#41 お昼ご飯

 生徒手帳の隅に書かれているだけなのえほとんどの生徒は知らないが、申請さえすれば誰でも屋上を使うことができるらしい。ふーちゃんが目立たずに昼食を取れる場所を探した結果、判明した。


 そういうわけで、俺はふーちゃんや稲荷と一緒に屋上までやってきている。

 昼休みの屋上は、太陽に燦々と照らされていた。太陽との距離が近いからか、日差しは想像以上に熱い。今はあったかい程度だが、夏場は地獄だろうな……。


「広ーいっ! 私たちだけだねっ!」

「だね~! 思ったより広い! あたしたちだけで占領できるなんて、めっちゃくちゃ贅沢じゃん!」

「それはそう」俺は二人に同意する。「ここなら、人目を気にせずに話せそうだしな」


 連休が明けて――俺がふーちゃんや稲荷と登校するようになって、今日で三日目だ。初日ほど質問攻めにあってはいないものの、二人と一緒に行動すれば目立つ。だから休み時間に話すのも自重していた。


「うんうんっ。こたくんともお昼が食べられて嬉しいなーっ」


 って、ふーちゃんが本当に幸せそうに笑うものだから、照れ臭くなる。

「はは……」と苦笑交じりに俺は言う。


「クラスの友達と一緒に食べるのと変わらないんじゃないか? ただ一緒にお昼を食べるだけなんだし……」

「むぅー。もちろん、みんなと食べるのも楽しいよ? だけど、こたくんは私にとって特別だもん!」

「そ、そっか」

「それに……」とふーちゃんが遠慮がちに続けた。「――ほしいから」

「え?」上手く聞き取れなかった。「ごめん、なんて言った?」

「吾妻、そーゆうところだよ~?」横で見ていた稲荷が、小馬鹿にした顔で茶々を入れてくる。

「いや、意味が分からないんだが?」


 とはいえ、ちゃんと聞き取れなかったのは俺が悪い。

 こほんと咳払いをし、今一度ふーちゃんに向き直る。ふーちゃんの顔は何故か桃色に染まり、こちらを見つめる瞳は微かに潤んでいた。


「ふーちゃん、もう一度言ってくれるか?」

「う、うん……!」ふーちゃんが忙しなく何度か頷いた。「あ、あのね? こたくんと一緒にお昼を食べたかったのは、その……」

「うん」

「お、お弁当を食べてほしいなーって思ったからなんだよ!」


 前のめりでふーちゃんが言った。同時に、ふーちゃんは手に持っていたお弁当箱を出しだしてくる。

 だが、お弁当箱は一つしかない。


「それはふーちゃんの分だろ?」

「一緒に食べてほしくて、多めに作ったの!」

「そ、そうなのか……」と言ってから気が付く。「確かにいつもの弁当箱より大きいな」

「え?」

「え?」


 俺とふーちゃんが見つめ合う。え、何か変なこと言ったか……?

 戸惑っていると、ふーちゃんが小さく呟いた。


「私がどんなお弁当箱使ってるか、知ってるんだ? お昼の時間に……見てた?」

「えっ」そうなるのか、と思い至る。「まぁ、ふーちゃんは目立つしな」

「文ちゃんを意識してなかったら、使ってるお弁当箱までは覚えてないと思うけどね~!」

「なっ!?」と俺。

「そ、そうなんだー?」とふーちゃん。

「…………」


 否定できないからタチが悪かった。くっそぅ、稲荷め。せっかく俺が誤魔化そうとしたのに、恥ずかしいところを突いてきやがる。

 恨めしい視線を稲荷に送ると、べぇーって舌を出して返された。


「吾妻が文ちゃんを好きすぎることが分かったところで、そろそろご飯食べよっ! あたしも吾妻にお弁当食べてほしいし」

「えっ」しれっと添えられた言葉に戸惑う。「稲荷もなのか?」

「あったりまえじゃん! 吾妻への気持ちは文ちゃんに負けてるつもりないし!」

「……そうかよ」

「あははっ、こたくん照れてる!」

「ああそうだよ照れてるよ! もういいから食うぞ! 俺も今日は弁当だから、おかずを交換ってことでいいよな?」


 やけくそになって、俺は言う。

 ふーちゃんと稲荷は楽しそうにけらけら笑った。頬が緩みそうになるのをなるべく堪えながら、適当な場所に腰を下ろす。


 ……今日が弁当の日でよかった。

 基本的に俺は、気分が乗ったときにだけ弁当を作る。朝の時間に余裕がない日も多いので、運がよかったと言えるだろう。


 俺たちはそれぞれに弁当箱を広げる。

「わぁー!」とふーちゃんが俺の弁当を覗いてきた。


「こたくんのお弁当、美味しそーっ!」

「昨日の残り物ばっかりだけどな。ふーちゃんの方が、彩りも考えられて美味しそうじゃん」

「えへへ。一応、アイドルだもん。栄養バランスも考えないと!」

「この前はほとんど肉じゃなかったか?」ファミレスで会ったときを思い出して言う。

「あ、あれはライブ前だったから! スタミナつけなきゃだったんだもん!」


 ふーちゃんが不服そうに弁解した。まぁ、普段からあの量を食べてるわけじゃないのは分かってるんだけどな……。

 茶色メインの自分の弁当と鮮やかなふーちゃんの弁当を比べると、居た堪れない気持ちになってくる。


「むぐぐ……この流れであたしのお弁当の話になるのは気まずいんだけど!?」


 稲荷がむくぅーっと頬を膨らませて言った。

 その言葉に釣られて弁当箱を覗き込む。俺と似たり寄ったりな、茶色多めのお弁当だった。但し、煮物のような家庭的なおかずが多い。所帯じみた弁当って感じだ。


「いいじゃん、美味しそうだし」

「ち、違くて! ……あたしが作ったの、これだけだから」


 と言って、稲荷は玉子焼きを箸で摘まむ。確かに少しだけ焦げてはいる。他のおかずと作った人が違うと言われれば納得だった。


「まぁ、俺とかふーちゃんは一人暮らしだし。自炊できないと外食ばっかりになっちゃうからな」

「うんうんっ、そーだよ! それに、祈里ちゃんが作った玉子焼きも美味しそーっ!」

「で、でも、二人のお弁当の玉子焼きのほうが綺麗だから……気が引けちゃって」


 稲荷は俺やふーちゃんのお弁当に目を遣った。どちらにも玉子焼きは鎮座している。玉子焼きって、お弁当のおかずっぽいしな。


 ……ふむ。

 稲荷をフォローするような声を掛けるのは簡単だ。だけど、俺たちに求められているのは別の言葉だろう。いつもの稲荷とのやり取りを思い出して、俺はにやりと笑った。


「じゃあ、玉子焼きバトルしようぜ」

「……なにそれ?」

「誰の玉子焼きが一番美味いか、勝負するんだよ。本物は玉子焼きが違うって言うだろ?」

「それはお寿司屋さんの話じゃない?」

「同じようなもんだろ」

「どこがっ!?」


 稲荷が思いっきりツッコんでくる。俺にも分からん。完全にノリで話していた。

 が、こういうときはノリが一番だ。

 そして、俺や稲荷以上にノリがいい奴が一人いる。


「いいねっ、楽しそーっ!」


 って、隣でひまわりが楽しそうに咲く。


「じゃあ! 勝った人が負けた二人にお弁当を作るって言うのはどうかなっ?」

「……? 普通、負けた方が作るんじゃないか?」

「だって私がこたくんと祈里ちゃんに作ってあげたいんだもん!」

「ほう?」「ふぅん?」


 期せずして、俺と稲荷の声が重なった。

 そりゃそうだろう。何しろ俺たちは負けず嫌いすぎて普段からバトルしまくってるような奴らなのだから。


「ふーちゃんは自分が勝つと思ってるのか?」

「流石の自信だね、文ちゃん」

「えっ、ふ、二人とも!? さっきまでの目の色が違うよっ?」


 ふーちゃんに煽ったつもりはないだろう。だけど、ナチュラルに『自分が勝つ』前提で話を進めていた。

 天然煽りプレイをされてしまえば、俺や稲荷も燃えずにはいられない。


「たとえ文ちゃんが相手でも絶対負けないよ~! ……見た目はちょっぴり残念だけど、味はきっと美味しいはずだもん!」

「ハッ、勝つのは俺だけどな?」

「む、むぅーっ! 私が勝つに決まってるもーんっ!」


 ノリがいいふーちゃんは、俺たちに乗っかってファイティングポーズを取る。

 玉子焼きバトルの火蓋が切られる瞬間だった。

 俺たちはそれぞれの玉子焼きを交換し合って――


「あ、ふーちゃんの勝ちだわ」

「あたしたちが勝てる要素なくない?」


 一瞬で勝敗が決した。

 うん、まぁ最初から勝ち目はなかったよね!


 その後はふーちゃんが多めに作ったおかずを分けてもらいながら、三人で昼休みを満喫したのだった。


「お弁当、楽しみにしててねっ?」

「おう」「うん!」

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