第5話 夢じゃなかった

——翌日——



(……ッ!? う〜ん……眩しい——?)



 カイルは、鬱陶しいぐらいの眩い光で目を覚ます。


 彼は、大きな麻袋を寝袋のようにして壁に背もたれ寝入っている。意識の覚醒を促した光の正体だが……カイルはこの時初めて宿部屋の天井に拳大の穴がある事に気づいた。そこから朝日の陽光が光線となって薄暗い室内へと侵入——丁度カイルの顔があった場所ピンポイントに命中していたのだ。



「イタタ……くそ——あれ? 何で僕、床に寝てるんだ」



 室内に刺さる目立った光線はそれ一本——だと言うのに、大して広くない部屋だが、それでも顔目掛けて光を浴びた偶然に苛立ちを見せつつ、カイルは周囲を物色するように現状を整理する。心なしか床で寝ていた弊害か、その時のカイルの身体は節々を痛めていた。



 どうも、カイルは嫌な『夢』でも見ていたようだ。



 その『夢』とは——傷負った魔族を介抱して殺されかける『夢』……その夢の最後では、魔族少女がカイルのベットを奪って寝るといった斬新かつオチのつまらないモノ——

 昨日の記憶がイマイチあやふやだったカイルだが……こんな夢を見てしまったのは、いつのまにか床で寝た弊害であろう——と決めつけた。

 現にベットを注視すれば……そんな少女の姿など存在しない。1つ気になることは、同時にベットのシーツもないことぐらいで、あとで宿屋の店主にシーツを無くした事にカイルは酷く怒られてしまった。



「多分……“酒”だな。僕お酒弱いから、きっと宿屋のメシで間違って酒が出されて……酔った勢いで眠っちゃったんだなぁ〜きっと……」



 カイルは、宿屋の裏手——自身の荷馬車にて、そう結論付けた呟きを漏らしつつ旅支度を始める。

 そもそも、いくら自分が「トチ狂ったお人よし」であったとしても……流石に『魔族』をも助けてしまうなど考えられなかった。そんなの殺されるのがオチだからだ。



「現に、僕は生きているし……魔族と出会った人間は皆殺されるってよく聞くし……空は今日も青いしで……魔族を助けて殺されず生き残るなんて——ありえな〜い、あれえな〜い。僕はお人よしであっても、死にたがりじゃないんだから——きっと夢だったんだ。なぁ〜〜ラテ丸〜〜」


「——ぶるる……?」



 そしてカイルは、昨日見た夢は流石の僕でもあり得ないと——自分に言い聞かせるように、有り得るはずないことの理由を並べて、荷馬車を引く相馬に語って聞かせた。


 ただ……その時——



「……ん?」



 カイルの脳裏に不可解が張り付く。



「アレ? 薬草全部無い!? それに僕の聖女の多鏡薬タカラモノも無い!!」



 積荷であった薬草だが——夢の状況を模るかのように姿形が失われていた。おまけに後生大事に隠し持っていた聖女の多鏡薬タカラモノも同時に失われて……









 





「…………おかしい……僕の記憶では冒険者に使った薬草は半分だったはず……それに僕は宝物まで使っていたか? ほんと……どうしよう……」



 それからカイルは荷支度を整えると宿を後にして街中を馬車を走らす。ただ、荷支度といっても、“あったはず”の積荷は綺麗さっぱりと無くなっており、空の木箱を片付けただけ……お陰で宿を足早にたった事で、早朝を急ぐ馬車はカイルのみであった。

 で——肝心の馬を操る彼は……“あったはず”の代物を無くしてしまった原因を突き止めるべく、御者に集中する一方で必死に自身の記憶を漁っていた。




 だが、結局は……



「ああ……きっと、魔物に襲われた冒険者を治療するのに全部使ったんだ。やってしまった手前、信じたく無い事実が僕の思考に追いついてない。ただの現実逃避に違いない。きっとそうだ。だって、僕の宝物まで使ったんだもの……そりゃ〜信じたくもないさ」



 カイルは、答えに行き着く間もなく原因を『積荷の薬草(全部)と宝物を失った弊害による現実逃避に走った』と結論づけ、不平不満を吐きつつ唇を尖らせた。



「お人よしも程々にって……母さんによく言われたっけ——よし、なら今度こそ僕は『お人よし』を克服しよう。次に困ってる人を見ても絶対に助けないぞ! 決めたもんね。僕は非道になってやる!」



 反省し仕方ないと自身に言い聞かせて手綱を強く握りしめる。ただ、この時のセリフは側から聞けば『それってどうなの?』と思えてならない。『程々』の解釈を履き違えている。



 親(母)の心子知らず——彼にはその言葉が当てはまりそうだ。



 そして……



「…………ん?」



 しばらく、街中を馬車で走行すると——遠くの方に複数人の人影が見えた。それも、道のど真ん中にだ。

 ちょうど、カイルが馬車を走らす方向であるため進行の邪魔——カイルはめんどくさいと思いつつ顔を顰めて、その遠くを眺め続ける。



「まったく……道のど真ん中で突っ立ってるって、どういうつもりだよ……あ? もしかして……誰か困ってる? 何かあったのかな? 僕で何か助けにならだろうか? 行って見よう!」



 だが……そんなカイルは数分前に誓った非道な決意を既に忘れ——彼の心は人助けへと揺れ動く。彼が非道になる日は何光年も先の話になりそうだ。



「ん!? なんだ……アレ?」



「おいおい、ねぇ〜ちゃん? こんな夜に1人で出歩いてどうしたぁ〜〜?」

「はぁ〜オメェ……バカだな。周り見てみろ? 既に明るくなってるだろぉ〜?」

「ははは……ちげぇ〜ねぇ。もう朝になっちまってる」

「まぁ……そんな細かい事はどうでもいいだろう? ねぇ〜ちゃん、ちょうどいいや。俺ら、これから別の店で飲み直すんだがよ? お酌してくんねぇ〜かな?」

「ハァア……お前、こんなガキっぽいのがいいわけ?」

「別に、女に注がせるなら誰でもいいだろ? こんなべっぴんならよ?」

「それもそうか? キャははは——」


「…………」



「うわ……朝っぱらから酔っ払い?」



 道の真ん中に居たのは数人の男の集団であった。その面々は、皆足元がおぼつかず、呂律が波打ってることからも、明らかな『酔っ払い』である。


 だが……



「それに……アレは、女の子……て…………ッッッ!!??」



 その集団の中に、1人の背の低い女の子が混じっていた。どう見ても酔っ払いとは友達でもなさそうな浮いた存在だ。


 側から見れば、1人の少女が運悪く酔っ払い連中に絡まれてしまった構図を形成しているのだが……



 カイルにとっては——そうとは見ていない。



「嘘だよな……アレって……」



 その少女の格好だが……



 黒のドレスに何故か脇腹に丸い破れ後——



「なんで……だってッ……」



 頭に、シーツのような大きな布地を巻き、マフラーのように肩口から垂れ下げる——



「どうして、『夢』から出てくるんだよぉお——!?」



 そして布からはみ出た長い髪はシルバーに朝日を反射して輝く——



 


 カイルは「夢から出てくる」と表現したが……



 違う——出てきた訳では当然ない。



 鼻から——『夢じゃない』のだから……





「ゆ……夢じゃなかった……」






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