第15話 血祭り♡

「〜〜〜〜ッッッ————ッッ…………?」



 だが……この時、カイルには一切の衝撃は加わってない。衝撃に備えて反射的に瞼を目一杯瞑ったが……一瞬、何か空を切る風の圧力が肌に触れた。


 それだけ……


 あとは……頬に温かい液体が——


 カイルは、気になって頬を拭う。


 すると……



「——ッヒィイ!?」



 手が赤く染まっていた。



「全く、ゴミムシの分際でワタシの道具を害そうとするなんて……」


「——え?! って——ギヤァア!!!!」


「うるさい……カイル(道具)もと同じ目に会いたいようね」



 カイルは、エリスの意識の向く方向を理解しようと彼女の視線を追った——するとそこには体を一刀両断された緑の肌の小人——俗に言う『ゴブリン』が地面に転がっていた。

 


「え? なんで……??」


「何? アナタ、全く気づいて無かったの? ワタシがこのムシを斬っていなかったら、カイルは今頃死んでいたわ」



 実は、ほんの数秒前に薮から1匹のゴブリンがカイル目掛けて手斧を振りかぶって襲いかかっていた。だが……それにいち早く気づいたエリスは、腕に纏わせた風の刃で真っ二つ——一撃の元でその命を奪い取っていた。



「え? 死んでたの僕!?」


「……アナタ、この雑魚に怯えて情けないわね」


「あのね。僕、君みたいな戦闘種族じゃないの! ゴブリン1匹だって生きるか死ぬかの死闘を繰り広げられる自信があるよ! 戦いとは無縁なの! 寧ろ、なんでそんなに余裕でいられるんだか僕には理解できないのよ!」


「はぁ……ゴブリンなんてゴミムシだよ。君の感覚で言えば、羽虫を潰す様なもの、腕を振るだけで簡単に殺せ……ふむ、これで言えばゴブリンも君も大して変わらないね」


「——ひ、酷い!!」


「事実よ。重く受け止めなさい」



 カイルは、エリスの侮蔑に酷く落ち込む。確かに、彼女の発言は事実だが……少しはオブラートに包んだ物言いを望むところだが……魔族に、ましてやその頂点の『魔王』にそんな要望は鼻から間違っていた。傲岸不遜——そんな彼女(エリス)だから、この言われは仕方なかった。



「それより良いの?」


「……え? 何が??」


「来るわよ? 身構え一つ無しにアナタ余裕なのね?」


「——ッへ??」



『——ギャギャギャ!!』

『——ウギャギャヤ!!』



「——ぎゃぁーーーーー嗚呼!!!!」


「うるさい。黙って頭を下げていなさい。ワタシは特にアナタが死のうが大した痛手ではないんだから……」


「——助けてぇええ!!」



 それから……辺り一面は地獄絵図——



「——風の魔力よ『風々爪牙ふうふうそうが』……」



 カイルの悲鳴を聞いて集まって来たゴブリンの集団は、1匹……また1匹とエリスの腕に纏った風の刃に等しく切り裂かれる。気付けば彼女の腕は魔力の輝きが膨らみ手先は大きな三叉の爪の様に形成されている。腕の一振りでゴブリンは輪切りの四つの肉片に変貌していた。



(ははは……なんだコレ? 僕は何を見させられているんだろう??)



 カイルはこの間、血飛沫を浴びていた。非現実の空間が形成される樹海窟を逃避する事なく、意外にも目を背けずマジマジと一部始終を見届けた。と言うのは——もう彼はどうでも良かったのだ。魔王による虐殺狂宴を観客として見届けるほどに……


 寧ろ、何が起きたかも理解せず無知の継続が、彼にとって1番怖かったから……

















「あのぉ……君、大丈夫かい?」


「…………」



 これは取引先の商人の言葉だ。

 

 商人の男からカイルは憂慮の念を向けられていた。


 と言うのは……



「君……血塗れだけど……大丈夫……なんだよな?」


「…………はい、僕の血ではないので……コレ、返り血ですから」


「何かあったの?」


「いえ、特には……ただ、魔王によるゴブリンの大量虐殺殺戮ショーに遭遇しただけです……ある日、いきなり、森の中で——」


「は……ははは……君面白いね。こんな戦地から離れた地に魔王なんているはずないだろ? ユーモラスなジョークだ! どうせ雇った冒険者の戦闘で血でも浴びちゃったか〜〜災難だったね。ハッハッハッ〜〜!!」


「…………」



 カイルは事実をありのままに説明した。当然、男は信じちゃくれない。この時の男の高らかな笑い声は、カイルにとって鬱陶しく——2度と……エリスに悪態を吐いたり、自ら薬草を採取しようとはしまい——と心の内で固く誓いを立て、黙って商談を終了させた。


 ただ——


 無事(?)……必要数、薬草を確保できた事だけは良好であった。


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