第10話 チュッ

「「…………」」



 少女の放った一言に愕然としてしまったカイルと守衛の男……思わず上げた叫びを聞いて、次の瞬間男同士の視線が交差する。



『オイ! この子、妻なのか!? てか、何でオマエも驚いてんだよぉお!!』

『イヤ! だって……初めて聞いたんだもん!! 僕いつ結婚してたんだぁあ?! それより、あなたもどうして驚く?! そんなに僕がモテなく見えるんか!!』

『こんなにカワイイ子が妻だってのが気に食わねぇえええ!! ぶっ殺してやらぁ嗚呼!!』

『ふざけるなぁあ!! 純粋な妬みじゃないかぁああ!!』



 と——互いに声には出さないものの……そんな回想が空想上に想起されそうな……彼らの視線はそう悲痛に訴え掛けていた。


 そんな静寂が支配する場で……



「もぉ〜どうして、カイルが驚くのよ。全く、照れ屋なんだから……」

「——へぇえ?!」



 固まって動かないカイルに、見かねた少女が語り出す。するとカイルの口からはお間抜けな声が漏れ出ると、振り返って少女の顔を捉えた。ここで、彼は瞬間的に凍りついた。何故なら、可愛らしい微笑みを見せている彼女でも、その赤く燃えたぎる色の瞳は、何処までも黒く沈んで見せたからだ。カイルはこの瞬間、事の成り行きを全て彼女に託そうと決心してしまった。



「そもそも、あなたが先に言ったんですからね」

「……え? 何を??」

「“この人は僕のカノジョです”——って……」

「——ッう……確かに……言った……けども……」

「で——今になって、私から妻だと言われて驚いて……本当、照れ屋な人〜〜もぉ、私傷ついちゃうんだから……」

「は、ははは……」



 ここで、カイルは乾いた笑いを見せるも……彼の心は恐怖で震えていた。よって、彼の顔の筋肉は非常に引き攣って、笑っているのかどうかが怪しかった。



「——ッつ、ッつ、妻だってのは本当の事なのかよ!? 口からデマかせでも言ってんじゃないのか!!」



 だが……ここで意識を戻した守衛の男が2人を指差し必死に声を荒げた。少女の演技は、目の奥は笑ってないにしろ、新婚夫婦的な役としては初々しい若妻の役を100点満点で演じている事だろう。因みにカイルは13点……落第である。


 しかし、男は余程2人の関係を妬んでいるのか——私情で、コレでもかと絡んでくる。


 すると……



「う〜〜ん……なら、証明になるか分からないですけど……これでどうです?」





——チュッ——





「——ッッッ!!!! にゃ、にゃ、にゃ、にゃにを——!!??」



 カイルは突然頬に触れた柔らかい感触に驚いた——手で問題の箇所に触れると、微かに湿った感触——瞬間的に今『チュッなに』が起こったのかぐらい、真っ先に気づいて赤面して慌てる。



「——ね? 守衛さん。彼、照れ屋だったでしょ? うふふ……」


「——ッ!?」



 少女は、守衛の男に向き直ると、屈託なくクツクツと笑って——『これでどうだ!』っと胸を張った。


 しかし、それでも……



「そ、そ、それでもオマエらが怪しくない理由にはならぁあーーん!! クソがッ——これ見よがしに、見せつけやがってぇーーここは絶対に通さぁーーん!!」



 男は意地でも甘酸っぱい2人を通したくないようだ。それでも……



「オイ! 何してんだよ。オメェ〜はッよぉお!!」


「——ぐッへえ!!??」



 男の奇行は1発の拳によって収まった。



「ぐぅおおお〜〜……な、何するんっスか兵長!? いきなり殴るなんて……どういうつもりだよ!!」


「どうしたも、こうしたもねぇーーだろが!! 通行チェックに、いつまで時間かけてんだ! この野郎!」



 その鉄拳制裁を与えるのは髭を生やしたガタイの良い男だった。兵長と呼ばれる彼は、頭を抱えてうずくまる男を凝視し叱責を口にする。

 すると……数秒の間をおいて、1つ溜息をつくと、すぐさまカイルの馬車へと近寄ってくる。その時の兵長の表情は、不躾新人守衛の男に向けた鬼の形相から真逆の優しく柔らかな微笑みを覗かしている。



「いやぁ……どうも、ウチの若いモンが失礼した。コイツは新人で根が腐ってての、同い年ぐらいの連れ合いを見ると難癖をつけるところがあるんじゃよ。ワシからよく言い聞かせておくから、許してやってくれんか?」


「ああ……はい、それでしたら……僕は、特に気にしてませんよ……」

 

「そっちの嬢ちゃんも失礼したの〜〜」



 この時——兵長の返事に、少女は微笑んで会釈をして返した。



「で……でも待ってください兵長〜〜コイツら絶ッッッ対、怪しいですってぇ〜〜」

「怪しい訳あるかああ!! オマエはよぉ〜いつもそうやって、若い者の恋路ばかり邪魔しおってに……」

「——ええ!?」

「“ええ!?”じゃないわ!!」

「——イッテェえええ!!」

「はぁぁ……全く…………ああ……オマエさん方、もうチェックはいいから早く行ってくれるか? 後ろがつっかえとるからの」


「え!? いいんですかね?」


「ああ……通行履歴では昨日もオマエさんここを通っとるだろ? その時は何ら問題なかったんじゃ……問題ないじゃろ」


「そういうモノですかぁ……」



 兵長は再度不躾新人に制裁を落とすとカイルに向き直り、通行を許した。



「ああ……それにチュッあんなもの見せららばのぉ〜〜2人ともお幸せにのぉ〜」


「——ッ!!?? ……〜〜〜〜」


「この先——王都まで盗賊とか出るし。気をつけてな!」



 そして、嬉しそうな表情の兵長に茶化されると……カイルは赤面し……恥ずかしくなってその場を足早に後にしたのだ。



 この時——新人は兵長に『あり得ない!!』とばかりにどやされていたが……本当は、彼のセンサーは的確に的を射ていた。なんとも報われない新米衛兵の男が最終的の1番の被害者となった。




 



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