第23話 誰がやった?

「えーとぉ……エリス、こちらフー爺! 以前で……」


「……アナタ何言ってるの「カクカク…?」っ説明になってなくて、分からないんだけど……まぁ、いいわ。いつもの馬鹿アナタってことね」


「——ふぇえ??」



 カイルは、エリスに【フー爺】を紹介した。彼女は終始顔を顰め不可解を表情に窺わせたが『いつものこと』と諦めてソッポを向く。



「ワシの名は【ファフナー】じゃ。カイルのように“フー爺”と呼んでくれてかまわん。で——カイル? この嬢ちゃんは、誰なんじゃ? 前はこんな子、連れておらんかっただろう……」



 と惚けたカイルの背後からは、フー爺の声が……カイルはコレに反応して振り返る。



「ああ……えっと……彼女は……」

「——彼女は?」

「…………」



 ここでカイルは黙った。まさか「魔族です」と正直に発言するわけにはいかず。

 自分と彼女の関係を繋いでいるのは、『打算』らしいが……なんて説明していいかも分からないカイルは、更に振り返ってエリスの顔を覗く。


 すると……エリスはコレに気づいたのか、一瞬眉を顰める。だが、次の瞬間には……



「私は、カイルののエリスです。どうかお見知り置きくださいませ」



 と、一瞬にして笑顔を形成して自己紹介を口にする。



「——ッ!? おお〜〜!? なんと……カイル! おぬし、結婚したんか! それも、こんな若く、別嬪な娘を捕まえて〜〜驚いたぞ!! ガッハッハ——!!」

「——ッウ!? 痛い!!」



 するとフー爺は目を見開いて驚いたかに思えば、高笑いしてカイルの背中を叩く。ドワーフの一撃は細身のカイルに重くのしかかり、思わずよろける。おそらく、軽くのつもりなのだろうが……フー爺の軽くはカイルにとっては全然軽くはなかった。

 この時、カイルはエリスから「妻」と言われても、奇跡的に照れてはいない。


 慣れたから——


 嘘だと明らかに分かっているから——


 本性を知ってるから——


 と、理由は幾つか候補が上がるのだが……エリスから漂う不吉なオーラからは、まるで『また、私にこんなことさせて。後で覚悟しててね♡』とでも言われているような。カイルは全身でコレを感じ取っていたが為に……だ。



「ところでカイル——このドラゴンの死骸はナゼ転がっとるんじゃ? 誰がやった?」

「——ッえ!?」



 だが、エリスの放つオーラに萎縮してしまったカイルに、フー爺は率直な疑問を口にする。すると、カイルの強張った体は一瞬で解きほぐれ、また別の緊張が支配した。



「あの……この竜は……ダンジョンに来たら既に死んでて……」

「既に死んでた? おかしな話じゃのぉ〜? この致命となった一撃は、断面が恐ろしく綺麗じゃ。間違いなく魔法由来の研ぎ澄まされた一刀での切り口。だと言うのに、冒険者の類は見当たらない。魔物同士での抗争も考えられん。そうなれば、もっと全身が傷だらけになってるはずじゃからの。オマケに、カイル……お主は商人じゃというのに何故こんな危険なダンジョンに足を踏み込んだんじゃ? こんな娘っ子を連れて……」

「……う……それは……」



 フー爺からの鋭い考察が飛び、カイルは言葉に詰まる。この言葉とは、懸念していた最もな発言に他ならなかった。ギルドから冒険者を雇うにしても、この言葉への言い訳に苦しむ未来しか見えなかったが為に、偶然居合わせたフー爺をこの場へと案内したのだが……コレは、誰の思考であっても思い至る帰結だ。フー爺であってもその例外ではない。

 これに、カイルはしどろもどろと——あからさまに挙動不審な態度を見せる。本人は平然を装うつもりのようだが……瞳孔が揺れ動く様は、なんとも滑稽であろう。と、言うのも……カイルという人物は嘘を苦手とする。それは、彼自身が飛んだ“お人よし”で、相手を騙す行為への罪悪感を抱えていると——カイルの性格を思えば考えうる理由が想起できそうだが……それ以前に、カイルは考えることを得意としない。そもそも良案な言い訳など、思いつく由もなかった。

 そんな思考のオーバーフローを起こす寸前の彼は、いつもの頼みの綱……エリスに視線を向けてしまうのだが……彼女は、助ける気がさらさらないのか、冷たく見つめ返すのみでため息混じりだ。

 エリスからの助け船は期待できそうにない。


 するとこの時——フー爺も、カイルの動く視線に気づいたようで、それを追ってエリスを視界正面に捉えた。



「……ふむ……」



 顎髭に手を当て、少し思案した様子を伺わせると、フー爺は少女から視線を外して、その目線の矛先をカイルに戻す。



「——はぁ〜……カイル?」

「——ッ!? ふぇ?!」



 ため息1つ、カイルの名を呼ぶ。



「ワシは、ダンジョン入り口で待たせてる仲間を呼んでくる? 魔物の素材は鮮度が命じゃからの……迅速に行動するでね」



 そして、懐疑的な態度を隠してしまうと、数刻前の尊大な様子のフー爺へと戻り踵を返して仲間を呼びにいく。



「……え!? いいの?」



 ただ、その姿を不思議に思ったのか。カイルは、このフー爺の気の切り替えようについて問う。これは、ほとんど反射的に口にした発言だ。

 別にカイルはフー爺を疑ってる訳ではない。信じてるからこそ、聞いたのだ。であるなら、わざわざこんなことを聞き返すこと自体しないはずである。


 すると……フー爺は歩みを止めて振り返った。



「いいも何も……友人の頼みじゃ! 断る理由がないじゃろう。カイル——オヌシが何か隠している事は知っとるが……ワシはそれを深く聞いたりせん。何か言えない理由があるんじゃろ?」


「…………う、うん」


「なら……そんなモン言わんくていい。ワシは、ただ友人を信じて助けるだけだからの」


「——ッ!? フー爺!」


「だが……もし、オヌシが心のそこから、コレを聞いて欲しいと思ったのなら……その時話てくれればええ。ただし……そん時は、酒を持ってくる事だけは忘れんなよ〜……ガッハッハ——!!」


「うん……ありがとう。フー爺」



 フー爺は、思うこと全てを言い終えると再び出口の方へと歩みを進める。この時のカイルの謝意は、か細くながら揺れている。だが……この小声の呟気をフー爺は拾ったのか、コレに答えるように振り返る事なく手を振って答えた。



 カイルはこの後……フー爺が仲間を呼んでくるまで、黙ったままフー爺の背中が消えて行った方向を……


 ただ、ジッ——と凝視し……待ち続けた。







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