第6話 結局
「ねぇ、人間。邪魔だから退いて——死にたいの?」
少女は、酔っ払いの絡みに嫌気がさしたように不満を吐露する。だが、そのセリフは、幼さからは想像がつかない程に冷たく冷徹極まりない。
だが……
「ああ〜? 死にたい? ぷ……あはは〜“死にたいの”だってよ! この嬢ちゃん!」
「脅せば、俺たちが怖がって逃げてくとでも思ってるのか? 飛んだお子ちゃま脳だぜ」
「そりゃ〜子供だろ? こんなちびっ子……」
「ははは……俺たちのこと『人間』だなんて——まるで話に聞く『魔族』の真似事かなぁ〜〜?」
酔っ払いには、その脅しはまったくもって効いていない。それは酒が回って判断がついていないから……との前に、その少女は酔っ払い集団の中にいる巨漢の男と比べると、その背は半分。他の連中ですら軽々と見下ろしていた程に低身長。だからか、そんな小さな存在からの脅しを『怖がれ』とは、普通に考えて無理があった。
だが……カイルにとっては違う。
その少女の言葉の恐ろしさは、身にしみて知っている。
「——ッ!?」
酔っ払いが少女を蔑視する一方で、カイルはしばし惚けるように離れた位置から傍観者に勤めていると——
ある瞬間……一筋の光を、その集団の中に輝くのを見た。
「あ——僕、アレ知ってる!! やばいヤツだぁあ!!」
これにカイルは、ハッ——として、惚けた感情は一気に目覚めの一途を辿る。
あの光を見たのはコレが2度目——1度目は夢(?)の中で魔族の少女の手が輝くのを見た。そして2度目が——今、集団の中に輝いたモノ……
アレは、魔法を発動させる兆候である。
この時——酔っ払い連中は、意識がはっきりしていないせいか、はたまた朝日に照らされ輝き自体を認識できていないか——そこはハッキリしていないが、どうもあの輝きに気づいていない。
だが唯一、その輝きをこの場で認識してしまったカイルは、この後酔っ払いが辿ってしまう不測の未来は容易に想像がついた。
それを思うと——彼の脳内は大いに大慌てで乱れまくっていたという。
だからなのか……
「ちょぉおお——ッと! ごめんなさぁあーーい!!」
「うわ!? なんだコイツ!?」
気づくと、カイルは馬車を路肩に留め、大慌てで少女と酔っ払いとの間に割り込んでいた。
「なんだぁ〜テメェーはぁあ?」
「え? な、なんだ……と言われても、ただの旅商人としか……」
「旅商人だぁ〜? 旅商人がなんだって俺たちの邪魔する?」
「えっとぉ〜彼女嫌がってますし……やめたほうがぁ……」
当然、酔っ払い男達は突然の乱入者に不機嫌そうに睨みを効かせた。カイルは、その視線に若干たじろぎながらも、それでも少女から酔っ払いを引き離そうと反論を口にする。だが、その本人は声を振るわせ恐怖を感じていた。果たして、この彼の『恐怖』とは、一体何処から受ける“恐れ”かは……判断するには難しいところであろうが、それでもカイルの行動は背後に居る少女を鎮めるにはちょうどよかった。その証拠に、いつのまにか少女の手のひらからはすっかり輝きは収まりを見せているのだから。
ただ、少女は目を細めてつまらなそうに一部始終をただ眺めるだけ、完全に傍観者の役割が入れ替わっている。
そもそも、カイルは何故——間に割って入ったのだろうか?
『人類の敵である魔族の少女が酔っ払い男数人に絡まれている』
真実を知ってる者からすれば、確実に面倒だと分かるはずだ。冷静な思考の持ち主なら、まず見て見ぬフリで関わろうとしない。寧ろ全力疾走で逃げ出すはずだ。
だが……思い出して欲しい。
カイルという人物は、そんな狂ったカオスな現場であろうとも人助けの為なら無意識の内に飛び込んでしまう(若干一名は魔族だが……)。
パッシブスキル『狂ったお人よし』
彼はこの時——絡まれた『女の子』と……『魔族』に殺されてしまうかもしれない『酔っ払い』……この双方を救うために矢面へと立っている。
「はぁ〜うるせぇ……オイ商人だとか言うガキ。今なら見逃してやる。そこを退いて、その女をこっちによこせ!」
「……ッえ!? やぁ、でも……」
「たく、話の分からないヤツだなぁ〜……退けって言ってるだろぉおお!!」
「……ん? ——ッえ!?」
だが、ついには食い下がらないカイルに我慢の限界を迎えてか——集団の先頭を行く男が拳を振り上げてカイル目掛けて腕を振るう。
カイルは反射的に強く目を瞑り、萎縮して衝撃に備える。そして、その背に守られる少女は、動揺、反応一つせず。彼女にとっては非常にゆっくりな拳の放物を目で追うだけで、助ける素振りは見せやしない。
そして……
カイルが本当の意味で助けようとしているのは、まさか自分たちだと気づく筈のない男の仇で返す一撃が……今まさに、カイルに振るわれる。
そう思った……その時——
「——オイ! コラッ——お前たち、そこで何してる!?」
遠くより怒声が飛んだ。
声の出所を伺うと、鎧が擦れる「ガシャンッガシャンッ」といった金属音を、駆ける足に合わせて奏でる1人の青年が、こちらに近づいて来ていた。
「やべぇ……守衛だ!?」
「クソ——オマエ覚えてろよ!!」
「逃げろ逃げろ——」
すると……酔っ払い連中は怒声と金属音に気づくと、まるで一瞬で酔いでも覚めたかのよに反応して俊敏に逃げ出した。
心なしか、先ほどまで赤かった顔が瞬時に青ざめたのかと錯覚してしまう程に大慌てで……
偶然——カイルは酔っ払いに殴られずに済んだ。
しかし……
「また、オマエかよ。頭が可笑しな人間」
冷たい声が、後ろから聞こえる。
そう……
彼の背後には、まだ問題が残っていた。
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