第21話 何してるの?
止まる——?
鈍い音が木霊——?
竜の巨体が衝突して——?
これは、明らかに『おかしい』現象だ。
だって……竜に比べて何千分の1と、小さな小さな女の子にアースドラゴンが衝突したのだ。
鈍い音を奏でる要素がどこにあるというのだ。ましてや、あの巨体が止まるなんて……
「——
「——ッ!? エリス!!」
カイルは、この不可解を解くべくアースドラゴンに近づいていた。普段の臆病な彼からすれば信じられない果敢な行動だ。それでも、恐怖による逃亡よりも、カイルの体は自然と少女の無事の確認と謎究明に動いてしまっていた。
そして、アースドラゴンの顔の正面を覗いた瞬間——五体満足のエリスを見つけた。
彼女は両腕を突き出し、対象に生え揃う猛々とした竜角を鷲掴みしていた。と、言っても直にではなく——彼女のおはこ、魔法でできた魔手で——だ。
彼女が斬撃として使っていたのは鉤爪状に腕に纏わせていた魔風の刃。爪の数は1〜3本と順不同で揺らめき形が変わる。しかし、今の形状は風のオーラが膨れ上がり大きな5本指の掌が出来上がっていた。ただ、イメージ的には「人の手」と言うよりは「獣の手」に近い。
そしてアースドラゴンは巨大な獣手によって角を掴まれ、動きを止めた。
巨体の質量の影響は……?
勢いはどこへ消えた……?
エリスに負担はかかっていないのか……?
なんとも、おかしな現場を目の当たりにするカイルだったが……そんな無粋な疑問を並べるよりも——今、最も重要なのはエリスが無事であった事実だ。
「やっぱり……2%の出力じゃ舐め過ぎてたってことね。なら5%……」
エリスは、アースドラゴンの巨体を押し留めているにも関わらず涼しい顔で竜の顔を見つめる。
「——ッグラァッア!」
ドラゴンは、あと数メートル先の少女の体を食いちぎろうと口腔をかっぴらく。地面を前足の竜爪を食い込ませる。だが、決して巨体は前進する素振りがなく、己の爪が地面を引っ掻いただけで大きな溝を掘る。その僅かな距離を埋める為に全力だった。この時、カイルが近づいてきていることなど彼の目には映らない。ただ、目の前の少女に注力して怨むように視線を突き刺す。
アースドラゴンが顰めた顔は——硬い皮膚であるはずのドラゴンの表層に深い皺を作った。これだけでも、この生物が全力であるのは容易に伝わる。だが……それよりも、少女と竜と——双方の間にある溝は、更に深かったのだ。
「うるさいな——もう、黙って……大人しく
そして、エリスは必死な竜を歯牙に掛けない。努力を軽く掃いて捨てるかのように冷たい言葉を漏らす。
すると……
「——風の魔力よ……」
エリスは、魔力を収束させる。ただ……それは、腕に纏わせる訳ではなかった。今は竜の突進を防いだ事で、両手が塞がっている。そこで、彼女が魔力を集めたのは脚であった。風の魔力は収束によって激しく踊り、エリスの漆黒のドレスのスカートを激しく靡かせた。その光景一つでも、かなりの力が脚に集まりつつある事など魔法に詳しくないカイルでも感じ取れた。
そして……
魔力の暴風が落ち着いたかと思えば、エリスの方足に碧の刃が形成された。
それを……
「——
エリスは方足の刃を思いっきり振り上げた。
あとは、一瞬の出来事——
エリスの振り上げた足の軌道線上を、一薙——熱したナイフでバターを切ったかのようにアースドラゴンの頭を一刀両断……斬撃は、首、胸、の辺りまで切り裂いて、竜の巨体は……
——ズッズッーーン!!——
地面へと沈んだ。
「——はぁぁ……服が汚れちゃった……」
「…………」
エリスは、沈んだ竜の巨体から視線を外し、服についた砂を払いながら憂鬱とした。既に彼女にはアースドラゴンに対しての興味が一切ないのだろう。
と、そんな時——
「……ッん? カイル? あなたそこで何してるの?」
「…………」
彼女はふと、口をポカ~ンと開けて竜の骸を眺め呆然とするカイルを見つけた。
「カイル?」
「……え〜〜〜ぇ〜〜?」
「…………」
ただし、彼はあまりに出来事に心ここにあらず……ついには惚けた声を漏らす。
エリスから話し掛けられてる事実になんてまったく気づいてない。
すると……
ッガキィ——!!
「——ッヒィヤァア!!」
カイルの足元の地面が抉れた。
呆けたカイルに苛立ったエリスが“風の手”を伸ばして切り裂いたのだ。
「——え、エリス?!」
これにより、カイルの意識は瞬間でエリスに奪われる。
「いつまで呆けてるの? 早くして……」
「は……早く?? 何を……??」
「…………はぁぁ……カイル?」
「…………?」
「こ・ろ・す・よ?」
「——ッなんでぇええ!?」
だが、不理解に支配されしカイルに、エリスは心底呆れた溜息を漏らすと、瞳孔を開け冷たい眼光をカイルに浴びせる。
同時に恐ろしい一言も彼に浴びせた。
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