第18話 ダンジョンへGO!? 前半

「——ッグォオアアアアア!!」


「——イヤぁああああああ!!」



 とある洞の奥深く……“1人”と“1体”の叫びが不協和音という名のハーモニーを奏でる。

 絶叫は、壁や天井に埋め尽くすクリスタルに反響し洞全体へと反響している。そのせいで、叫び声の持ち主の1人——カイルは先ほどからどうしようもなく耳鳴りがうるさく響いていた。まぁ、それ以前に彼の置かれた状況は、そんな耳鳴りに鬱陶しさを感じるどころではなかった。



「——ふむ。“地竜種アース”か。当たりだな」


「——ッどッどッどッ——どこがぁーー当たりだぁあとぉおお!!」


「気持ちはわかるけど……そう興奮する事はないよカイル——この個体は小さい分類だけど……これでも一応『竜』。素材の価値としては申し分ないに違いない。でも本当なら、亜種の方が正直価値はあるの。例えば『炎』の属性を帯びれば【サラマンダー】。『毒』を帯びれば【ファフニール】といった感じにね。本来、こういった個体はその土地の特色を色濃く受ける。こんな辺鄙な土地のダンジョンなら、正直期待はできなかったけど……まだ【アースドラゴン】が出てきただけでも儲けモノね。この洞窟はクリスタルが豊富だから『地』の亜種【クリスタルドラゴン】が出て来るとも予想してたけど……求め過ぎだったわね」

 


 その明らかな興奮状態のカイルとは別に、彼から離れた位置、背の高いクリスタルに腰を落ち着け、頬杖をつき冷静に『竜』の特色について語るのは魔族のエリスだ。だが……カイルはこの時、全くと言っていいほどエリスの講義は頭に入ってこない。それはカイルの記憶力に問題がある。魔物の知識に乏しい——と幾つか理由は上がるが……



「——ッあのぉおお!! エリス〜〜!!?? 落ち着いて解説はいいからァアああ!!」



 最もな理由は——



「早く助けてくれないかぁあああ!? 僕、追いかけられて——ッッッ!!」


「——グォオアアアア!!!!」


「——ッ!!?? イヤァアアア!!!!」



 カイルは、その【アースドラゴン】とやらと絶賛追いかけられっこを興じていた。








 

 そもそも、何故——こうなったのかと言うと……



 時刻は数時間前、『早朝』へと遡る。








『……なに? お金がない?』

『……はい……ないです。だから、ムリです』



 宿屋を後にしたエリスとカイルは馬車で街中を走る。予定としては、この後商会へと赴き商品を仕入れる。そして早急に次の街への旅路を急ぐつもりだった。

 ただ……エリスは魔族としては大人しく、街の風景をつまらなそうに眺めていた。しかし、彼女も自分の正体がバレてしまうのは不本意だろうことから大人しい理由は大体想像はつくが……そんな彼女の無関心は偶然、とある関心に意識を奪われる。

 それは、ふと——街の中でも高級思考のエリアを馬車を走らせているときだ。1つの豪華な建物に『宿』と書かれた立派な看板にエリスの目が止まったようで……


 次の瞬間には——



『カイル……私、今日はあの宿に泊まりたい』



 と——駄々を捏ね始めた。



 そして冒頭の『金』が「ある?」「ない?」の会話に戻るのだ。



『金がないって……アナタ商人よね?』

『あのね。商人って言っても僕、旅商人だよ? 商会を持ってる訳でもなしに、そのひぐらしの旅商人! あんな高級宿に泊まれるほどお金なんて持ってませ〜ん!』

『敷けた商人って事? はぁぁ……それぐらいの甲斐性は持ってなさいよ。ゴミね……』

『——ッそこまで言う!? あのね! あの宿いくらすると思ってるの!? 今日泊まった宿の100倍だよ!? ひゃくばぁあ〜〜い!! ムリでしょ? そんな金があるぐらいなら商品の確保に回します!!』

『…………』



 当然——カイルはこれを断った。いくら残虐非道で殺戮主義者の『魔王様』が相手でも無理な提案にはハッキリ無理だと言うしかない。そもそも、一介の商人がお高い宿に泊まるなど言語道断——商品を仕入れるにも多額のお金がかかるのに、贅沢に金を使うなど……殆ど自殺行為に等しい行為だ。商人として死ぬか——魔王の怒りを買って死ぬか——結局死の選択しかないなら、生きる確率が高い方に賭ける。そんな思いでエリスを叱責したカイルだ。

 エリスは長命な『魔族』とあって、蓄えた知識量に比例して頭が良い。なら、カイルの状況を口にすることで、ここは諦めてくれる可能性は十二分にある筈だった。


 そう…………


 

『——仕方ない……』

『——ッホ……分かってくれた』

『なら、少し待ってて……』

『……へぇ? ……??』

『そこら辺の豚……ではなくて、貴族の1人や2人を狩ってくればいいってことでしょ?』

『——ッ!? ちょっちょっと待って——意味がわからない!!』

『——ん? 意味が分からないって——正体がバレる心配かしら? 大丈夫よ。誰にも周知されないで豚を狩る事は得意だから……』

『誰も、そんなことを聞いとらんわァア!! アホォおおお!!』

『あなた……またそんな……』



 という、人間と魔族の価値観の違いから一騒動に発展し、この時の荷馬車は言い合う2人のせいで、右へ左へと蛇行を繰り返し、通行人の目を大いに引いたのだった。


 それで結局——



『エリス……お願いだから、ソレ(豚狩)やめて——僕が商人として頑張るから——いつか高級宿に泊めてあげるから……ね?』



 最終的にカイルが折れる形となった(条件付きで)。先ほどから「価値観の違い」やら「男が折れる」と——夫婦喧嘩で飛び出しそうな表現の数々を多用するが……その内容は非常にカオスでサイコパスだ。



『なら——早くしてね。ワタシ、我慢って嫌いだから早くしないと殺すからね』

『うう……わかりました』



 我儘妻の一言に、カイルは半泣き状態で答えた。








 

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