同じウェーターにカイルも注文した。



「カイル……あなた、そんなに声を荒げたり、悩んでばかりいると禿げるよ。もっと欲望のままに生きるべきね」

「うるさいやい! そんな事してるのエリスだけだよ!」

「そうね……だって魔族ワタシですもの」

「…………はいはい、そうですか」



 テーブル表明に顔を埋め、横目では積み上がった皿を見つめる。考える事を放棄しても嫌でも現実は頭に注がれてしまうカイル。エリスが反射的に解決策を口にするが……こんなのは「お人好し」であり「善良な人間」であるカイルには選択肢にない。完全に「魔族」であるエリスの私的解決策であった。



「お待たせしました〜♪ ベリージュースとサンドイッチで〜す」



 と、そうこうしてるうちにカイルの注文がテーブルに運ばれてくる。



「…………それだけ?」



 これに、エリスが反応する。


 木のジョッキに注がれる甘酸っぱい香りの飲み物と、小さな木の丸皿の上の二切れのサンドイッチ。エリスの食事量からすれば、ひとつまみレベルの量しかない。

 だからなのか……彼女はこれに反応したようだ。



「僕は、エリスと違って少食なの」

「ふ〜ん……にしても“肉”が全然ないわね」

「肉なんて……貧乏旅商人なら、あまれ手は出さないの。たまに収入が多い時のご褒美ぐらいにしか思ってないよ」

「なら、竜の売上が入るじゃない?」

「この積み上げられた器の山を並べて……それを言う?! 不安で肉なんて喉が通らないよ!」

「……ふ〜む……分からないわね。なんで人族って無駄な思考が多いのかしら」



 と、エリスはカイルの忍耐力に呆れた物言いだ。彼女は魔族だから、他人の命を奪う事だって迷う事なく遂行する。欲望に対しての抑制がない。人間と魔族——2種族が座るこの食卓では、意見の相違が生まれたってなんらおかしくなかった。なら、こんな反応も当然なんだろう。



 だが……



「…………ッん」

「…………ん??」



 エリスはここで自信の手にした肉をカイル目掛けて突き出してきた。カイルは当然これを疑問に思った。



「なにこれ?」

「なにって……一口あげる。この肉、美味しいのよ?」



 と、その肉は骨付き肉だ。なんの肉かは分からないが、おそらくモモ肉だろうか? 剥き出しの骨部分をエリスの小さな手が掴み、一層肉塊が大きく見える。

 突き出された肉先は、エリスの齧りついた痕があった。こんな肉を差し出してくるな——との苦言がカイルの口より溢れ落ちそうだったが、これはエリスなりの気遣いなのではないかと思われた。魔族が人間に気を使う——これは今までの歴史上初めてである光景なのではないだろうか? ただ、それ以前に……カイルは視界に映る肉よりも、その先にあったエリスの顔……その頬に肉のソースが付いていることの方が気になってしまう。頭の良い彼女でも、子供のような一面があることへのギャップにドン引きしていた。



「気持ちは嬉しいけど、要らないよ。サンドイッチだけで……十分……」

「……え? なに……ワタシの肉が食べられないっていうの?? ねぇ〜?!」

「——ッ!?」



 ただ、カイルはこれを断ろうとするのだが……この時のエリスは声のトーンを落として喋る。彼女の怒りに触れてしまったようだ。



「〜〜〜〜〜〜ッガブリ!!」



 これに慌ててカイルは肉に齧り付く。思いのほか、大きく噛みついたモノだから、カイルは頬を膨らませて、一生懸命にこれを咀嚼する。



「……モグモグ……ゴクン……うん、美味しい」

「でしょう?」



 だが……その肉は確かに美味しかった。人間の味覚も、魔族の味覚も一緒なのだという新たな発見だった。だが、そんな新発見よりもカイルには一つ思うことが……



(——あれ……これって、間接きす??)



 そう、思い至るとカイルの視線はエリスに向く。彼女は先ほどの追加注文が次第に運び込まれ、食事に集中していた。カイルの視線が自分に向いていることなぞ知らない。そんな彼女はいたって普通のよく食べる女の子であったが……それでも魔族である事実を知っている。

 普段のカイルなら、顔を紅潮させている場面だったが……「食事量」と「魔族」この2つの情報からか、全くと言って良いほど冷静に食事風景を眺め続けた。


 その傍らで、サンドイッチを一切れ摘むと自分の口に運ぶ。



「…………うん。うまい」



 ただ彼の表情と、この時の発言は噛み合うことはなかった。



 

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