第16話 踏んだり蹴ったり
「——遅かったわね」
カイルはその日の宿屋に足を運び、事前に取っておいた部屋を訪れる。すると、ベットの上で寛ぎムードの少女エリスに目が止まる。そんな彼女はどこか憂鬱そうで、それでもカイルの声を掛けるほどには機嫌が悪い訳ではなく。ただ全てに興味がなくて無関心といった感覚だけが伝わってくる。
「はぁぁ……」
カイルはここで、一つ息を吐いた。本当なら彼女に言いたいことはあれど敢えて沈黙——彼女を怒らせると碌な事にないのは数刻前——樹海窟の殺戮ショーを目撃して嫌と言うほど分かっている。
(全く、誰のせいでこんなに時間かかったと——全身血塗れだったから、薬草が新鮮かを疑われ。新しい服代だってかかった。せっかく貴重な薬草を売っても失費が嵩むんだよなぁ〜)
エリスを宿屋に
でも、カイルにこの件について不満の吐口は存在しない。お人よしの彼は、買い叩かれた薬草額を不満に思っても大して踏み込めず——事の原因(エリス)は、どこ吹く風で一つしかないベットで横になる。この時の唯一の吐口は……部屋に踏み込んでの1つのため息だったわけだ。
実は言うと、この部屋だって……1人部屋なのは節約のためだ。ベットはエリスに奪われ(怖いので文句は言えない)。カイルの寝床は以前の宿屋を参照予定——美少女と同じ屋根の下状態だが……全くと言っていいほど下心は湧かない。そんなの、ドラゴン(化け物)と同じ部屋で、ムフフ〜な展開なんて無いことなど馬鹿でも考えつくことで……カイルのお人よしがトチ狂っていようとも、流石に思考までもトチ狂ってはいなかった。
「はぁぁ……せっかくの月氷花草——だってのにコレっぽちかぁ〜嫌になっちゃうよ……うぅ〜〜……」
カイルは手にした巾着を振ってため息の後に愚痴を溢した。殆ど無意識の反応だ。でも、せめて吐口がないにしろこれぐらいの愚痴は致し方ないと見て欲しい一時である。
しかし……これを拾うのは……
「……ん? カイル……月氷花草って言った?」
「——ッ!」
エリスだ。
ただ、カイルの愚痴を拾った……というより月氷花草との薬草名に取っ掛かりを得たようだ。
「……ふむ。そういうことだったのね」
「——え?! どういうことだったのね??」
エリスはこの時、何かに気づいた様だが……カイルは全く理解が及ばない。何故か、可笑しな返事を返している。
「……私の傷——これの治療には『月氷花草』と『聖女の多鏡薬』を使った。そうね……」
「……そうだけど?」
「……そう……」
「…………」
「…………」
「…………ッ——イヤ! 説明してよぉお!!」
「——ッ?!」
エリスはカイルに1つ質問をする。そしてカイルの返事に答えを得て満足したのか、黙って再び布団に潜る。しかし、流石に我慢ならなかったカイルは叫びを上げた。エリスもこれには驚く様に振り返ってカイルを視界におさめた。
「なに?」
「イヤ——『なに?』じゃなくて説明してよ! 何を納得したのさ?!」
エリスはどうも頭がいいらしい。だからか、説明も無しに単語1つ2つで他人はそれで全てを悟れるだろう——とでも思っているのか。大した説明という説明はしてくれない。
本来はカイルもコレを聞き返す行為は、もはや諦めの境地にあるのだが……ここ最近のストレスは我慢の限界を迎え、こと今回に関しては思わず聞き返してしまっていたのだろう。
で——肝心のエルスは、可愛い顔が台無しとばかりの深い皺を眉間に寄せていた。
「…………」
「……ッあ!? ごめん!! やっぱりなんでもないです!! どうぞ、お寛ぎくださいませ!!」
だが、少しの間を置いてカイルは説明を断っていた。それは無言で睨みを利かすエリスの表情を見た瞬間、瞬時に謝罪を口にしていた。
しかしだ……
「ワタシの負っていた傷だけど……アレは致命傷だった」
「——ッ!?」
エリスは、不思議と素直に説明を喋り出す。あまりの珍事にカイルの表情には驚愕が張り付く。
「『聖女の多鏡薬』はワタシも知っていた。薬効を何倍にも膨れ上げる効果の神秘薬ってね——人間って弱い分際で、厄介な薬を作る事だけは卓越してる——ほんと鬱陶しいったらないわね。一応言っておくけど……これは褒め言葉よ」
「……うん?」
「でもね……その薬を使ったからといっても、ワタシの致命傷は手遅れだったの。だから不思議で仕方がなかった。宿屋で君を壁に押し付けて聞いたでしょ、ワタシ? 『重症だったはず』……とね」
「……え〜とぉ〜そうだっけか?」
「…………でも、『月氷花草』で納得が言ったわ」
カイルはエリスに殺されかけた時の記憶は大して覚えていない。それはカイルの記憶力が『ゴミ』と言うのもあるが、そもそも“あの時”のことは『夢』と勘違いしていたこともあり——記憶の残す気が微塵もなかった事が最もな要因だ。少し間があったが……カイルが覚えていないことはお見通しのエリスは、続けて説明の続きを口にするのだった。
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