#35 祈り

 ――ゴールデンウィーク最終日。

 俺は生まれて初めて、ライブ特有の異様な空気感に呑まれていた。


「これがライブ……熱気がすごくない?」

「すごいっていうか、やばい」と頷く俺。


 今まで稲荷は、配信でライブを観ていたらしい。そりゃそうだよな、と実際に現地参加してみて思う。この空気感は中学生にはレベルが高い。


「最初に断ったとき『ライブに行ったことなくて一人は不安』って言ったんだけど……あれ、間違ってなかったかも」

「それなぁ……ちょっと今、来たこと後悔してるし」

「それはサイテー」稲荷が頬を引き攣らせて笑う。「……でもちょっと分かっちゃうんだよなぁ~。部屋でだらだらしながら配信を観るのがあたしたちにはちょうどよかったかも」

「それはそう」


 ちなみに言うと、俺もこれまでは配信で『フラワーベッド』のライブを観ていた。理由は稲荷とほとんど同じである。

 部屋で気楽に観ることのできたこれまでを考えると、現地参加のライブは結構不便だ。

 だけど――


「今日は二人で応援するって約束だし! 頑張るよっ、吾妻!」

「頑張るのはふーちゃんだけどな」

「そうだけど~!」


 ――今日はこれいい。

 配信越しでも思いは繋がると思いたいけれど、今日だけはもっと直接俺たちの気持ちを伝えたいから。


「っていうか、稲荷は稲荷でノリノリすぎだろ……」


 言いながら、稲荷に目を向ける。今日の稲荷はライブのオフィシャルTシャツを身に纏い、タオルやペンライト、更にはこてこてにデコられたうちわまで持ってきていた。まさに完全武装状態だと言っていい。

 俺が指摘すると、稲荷は不服そうに頬を膨らませた。


「いいじゃんっ! 今までず~っと我慢してたんだもん!」

「別にダメとは言ってないって」

「ふぅ~ん? じゃあ、羨ましいんだ?」

「それは違う」

「羨ましいんだ?」再び訊いてくる稲荷。

「違うってば」

「羨ましい、よ、ね?」圧強めに訊かれる。

「…………羨ましいかもな」観念して俺は頷く。

「うんうん、素直でよろしい! じゃあ、このうちわを貸してあげるよ!」

「えぇ……」


 稲荷がデコうちわを押し付けてくる。

 片面には『ずっと大好き』、裏には『こっち見て』と書かれていた。こてこてのファングッズすぎて、流石にちょっと躊躇ってしまう。

 が、稲荷は返品を受け付けてくれなさそうだ。……まぁ、たまにはこういうのもありかもしれない。せっかくライブに来てるんだしな。


「っと、そろそろ始まるよ!」

「だな」


 会場の照明がぱっと消える。観客が期待に湧き立ち、心臓がつられてどくどくと高鳴った。

 やがてステージが眩いほどに照らされる。

 そこには――華やかな衣装を纏った『フラワーベッド』がいた。文ちゃんはその中心に立ち、まるで太陽みたいに咲き誇っている。


「みんなっ、来てくれてありがとーっ! 今日も世界で一番幸せな花の世界に招待しちゃいまーすっ!」


 文ちゃんの声がマイクと通じて会場中を包み込む。

 じょうろで水やりをするように、日光を注ぐように、ふーちゃんの声と共に会場が色づいていく。本当に花の世界へ連れてこられたみたいだった。


「いっくよーっ!」


 ――ああ、奇麗だ。

 全身で思った。



 ◇



 そこからは圧巻の一言だった。

 配信で観ていたときもテンションは上がったし、すごいと思った。だけど、間近で体験するライブはまるっきり別物だった。


 アイドルの一言で、一音で、会場が揺れる。

 フィルターを挟まないアイドルの輝きは、俺が知った気になっていたものよりも遥かに眩いものだった。


 心拍数が跳ね上がる。全身が熱くなる。

 灼けてしまいそうだ、とすら思った。

 こんなにも近くで光を見続けたら、いつか灼けてしまう。今の俺は灼かれていく途中なんじゃないか――そう感じるほどに熱かった。


「ふぅ……みんな、楽しんでるーっ? ここからは後半戦! ……の前に、ちょっとだけ休憩させてください!」


 上がりきったボルテージを冷ますように、ふーちゃんがどこか気の抜けた調子でMCを始めた。だが、他のメンバーはMCには参加せず、舞台袖に捌けていってしまう。

 ステージに残ったのはふーちゃんだけ。

 ――そういうことなんだろうな。

 なんとなく空気で理解する。このMCが終わったら、次はふーちゃんがソロ曲をパフォーマンスするのだ。


「ふふっ。みんなも気付いちゃったかもしれないけど……この後は、ソロ曲パフォーマンスのコーナーです! あれ、『コーナー』でいいんだっけ?」


 歓声や笑い声がどっと湧く。ふーちゃんは満足そうに頷くと、両手でマイクを持って続けた。


「まぁ、ともかく! 最初は私、伏見文が披露させてもらいまーすっ!」


 頑張れ。

 そんな言葉が必要あるようには見えなかった。

 でも、それは俺たちが応援しない理由にはならない。


「みんなが投票してくれたから、私は素敵なソロ曲を貰えました。本当にありがとう!」


 気付けば俺は、うちわの柄を強く握っていた。横を見れば、稲荷も同じようにペンライトを握っている。


「この曲の歌詞を読んだとき、『ああ、好きだなー』って思いました。『フラワーベッド』の曲はどれも大切で大好きだけど、一番はこの曲にあげたいです。だって私にとって、すごーく特別な曲なんだもん」


 照明の色が変わる。

 ふーちゃんのメンバーカラーである純白にステージが染まっていた。はっと気付いて、周りを見てみると、ほとんどが白色のペンライトを構えている。


「みんなは、白いひまわりって見たことあるかな? 私は見たことなかったんだけど……素敵なお花なんだよ。上品で大人っぽいの」


 ふーちゃんは、恋い焦がれるみたいに笑う。


「花言葉は『ほどよき恋愛』。でもね、『ほどよき』って言葉は妥協って意味じゃないと思うんだ。きっと、その人にとって『一番いい』ってことじゃないかなーっ?」


 だから、とふーちゃんが言う。


「みんなへの気持ちは、私の『ほどよき恋愛』です。

 ――聞いてください、『僕は白くなりたい』」


 すぅ、と誰かが息を呑んだ。

 俺だったかもしれない。稲荷だったかもしれない。或いは、マイクを構えたふーちゃんだったかもしれなかった。


 太陽ではなく月を感じさせるような、しっとりとしたメロディー。

 ふありと花びらが広がるみたいに、ふーちゃんの一音が会場中に歌詞を届けていく。


 高嶺の花に片思いをし続ける主人公が自分の恋を『ほどよき恋愛』にできるよう、努力することを決意する。

 そんな――『ひまわりは憧れてる』の続編とも言える曲だった。


 見惚れて、聞き惚れて、ふーちゃんに釘付けになる。

 ううん、それは今に始まった話じゃない。ライブが始まってからずっと、俺はふーちゃんを目で追っていた。

 きっとこれからもそうなんだろうな、と思う。


『私はこたくんがいい!』


 小さい頃、ふーちゃんが言ってくれた言葉を思い出す。

 俺も稲荷も特別じゃない。そんな『俺たちいい』と言ってくれるふーちゃんに、俺たちはいったい何ができるんだろう?


 考え始めたら、ついふーちゃんから目を逸らしたくなってしまう。

 逸らした視線の先で、稲荷が祈るようにペンライトを握っていた。


 ――ああ、それでいいんだ。


 アイドルとして輝くふーちゃんの隣にい続けた稲荷は、答えを知っていた。

 ふーちゃんに不幸が降りかかりませんように、と。

 少しでも力になれていますように、と。

 明日も傍にいられますように、と。

 そう祈ることくらいは俺たちにもできるはずだ。


 だから、祈り続けよう。

 俺たちがちょうどいい三人でいられますように、と。



――・――・――・――・――・――

作者より

今回で第一章は終わりとなります。

ヒロインのこと、好きになっていただけたでしょうか……?

大好きなハーレムを書いているので、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。


二章はあの姉妹のお話になる予定です。

そして、もう一組のコンビも……??

二章からは毎週一話程度の更新になると思いますが、ぜひお付き合いください。

ここまで読んで楽しんでいただけた方は、☆☆☆評価やブックマーク、応援で推して貰えると嬉しいです!

では、二章をお楽しみに!

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