#37 S級B級サンドウィッチ
「二人とも、おはよっ!」
「文ちゃん、おはよー!」
「おはよう、稲荷」
学校の最寄り――沼部駅に到着すると、俺たち三人は無事に合流した。俺とふーちゃんの姿を発見した稲荷は、はじけるような笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
だが、俺たち二人の距離を見て、何か思うところがあるらしい。「むぅ~」と可愛らしい唸り声を上げ、ジト目を向けてきた。
「お二人さ~ん? ちょっと距離が近すぎない? あたしがいないからって、めっちゃイチャイチャしてたでしょ~?」
「そっ、そんなことはないよーっ! ね、こたくん……?」
「あー」どう答えるもんかなと迷う。
「こ・た・く・ん?」とふーちゃん。
「あ・ず・ま?」と稲荷。
両サイドから詰められた俺は、結局正直に答えてしまうことにした。本当のことを言ったところで困るわけじゃないし。
「電車が混んでたからちょっとだけ……な?」
「~~っ! こたくん!?」
「ふぅ~~~ん? ちょっとだけ密着して囁き合ったんだぁ? 自分たちだけの世界に入ってたんだぁ? 実質エッチしてるようなもんじゃん!?」
「過言すぎるだろ!?」と俺。
「そ、それはまだ違うよ!?」とふーちゃん。
……『まだ』とか言われると、変に意識しちゃうからやめてほしい。電車の中で感じたふーちゃんの柔らかさを思い出しそうになる。俺は話の矛先を変えることにした。
「なんだよ。稲荷は仲間外れにされたから拗ねてるのか?」
「むぅ~! 拗ねてますけど何かっ!? 三人でちょうどいいって話をした矢先にアツアツ幼馴染カップルが純愛大吟醸してて拗ねないわけなくないっ?」
「純愛大吟醸」俺は噴き出した。
「なにわろてんねん!」稲荷はやけくそだった。
「今のは笑わないほうが無理だろ!」
「そんなことないし! 文ちゃんを見てみなよ!」
稲荷が指さす方向には、顔を赤くするふーちゃんがいた。うわ言のように「実質えっち……」と呟いている。どうやらまだ稲荷の言葉が後を引いているらしい。
「「あー」」と俺たちはハモった。そして、顔を見合わせる。
「あたしもうぶだと思ってたけど、文ちゃんって想像以上にうぶだよね~」
「……まぁ、稲荷と違って経験ないわけだしな」
「人をこなれたビッチみたいに言うなっ! ……あたしだって吾妻に二回しかシてもらってないもん」後半、上目遣いで言う稲荷。
「それは、まぁ、そうだな」
急に会話が熱っぽくなったせいで、ドキドキしてしまう。稲荷の瞳はどこか色っぽかった。その瞳の奥に、エッチしているときの淫らな稲荷が潜んでいるような気がして――ものすごくモクモクする。
「ねぇねぇ」と稲荷が耳打ちしてきた。「いつかは文ちゃんとも……シちゃう?」
「なっ――」俺は目を見開いた。「……するわけないだろ? ふーちゃんはアイドルなだから」
「そのアイドルと添い寝した人がなんか言ってる」
「うぐっ」
そうなんだよなぁ……。そして、『アイドルだから』という理由でふーちゃんを遠ざけるのはもうやめにすると決めたのだ。
って、
「それとこれとは別問題だからな!?」
俺は納得しかけて、すぐに我に返った。
ふーちゃんと一線を越えるかどうかは、これまで距離を置いてきたことと全く関係ない。そもそも、俺がどう考えたところでふーちゃんが望まなければ終わりだしな。
「あたしはそうは思わないけどなぁ~。だってあたしもふーちゃんも、吾妻のことが好きなんだし?」
「……」答えに詰まる俺。
――ふーちゃんも稲荷も、俺のことを男として見てくれている。
二人の気持ちの全てを分かるわけはないけど、素知らぬふりをするのは厚顔無恥にも程があるだろう。向けられた好意は受け止めていたい。
「なんてねっ」と稲荷が笑った。「それよりも今は文ちゃんかな」
「それはそう」
「ほらほら、文ちゃん! むっつりな妄想はそこまでにして、学校に行こ~!」
「っ!? も、妄想なんてしてないよ! …………ちょっとしか」
恥ずかしそうにするふーちゃんと目が合った。その瞳に淡い期待が混じっているようにも見えて――って、やめだやめ!
「んんっ」と無理やり咳払いをする俺。
「いい加減、学校に行くぞ」
「う、うん! そうだねーっ!」
「だねぇ~。三人で一緒に行こ~!」
稲荷が右、ふーちゃんが左。
俺たちは三人で学校に向かった。
◇
「伏見さんの隣にいるのって……噂の?」
「やっぱり噂はほんとだったんだ!」
「でも稲荷さんも一緒だよ?」
「本当だ。じゃあ……付き合ってるわけじゃないのかな」
「むしろ稲荷さんが彼女なんじゃね?」
「あ、それだ! あいつと伏見さんが付き合うとか、ありえないと思ってたんだよなぁ」
――と。
二人に挟まれて登校した俺は、あちこちから好奇の視線を向けられていた。ゴール伝ウィーク前に広まっていた『俺とふーちゃんがディナーに行った』という噂を覚えている奴も多いようだ。ああでもない、こうでもない、と俺たち三人の関係が勘繰られていた。
「ふふっ。私たち、どう見えてるんだろうねーっ?」とふーちゃん。
「吾妻がハーレムってるように見えたりして?」
「ハーレムってる」俺は稲荷の造語を繰り返した。「それはありえないだろ。どう見ても釣り合ってないだろうし」
「そんなことないよ!」「そうでもなくない?」
ふーちゃんと稲荷の声が同時に聞こえた。
「吾妻ってスペック高いじゃん。勉強も運動もめちゃくちゃできるし」
「かっこいいし、スタイルもいいもん! お仕事でモデルとかアイドルの人と会うときもあるけど、こたくんが一番だなーって思うよ?」
「…………」
想像の数倍ダメージが大きい、レッドカード級の褒め言葉だった本業のモデルと比べて『一番』とか言うのは、いくらなんでも反則だろ……! 嬉しいには嬉しいけども!
俺がノックアウトされかけているのに気が付いたのか、稲荷は申し訳なさそうに口を開いた。
「吾妻、ごめん。今のは先に言い始めたあたしが悪い」
「それはマジでそう」
「えっ? どういうこと……?」
「文ちゃんは気にしなくていいんだよ。言ってることはめっちゃ分かるもん」
……稲荷はそのフォローがむしろ俺に刺さるって分かってるのかね?
二人とも俺に手加減なさすぎるでしょ。緩みそうになる頬に力を入れて、涼しい顔ができるように努める。今にやけたら絶対にキモいからな。
「三人でいれば変に決めつけられちゃうことはないでしょ! そのための『ちょうどいい同盟』でもあるんだし!」
「ふふっ、そうだねっ! 仲良し三人組に見えてたらいいなーっ!」
「……だな」
『ちょうどいい同盟』――最初は俺と稲荷の二人から始まったそれを、俺はいつの間にか色んな相手と締結している。
小町や鈴木を含めた四人の『ちょうどいい同盟』と、ここの三人で組んだ『ちょうどいい同盟』。その形や目的は少しずつ違うけれど、心地よくて大切な関係だ。
「――さあ、ラスト十本! 皆さん頑張りましょう!」
俺が『ちょうどいい同盟』について考えていると、グラウンドの方から元気な声が聞こえた。まるで月でもちをついてる兎みたいだな――なんてくだらない感想がまろび出る。
「朝練、すっごく頑張ってるね。偉いなーっ!」とふーちゃん。つられて俺たちもそちらに目を向けた。
「あれって……陸上部?」と稲荷が訊いてくる。
「だろうな。狛井が仕切ってるし」
さっきの声の主は、我が校が誇るアスリート女子――狛井舞だった。狛井は部長として朝練を仕切っているようだ。他のメンバーに激を飛ばしながら自分でも走っている。
「ゴールデンウィーク中も頑張ってたのかなー?」
「そのはずだぞ」
「へぇー! こたくん、詳しいんだね」
「まぁ、ちょっとな」
実を言うと、連休の間も狛井からお誘いの連絡が届いていたのだ。『まずは練習だけでも参加してみませんか?』と。気分じゃなかったし、一度練習に参加したら入部までさせられそうだから断ったが、頑張ってるんだなぁと感心していた。
そんなことを思い出していると、
「がんばれーっ!」
って、ふーちゃんが叫んだ。
俺たちは、呆気に取られてしまう。いきなり応援なんかし始めたら、悪目立ちするに決まってる。陸上部からも不審がられるかもしれない。
実際、近くにいる生徒たちはびっくりした様子でこちらを見ているし、陸上部からも『なんだ……?』って感じの視線が飛んできている。
だけど、ふーちゃんは躊躇なく応援を続けた。
大声を出して応援するふーちゃんの姿は、ポカリスウェットのCMみたいだ。あまりにも
それでも俺たちは一緒にいると決めたから。
躊躇を踏み切って、俺たちもふーちゃんに続いた。
「陸上部、ファイト~!」
「が……頑張れー!」
あーくそ、めちゃくちゃ恥ずかしい。どこの青春ドラマだよって感じだ。
それでも――たまにはこういう青春も悪くない
「吾妻さんっ!? それに伏見さんや稲荷さんもっ? ……皆さん、ここが頑張り時です! 私たちの情熱でお三方の声援に応えましょう! まだまだできますよね――?」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
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