第1章 商人奔走

第14話 君の所為だからね!!

「カイル……これは一体どういうこと?」



 魔族であるエリスは困惑している。普段彼女は冷静沈着、生殺与奪も表情一つ変えずに遂行する殺戮主義者。それが彼女……本名——エアリエル・フゥーエネニック・エニス。その正体は魔族の中でも秀でた存在【魔王】の一柱である。

 だが……そんな彼女は、表情こそ変えていないものの、樹海の中で黙々と草むしりに勤しむ1人の人間の男——旅商人の『カイル』に対して呆れた声を飛ばしていた。



「仕方ないんだ……これは……」

「何が仕方ないって? このワタシをこんな樹海の中まで連れて来て、一体どういうつもりなの?」



 その理由は今居るこの場所——カイルの荷馬車を街道沿いの岩陰に隠し、そこから歩く事数時間……カイルとエリスの2人は樹海のど真ん中に来ている。



「仕方ないだろ!? だって……」



 そんな呆れる彼女にカイルは——



「だってねぇ〜商品がないんじゃぁああ! ボケェッッッエエエ!!」



 高々と侮蔑を吐き捨てた。



「ボケ? それってワタシのことを言ってるの? いい度胸ね? 殺されないからと言って調子に乗りすぎているようだけど? 覚悟はいい?」


「——ヒッィイ!!」



 カイルが言葉を投げたのは、魔族の少女……それも頂上の力を持った【魔王】である。そんな彼女に『ボケ』と吐くとは——命知らずも甚だしい。



「ワタシの事『ボケ』って言うけど……アナタは記憶力がなく、考察力読解力も皆無——紐解く力はてんで駄目で、気遣いなんてもってのほか……矮小でオマケに演技力のかけらもないちっぽけな、ワタシより遥かに劣った分際で……大きな事言うじゃない」


「……そ……そこまで……言う?」



 ただ、カイルの軽はずみの悪口に対し、エリスはこれでもか——と罵った。しかし、その言葉の全てはカイルの劣った部分を的確に射ているため……それが不可視の矢となってカイルの心に突き刺さった。



「腕の1本や2本覚悟して……大丈夫——殺しはしないから〜……ふふふ……」



 そして最後に、エリスは不適な笑みと共に片手を光らせカイルに近づく。その光とは魔法発動の合図——この時の彼女の表情はまさに残虐な魔族の現れを意味していた。



「——ッ!? ま……待ってくれ! こ、これはそもそも君の所為なんだからね!?」


「ワタシノセイ?」



 だが……カイルはここで尚も強気な姿勢でエリスに言い返す。矮小な人間代表“カイル”——彼の魔族に対する謎の勇猛さは一体どこからくる感情なのやら……



「僕の今回の積荷は貴重な薬草だったんだ。エリスの傷を治すのに全部使っちゃって……」


「だから……己自ら薬草採取?」


「——ッ!? そう……です……」


「ねぇ……カイル?」


「……ッ? 何?」


「商品を商人が現地調達するのは商人のすることなの?」


「…………わかりません。僕も正直『何してるんだろう?』って思ってます」


「……分かったわ。とりあえず右腕は落としましょう」


「——ッえ!!?? なんでぇえ!!」


「当然でしょ? このワタシを呆れさせた罰よ」



 エリスの手のひらの光量が増す。やがて片腕全体を深碧の輝きが包む。



「アナタの勝手な自恣じしを、まるでこのワタシが悪いみたいな言い方をして——」


「——ッ!? 本当にするの!? 嘘でしょ!!」


「ふふふ……死にたくなければ、その場を動かないことね」


「——ファあ??!!」



 エリスはカイル目掛け腕を振る。まるで自信の腕が一本のツルギかの様に——その目的は狂宴の開幕……魔力を纏った腕は……



——グッシャァア——!!



 樹海の木々達に血を浴びさせて——周辺を赤く染める。彼女の刃は風の刃——物の見事に皮膚を切り裂いた。


















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