第11話 人間ってチョロい

「はぁぁ……全く、アナタって本当に使えない? もう殺しちゃおうか?」



 しばらく、カイルが馬車を走らすと……守衛の目が無くなったと思った瞬間——笑顔をキープしていた少女は、コロッと一瞬で表情を能面なモノへと変革——今の言葉を吐き捨てた。さながら、今までの若妻が——100%の演技であった事が証明された瞬間だ。



「全く……またこんな事ワタシにやらせて……次は上手くやって、死にたくないでしょ? アナタが殺されてないのは『打算』あっての事なんだから」

「……ッえ?! あ……うん……わかったよ……」



 カイルは少女からそこそこ恐ろしい事を言われていると思うが……考え事でもしていたのか……少女に対して空返事を返した。不意に彼女の方を確認しようと横に視線を向ければ、彼女は頬杖をついてカイルとは反対方向の景色に夢中だ。表情が確認できない今——少女の感情は計り知れない。ただ、おそらく『無表情』ではあると予想はつく。



「と……ところでさぁ……」

「……ん?」

「さっきのは……一体何だったの?」

「さっきのって?」

「いやぁ〜〜……何て言うのか……門のところでさ……」

「ナニ? ハッキリして……人間、ワタシをイライラさせないで殺しちゃうよ?」

「あ!? ごめん……あの“笑顔”とか、“饒舌”さは何だったのかなぁ〜って思って……」

「……ッ……何だ、そんなこと? 人間って本当に馬鹿なのね? はぁぁ……」

「……え?」



 カイルは、そんな彼女に口をモゴつかせながらも質問をした。すると、そんなカイルに苛立ちながらも最終的には呆れるようにため息を吐き捨てる。

 正直、彼女(魔族の少女)について分からないことは沢山だ。魔族は残虐非道だと母から口を酸っぱくして言われていたが……


 『殺す、殺す…』と言われるものの、そんな素振りが昨日の夜以来感じさせない事とか——


 何で一緒の馬車に乗り続けているか——


 とか……


 分からない事だらけ。


 でも……


 今、カイルが1番分からないのは街中で守衛を誤魔化した時や、門で見せたあの『笑顔』だった。喋り口調も可愛らしく……そんな表情を思い出すと、ついカイルの頬は紅潮してしまう。魔族でも、そんな表情や素振りができるのか——と今までの魔族像が崩れ去ってしまった感覚なのだ。


 ただ……少女から齎せれる答えは、カイルの想像とは違う。



「人間ってねチョロいのよ」

「……え?」



 最初に言われた言葉がコレである。


 カイルは分からないといったように彼女の方へ首を捻る。馬車を操る中で余所見は危なっかしいが——街道はまだ、馬車はおろか人の通りも少ない。少しぐらいは大丈夫と思ってのカイルの行動だ。ただ馬車を引く【ラテ丸】は賢い馬だ。少しぐらいの余所見では事故はまず起こすことはない。


 そして……カイルの視線が少女を捉えた時——彼女の視線と合った。

 少女もまた、カイルを視界に捉えるべく振り返っていたのだ。


 すると……



「……ジ〜〜〜〜」

「——ッん!? えッ……ちょっと……」



 少女は急にカイルの瞳を覗き込むように顔を近づけてくる。あともう数センチ近づけば、唇が触れてしまいそうなほどにだ。思わずカイルは慌ててたじろぐ。



「……ねぇ? ワタシって可愛い?」

「え!? ええ〜とぉ〜……」

「可愛いかって聞いてるんだけど?」



 この時——少女の手が仄かに灯る。



「ウソ!? えッ……ああ——ッ可愛いいと!」

〜〜??」



 彼女が鋭い眼光で睨みを利かす。



「——ッ!? いや、可愛いです!!」

「…………そう?」


——ブルルン!?——


「——ッおっと——ああ!? ごめんラテ丸……余所見いけないね! ははは……」


——ッブルン!!——



 突然の質問返しにカイルは熟れたトマトのように顔を染め上げた。そして同様し手綱を強く引いた——コレに驚いたラテ丸は逆に手綱を手繰り寄せる様に首を振る。カイルにはコレが「——ッ主ィイ!! いつまで余所見してるん! 良い加減にし〜やぁあ!!」と怒られた気がした。ラテ丸は故郷を出た時からの相棒だが……カイルの意を汲み取ってくれるほど頭が良く、気の利いた素晴らしい相棒だった。寧ろ、人間より人間らしいと言うのか——今の様に良く怒られている。ただ、これはまだそれほど怒ってはいない。後ろ蹴りを喰らわないだけいい方だからだ。まぁ、御者に務める現状では食らいようがないがな。



「……ワタシは魔族——姿こそ『人間』に酷似してるけど、この容姿は特に大切ではないのよ」

「……え?」



 カイルはラテ丸に怒られ不注意だった視界を正面へと戻す。だが少女は尚も語りを続ける。この時——カイルは、どうしても少女が気になるのか、チラチラ——っとだけ彼女を確認する。



「前にも、魔族の作りの根幹は『魔力』と言ったの覚えてる?」

「………………うん——ッ痛ェ!? 何で叩く??」

「魔族は魔素が溜まる地で唐突に産まれるの」

(ええ〜無視? まぁ……覚えてなかった僕も悪いんだけど……)

「その時——男であるか、女であるか……子か老父か……姿はこの地に生まれ落ちてみるまで分からない」

「ふむ……」

「だから……『魔族』は己の容姿には頓着が無いのよ」

「…………」

「何か言いたそうね?」

「——ッ!? いえ——そんなことは!!」

「そ……まぁ、そういうことにしといてあげるわ」

(あっぶねぇ〜〜おっかねぇ〜〜……)



 カイルはこの時——「容姿に頓着がない」との言葉を聞き、つい少女が先ほど灯らせた片手を凝視した。「頓着がない割に、“可愛い”か聞いた時の返答に怒るんだ〜?」と——口が裂けても言ってはいけないことぐらい、カイルにも当然分かっているつもりだ。


 カイルは死について麻痺した状態にあったが……それでも自殺願望はないのだ。




 

 

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