第13話 魔王

「……まおう?」



 カイルは一言呟く。するとこれに……



「——ッ……魔王?」



 少女も釣られて同じ単語を呟く。が——カイルと違い彼女ははっきりと言葉を口にしている。そして……



「ああ……人間が勝手に呼んでいる呼称か——確かにワタシはオマエ達から『魔王』という肩書きで呼ばれているよ」

「——ッ!?」

「四姫の魔王【風姫】エアリエル——ってね」



 『魔王』とは一種の比喩である。人族と魔族は戦争状態にあるのだが……人族から見て魔族の中で特に残虐で強力な4体の個体を“四姫”と呼び“魔族の王”——つまり【魔王】と格付けた。

 そして、それぞれ得意とする魔法に因み4人の魔族には『炎姫』『氷姫』『雷姫』『風姫』と称号がある。先程から【姫】と言葉につくのは、その4人は全員女性型の魔族であり、驚く程の美貌を持ち合わせているからだとか……

 この4人は度々戦場での目撃情報が上がり、それと同時に被害報告も多く上がっていた。そして、人族でこれに対応できるのは、現状【勇者】ただ1人とされている。

 そしてカイルはこの情報を知っていた。魔族とは人類共通の敵——だからか、その頂点に君臨する魔族の話は噂話として度々耳にする。その情報の中で魔王の一柱『風姫』の名前が【エアリエル】だったと——記憶していたのだ。



 まさか、今隣に居座るのがその頂上の一角だったとは……



「——ま……マジかぁぁ……」

「そうよ……だから、あまり舐めた態度でいると、つい殺しちゃうからね? 

「——あ……ははは……善処します」



 その衝撃的事実に震えて乾いた笑いが込み上げる。実に可笑しな反応。もう彼の思考は与えられた情報を処理しきれなくなっているようだった。



 ある日突然——『魔族』と遭遇して……



 どういうわけか——偽善で彼女を助けて……



 少女に宿屋で——殺されかけて……



 夢だと思ったら——現実で……



 人生初めてのキス——は驚愕だ……



 そして……



 カイルは今——『魔王』と並んで馬車に揺られている。



 (どうして……こうなったのかなぁ〜〜?)



 カイルは、ここ2日間を思い返すと——遠い目で天を仰いで現実逃避……しまいに思考は懐疑的だった。



 それでも、馬車は2人を乗せてただ突き進む。








 因みに……



「君のこと……『アリエル』とは絶対呼ばないからね!」

「はぁあ?! カイル……アナタ、ワタシに対して偉そうね? そんなに死にたいの?」

「違うよ! アリエルなんて……諸々『魔王』じゃん!! そんなの気軽に呼べないって言ってるの!」

「…………そう、分かったわ。さっきから、ワタシに声を張り上げて偉そうで……カイルは、命知らずな愚か者だったってことがね。人族の中でも特に矮小なアナタが、このワタシ(魔王)に啖呵を切った事だけは褒めてあげるけど……」

「今更だね! 魔王でも魔族でも——結局僕は一撃KONAMIJIN! 対して変わらないし、そもそも僕は昨日死んでるはずだったんだからね〜」



 そう——例え、目の前の彼女が魔王だとが、単なる魔族だろうが、本気で『殺す』と思われれば……あるのは『死』——


 蟻の前に象がいるか……竜がいるか……なんて、結局踏み潰される事には変わりない。カイルは、少女が決して敵わない相手なのだと再認識すると、気が吹っ切れて強気の啖呵を切る。命を握られてるというのに、この自信は何処からくるのやら……彼の心は強いようで、本当は非常に不安定であるのかもしれない。



「なら——今から殺して……」

「でも……思ったんだ」

「…………」

「“アリエル”だと、殆ど魔王だと伝えているようなものだから気軽に呼べない。なら、別の呼び方——例えば、偽名とか愛称とか——」

「……それで?」

「エア……リエル……えりあ、る……う〜〜ん……えり……す……“エリス”とかどうかな!!」



 カイルはこの時『名案だ!』とばかりに、少女の名前をアナグラムよろしく弄り簡略化——最終的に【エリス】と名をあげる。

 カイルは少女に向かい、最大級の笑顔で少女の事を見つめるが……肝心の彼女は、いつもながらの無表情——しばしの沈黙に、少し気まずくなったカイルだったが、カイルが次の行動に移る前に、少女は視線を逸らし……



「好きにすれば……」



 と呟くと……これ以上の反応は一切返さなくなってしまう。



「うん……そうする。よろしくね“エリス”!」

「…………」



 彼女——エリスとの関係を、どう“よろしく”するのか不明だが……



 トチ狂ったお人よし人間の【カイル】と——



 残虐非道魔族の頂上の魔王【エリス】との——



 打算と偶然が重なり合う旅の始まりであった。


 





 ……to be continued——





———序章 旅の始まり『2人の関係』 以上終幕———

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