第4話 なんで笑ってるの?
この時、少女はおかしなモノを目撃する。
「…………? なんで……」
魔族の少女は狂言と微笑みを見せたが……何も、この時笑っていたのは彼女だけではなかった。
壁に、押さえつけた男——ひ弱な存在であるはずの人間……
こういった場面では、命を握られた事実から顔は恐怖に染まり大抵怯えて見せるモノだ。もしくは、叫びを上げるか——命乞い——泣き出す者さえいるかもしれない。
だというのに……
「………は……ははは……ケホケホ……」
目の前——首を掴まれた男の表情を少女が捉えた瞬間、彼女の張り付いた笑みが一瞬のうちに消えてしまった。
「何で、笑ってるの? 気でも狂った?」
カイルはこの時——何故か笑っていた。今まさに殺されかねない状況だと言うのに……首を閉められているのにもかかわらず。ツボにでもハマって、ついつい笑ってしまってるかのように、ケタケタと……
あまりにも無理に笑うものだから、当然首の圧迫感から咳こむ姿を見せていた。
「……ワタシが怖くないの? それとも、恐怖のあまり? アナタ、おかしな人間ね」
少女も当然疑問に思った。だが……何も疑問に思っていたのは彼女だけではない。
「はは……はぁ……な、なんでかな? 僕も分からないや……」
「なにそれ……?」
カイル自身もなんで笑っていたのか分からずにいた。
決して、恐怖を感じていないわけではなのだが……それは震えたカイルの、四肢が物語っている。
ただ……
「いや……君を助けた事は、僕自身どうかしてるって分かってるさ。でも、助けた理由も分かってて……だから……」
「……? 話が見えてこないのだけど……矛盾してると分かってるの?」
「ああ……だからかな? それもあるけど……やっぱり、僕の“お人よし”がなぁ〜まさかね。人に、優しくするといつか自分に返ってくるって聞くけど……ククク……まさか、助けた魔族の子に殺されるって? プッ……何だよそれ……ハハハ……」
「…………」
カイルは自分が“お人よし”だと分かっている。彼の人助けは、父からの受け売りだったが……一見、いい事の様に思える心情。コレは、カイルの良い所である一方で、悪い所でもある——要は、使い所の見極めが肝心の心情。でも、カイルはそんなに器用な人物ではなく、反射的に発揮してしまうパッシブスキル『お人よし』なので残念極まりない。
「まぁ、いいわ——笑って死ねるなら幸せなことでしょう」
暫く訝しむ素振りを見せた後——無慈悲な言葉を漏らした少女の手のひらに光が灯る。コレは、魔法を発動させる時に見られる現象だ。
そして、魔法が向かう矛先は……
(ああ……僕はここで死んじゃうんだな。父さん、母さん……ごめんね。僕は大した親孝行も出来ずに死んでしまうみたいです)
カイルはこの時、死を覚悟した。すると、走馬灯のように、田舎で暮らす自身の父や母の顔が脳裏に写りゆき、堪らず謝罪を脳内で呟いた。ただ……不思議とそこまで後悔は無く、死んでしまうのも当たり前だなぁ〜と達観する自身の心は怖い程に静かだった。
人類の敵である『魔族』を助けてしまったのだ——これで殺されたって文句は言えない。
だからなのか——?
目の前の少女の手が、魔力による輝きが増すとカイルは堪らず目を閉じた。目頭に濃い皺を作る程に激しく瞼に力を込めて……それは、急な衝撃に対して身構えるかの人間の反射的な反応のよう。
せめて、一思いに一撃のもと——何の苦痛もなく殺してもらえないだろうか?
カイルはこの時、そんな思いを抱えて……少女の人徳だけをただただ願う。
魔族に対して人徳とは——可笑しな話なのだがな。
「——ッッッ〜〜〜〜ッッ〜〜〜ッ〜〜………………ッ?」
しかし……この時——カイルは、ある異変に気づいた。
瞳を閉じて今か今かと衝撃に怯えているとだ。いつまで経っても、魔法に関する衝撃がない——
もしかすれば、既に魔法が放たれ苦痛が一切なく女神の元へ誘われたか? とも考えたが……カイルの聴覚は、薄い板張りの宿屋に響く、風に軋む木音を拾っている事からも、まだ天には召されていないようだ。
おかしいな——と思ってゆっくりと瞼を開ければ……そこには、美麗な少女の顔があるだけ、気づくと彼女の手にした輝きも終息している。
そんな状況にカイルが思わず惚けていると……
「——ッふん……」
「——うわ!? ッッ痛ぇえ!!」
少女は瞬間的に息を吐き捨てると、男の首に当てた筈の右手を離して放る。その突然の出来事に驚いて声を漏らしたカイルだったが、身体の力が抜けてしまっていてそのまま壁傳に背中を擦り、ドン——と尻餅をついて、これを痛がった。
「——うぅ……な、なんで……殺さないの?」
そして、すかさず少女に問う。この時、カイルは背中や尻を摩って痛みに耐えている姿勢を見せていたが……その痛み以前に『殺されなかった理由』が気になってしまい、口から溢した疑問がコレだったのだ。
すると……魔族の少女からは……
「…………興が醒めた——特別、殺さないでいてあげる。まぁ、私を助けたお礼とでも思ってちょうだい」
男に視線を合わせる素振り一つせず……そう呟く。この彼女の横顔から伺うルビーに似た瞳は、宝石に例えたにしては輝きは失っており、まるでカイルに対しての興味を一切失った……そんな印象を与えている。
そして、彼女は踵を返すと再びベットの方へと向かい……
「私……寝るから、うるさくしたら殺すね」
それだけ喋るとベットに設えたシーツに包まり、やがて数分後には……
「——スゥー……スゥー……」
寝息を立てていた。
「嗚呼……僕のベットがぁ…………」
これに、カイルは命が助かった安堵よりも、自身の置かれた状況を嘆いた。
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