#34 ちょうどいい在り方

 SIDE:虎太郎


 ――マンションのエントランスで待つことしばらく。

 俺は『ひまわりは憧れてる』を聞いて時間を潰していた。稲荷と話して、なんとなく聞きたい気分になったのだ。

 ライブでふーちゃんは、ソロ曲を初披露する。

 そのことを思い出して、どんな曲なんだろう――と分かりもしないことを考える。


 もしも、だ。もしもふーちゃんが歌うのがラブソングだったとしたら、俺はどんな気持ちで聴くのだろうか?


 ――ぶるるるっ


 思考に沈みかけたのは一瞬のこと。

 スマホが振動し、メッセージの受信を報せてくれる。


【Fumi:準備ができたので私の部屋までいらっしゃっていただけると嬉しいでございます】


 送り主はふーちゃん。『部屋に来ていい』って言いたいのは分かる。だが、文章がだいぶおかしい。稲荷との仲直りが上手くいかなかったわけではなさそうだけど……。

 とはいえ、いつまでもこんなところで時間を潰しているわけにもいかない。大人しくふーちゃんの部屋に向かう。


「えっと……お邪魔します」


 そう言って、玄関を開ける。そこには二人の美少女が立っていた。


「こたくん……こ、こんばんは!」

「お、おう……どうして顔が赤いんだ?」

「っ!? これはそのあれだよあれほらあれ」

「お風呂から上がったばっかりでホカホカなんだよ! ね、文ちゃん?」

「う、うん……! そうなんだーっ!」

「……なるほど?」


 明らかにふーちゃんの様子がおかしい。だが、風呂上がりで火照っているのも事実だろう。二人は、どちらも薄手のパジャマを身に纏っていた。

 ふーちゃんが着ているのは、薄桃色のパジャマ。上から一つだけボタンが外されており、仄かに朱の差した肌が見え隠れしていた。

 一方、稲荷はふーちゃんの服を借りたのか、少しきつそうに見える。第二ボタンまで外しているせいで、鎖骨や谷間まで露わになっていた。


 って、こんなところでサカってどうする。モクモクしだす気持ちをぐっと抑えて、代わりに口を開く。


「ちゃんと話せたんだよな?」

「うんっ。あたしと文ちゃんは仲直り完了した!」

「そっか、よかったな」


 今日ここに来た理由は、半分果たされたわけだ。あまり遅くなっても悪いし、もう半分もちゃんと果たしてしまおう。

 俺はふーちゃんを真っ直ぐに見つめて、言う。


「なぁふーちゃん」

「っ、こたくん、どうしたの?」

「俺からも言いたいことがあるんだ」


 ふーちゃんの様子が変なのは気になるが、今は気にしてもしょうがないので気にしない。

 一歩踏み込んで、深呼吸。

 本当はもっと早く――ずっと前に言わなければいけなかったことだ。

 けれど、稲荷がいなければ言わずに終わっていた気がする。稲荷がいたから、俺も同じように踏み出す勇気を持つことができた。


「ずっとふーちゃんから距離を置いて、ごめん。アイドルになるのを勧めたのは自分なのに、ふーちゃんがあまりにも眩しくて――見ているだけで痛かったから、遠ざけた」

「……うん」

「『アイドル活動の邪魔をしたくないから』なんて、嘘の理由だ。本当はただ、俺が情けなくて弱い奴だっただけ。俺はふーちゃんに自分の弱さをなすりつけた」

「…………」

「幼馴染として最低でごめん。――こんな俺にもう一度近づいてきてくれて、ありがとう。ふーちゃんとこうして話せることが、やっぱり……すごく嬉しいんだ」

「~~っ」

「もしふーちゃんを遠ざけた情けない俺を許してくれるなら……もう一度、俺と仲良くしてほしい。俺にとってふーちゃんは大切な幼馴染だから」


 空白だった時間を埋める――にはまだ言葉やそれ以外の沢山のものが足りていない。

 だけど、空いてしまった席に座り直すことはできると思いたい。

 言い終えて、おそるおそるふーちゃんの表情を窺う。

 ふーちゃんはやはり何故か顔を赤くしていた。


「こたくんはほんとに……! そういうところだと思うなーっ!」

「え? 何の話だよ」

「何でもない!」腕をクロスさせてバッテンを作るふーちゃん。「簡単には許してあげません! こたくんと離れ離れになって寂しかったんだもん」

「離れ離れってほどではなかったよな……?」

「話せてなかったら同じことなの!」

「お、おう……」


 だいぶヤケクソな声だった。

 まぁ実際、ほとんど話していなかったわけだし、寂しい思いはさせてしまっただろう。いや、俺と話さないだけで寂しくなるわけないだろとはツッコみたくなるが。


「じゃあ、どうしたら許してくれる?」苦笑交じりに尋ねる俺。

「……! 私のお願いを一つ聞いてくれたら許してあげる、とかでどう?」

「文ちゃんのお願い? 何をしたらいいんだ?」

「それは……聞いてくれるって約束するまで秘密、だよ」


 あえて隠すってことは、先に知ったらお願いを聞くのを渋ってしまうような内容なのだと予想がつく。稲荷がさっきからニヤニヤしてるし、一枚噛んでいるのは確実だ。

 いったい何を企んでいるのやら。

 まぁ何にせよ、俺にはもとから拒否権なんかない。ふーちゃんにお願いされて断れるはずがないのだから。


「分かった。ふーちゃんが許してくれるなら、何でも一つお願いを聞くって約束する」

「……ほんと?」ふーちゃんが真っ直ぐに視線を注いでくる。

「本当だ。男に二言はない」

「――うんっ! じゃあ、私もこたくんのことを許します! いーっぱい仲良くするね?」

「……おう」


 嬉しいやら気恥ずかしいやらで素っ気ない返事になってしまった。でも、俺の気持ちはちゃんと伝わってくれていると思う。


「よかったね、吾妻」

「……まあな」


 稲荷と短く言葉を交わす。

 これで俺も稲荷も、ふーちゃんとの仲直り完了だ。ニッと笑い合ってから、「それで?」と話を戻す。


「ふーちゃんのお願いってなんなんだ? ライブなら稲荷と観に行くつもりだけど」

「それはありがとう! けど、私がお願いしたいのはそれじゃなくて……その――」


 もじもじと恥ずかしそうにしたかと思うと、ふーちゃんは思い切った様子で言った。


「――私たちと一緒に寝よ?」

「は?」



 ◇



「……どうしてこうなった?」

「簡単じゃん。文ちゃんに許してもらうためにお願いを聞いたんでしょ」

「いや、そうだけども……!」

「……こたくん、嫌だった?」

「ッ、嫌では……ないけど。でもこれは――」

「「これは?」」左と右からふーちゃんと稲荷が訊いてくる。

「――色々まずいだろ」


 端的に言うと、俺はふーちゃんの部屋のベッドに寝ていた。もっとも、俺一人で寝ているわけではない。右はふーちゃん、左は稲荷に腕をホールドされていた


「そう? 川の字って健全じゃない?」

「うんうん。あったかくて幸せだなーっ!」

「……そういう問題じゃないよな? 女子二人と男子一人が同じベッドに寝てるっていう全く穏やかじゃない状況なんですけど!?」


 つまり、そういうことである。

 俺はふーちゃんと稲荷に挟み込まれていた。シャンプーの香りが鼻孔をくすぐり、二人の吐息が鼓膜を撫でる。密着した二人の体の柔らかさが甘やかな刺激を脳に送り込んでいた。

 ……めっちゃ気分がモクモクする。


「むぅ。でも、こたくんは祈里ちゃんと……もっとくっついたことあるんだよね?」

「えっ」咄嗟の質問に驚く俺。「まぁ、家でゲームする仲だしな」


 おそらく稲荷が『ちょうどいい同盟』のことをある程度話したのだろう。そう判断した俺は上手く合わせて答えた――はずだったのだが。


「それだけじゃないんだよね? 私、知ってるもん」

「……え?」まさか、と思う。

「二人は『ちょうどいい同盟』なんだもんね。……エッチなことも、するでしょ?」

「~~っ!?」


 耳元でその台詞を言うのはマジで勘弁してほしかった。いや、耳元以外でもだいぶ困る発言ではあるんだが。

 っていうか、稲荷はそこまでふーちゃんに話したのかよ!? 現役アイドルになんてことを吹き込んでるんだ……?


「ふっふ~。あたしたち三人の間に隠し事はノーだからねっ!」

「あのなぁ……!?」

「だって、別に悪いことはしてないじゃん? 遊んだりエッチしたりしてるだけなのに隠す方がおかしいよ。大切な同盟なんだし」

「……まぁ、それはそう」


 誰彼構わず吹聴することではないが、かといって隠さなきゃいけないことでもない。俺たちにとって『ちょうどいい同盟』が大切なのは事実だ。


「ずるい、って思っちゃったんだ。二人の『ちょうどいい同盟』」

「そ、そうか……」

「だから混ぜてもらおうかなーって」

「理論の飛躍!」

「これがそ~でもないんだよ、吾妻。むしろあたしたち三人で『ちょうどいい同盟』を組むのはコロンブスの卵級のアイディアなの」


 ドヤっているのが丸分かりの声だった。思わずそちらのほうを向くと、めちゃくちゃ至近距離で目が合う。流石にこれだけ近づく機会は滅多にないので、なんかすごく照れた。

 赤くなった稲荷は、んんっ、と誤魔化すように咳払いをしてから話を続ける。


「文ちゃんはアイドルだから、吾妻と二人きりでい続けるのは色々と問題があるかもでしょ? そうじゃなくても、男子と女子が二人きりでいるだけでも話題になっちゃうし」

「……そうだな」

「でも、普段から三人でいれば話は変わってくると思わない? もし二人になってても、『あ、今は一人いないだけなんだな』ってなるし!」

「……なるほど?」

「つまり、あたしたちは三人でちょうどいいんだよ」


 言われて、腑に落ちる自分がいた。

 稲荷の言う通りかもしれない。世の中は自然と二人組を作りたがる。男女の二人組には、すぐに恋人という題が付けられてしまうのだ。

 だけど、三人でいればそうはならない。仮に『俺とふーちゃんが付き合ってるかもしれない』と思う奴でも、三人でいるのを見て『俺がふーちゃんと稲荷で二股をかけている』とは考えないだろう。


「天才だな」思わず呟く。「でも、三人で寝る必要はないんじゃ……?」

「むぅ。こたくんは私と一緒に寝るの、イヤ?」

「そ、そうじゃなくてだな……」

「それとも、あたしがお邪魔虫? ほんとは祈里ちゃんと二人きりで添い寝したいの?」

「違うって分かってて言ってるよな!?」


 二人と寝るのが嫌なんて言う男は滅多にいないだろう。色々と幸せすぎる。状況だけを見れば、夢のハーレムなのだから。


「一緒にいるために『ちょうどいい同盟』を利用しようとしてるわけじゃないんだよ? 同盟に混ざりたいって気持ちも本当だもん」

「それって――」

「流石にエッチは……すぐにするのは恥ずかしいけど……。こんな風にこたくんとイチャイチャしたいなーって思う所存、です」

「っ、そ、そうですか」


 思わず敬語になってしまうのは、ふーちゃんの緊張が伝わってきたからだ。

 ――そうか、と悟る。

 憧れたのは、俺や稲荷だけじゃなかった。ふーちゃんにとっては『ちょうどいい同盟』が憧れの対象なのだろう。


「ねぇ、吾妻? 『あたしと文ちゃんを一生大切にする』って約束したんだし、まさか断ったりしないよね?」

「うぐっ……的確に逃げ道を潰しやがって」

「吾妻のやり口は何となく分かってるしねぇ?」


 言うと、稲荷はこちらに近づいてきた。

 俺が使っている枕の隅に自分の頭を置く。そんな様子を見て、ふーちゃんも同じように近寄ってきた。二人との密着度が更に上がる。

 これは、やばい……。


「吾妻」「こたくん」


 二人の囁きは蕩けるほどに甘くて、どこか熱っぽい。両耳が溶けてしまいそうだった。

 そして、


 ――ちゅっ


 と両頬に柔らかな感触が触れる。

 その感触の正体を言葉にするほど、野暮な男にはなりたくなかった。


「分かったよ。……俺たち三人の『ちょうどいい同盟』を締結、だな」

「うんっ!」

「締結だね!」


 今の俺が『両手に花』状態だとするなら、きっと持っているのはひまわりだ。

 憧れて、憧れられて、俺たちはきっとお互いを見つめ合う。

 そういう関係でいられたらいいと思った。



 ◇



「ねぇ文ちゃん、二人で一緒に恋しない?」

「……ふぇ?」

「って言っても、吾妻は結構鈍感だし……とりあえず文ちゃんも『ちょうどいい同盟』に入ってみるのはどう? で、二人で吾妻にアタックするの!」

「それって……エッチなこと?」

「ちょびっとだけ、ね。たとえば――添い寝とかほっぺにキスとか! 二人で吾妻を意識させまくって、あたしたち二人を彼女にしたいって言わせるの!」

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