#33 女の子たちの話

 SIDE:祈里


『はーい……って、祈里ちゃん!?』

「えへへ、来ちゃった」

『えっ、ど、どーして……?』


 インターフォン越しに文ちゃんが話す。当たり前っちゃ当たり前だけど、文ちゃんはだいぶ驚いてた。それもしょうがない。だってあたし、文ちゃんの住所を知らなかったし。ここに来る道中で『幼馴染だから知ってると思った』って言ったら、吾妻は呆れてた。

 って、そーだった。あたしが話してるだけじゃダメだ。あたしは、にやーっと笑いながら吾妻に視線を向ける。こくりと頷く吾妻にいったんカメラの映る位置を譲る。


「稲荷だけじゃない、俺もいる」

『っ!? こ、こたくん……っ? なっ、なななんでっ!?』

「焦りすぎだろ……」

『だ、だってぇ! こたくんが来るなんて聞いてないもん!』

「それは稲荷も同じだろ?」

『そうだけど、そうじゃないのーっ! ……ちょうどレッスンから帰ってきたところなんだもん。今の私、ぜーったい汗臭いから……』

「いいじゃん、努力の証なんだし」


 何となく察しはついてたけど、吾妻って鈍感? あたしはついつい呆れてしまう。

 ……ま、今日は話もしようと思ってたからいいんだけど!


「じゃあさ、先にあたしだけお邪魔してもいい~? 吾妻がいるとしづらい話もあるし」

「えぇ……ここまで来て、ハブられるのかよ」

「後で呼ぶってば」あたしは小さく笑ってから、インターフォンの向こうに尋ねる。「どうかな、文ちゃん? ……それとも、もうあたしの顔なんか見たくもないかな?」

「そんなことあるわけない!」食い気味に文ちゃんが言う。「……お話、してくれる?」

「そのために来たんだもん」


『お話、してくれる?』はこっちの台詞だった。

 ……って、あたしたちがいい感じになっている横で、吾妻が居心地悪そうにしている。なんか、それが笑えた。


「テキトーに待ってるから、よくなったら呼んでくれ」

「りょ~かい! 今から行くねっ、文ちゃん」

「う、うん……!」


 ここからは、女の子同士の秘め事。

 吾妻には内緒の――でも、きっといつかバレてしまう気持ちの話だ。



 ◇



「こ、これ、無料タダで見ちゃっていいの……!?」

「祈里ちゃん、なにそれ」

「だって! 肌めっちゃ綺麗だし、おっぱいもお尻も曲線やばいし! 腹筋もうす~く割れてるじゃん!」

「え、う、うん……ちょっとだけだよ?」

「現役アイドルやばい! お金払わなきゃダメでしょこれ!」


 あたしと文ちゃんの声は、バスルームで僅かに響いていた。『やばいのはあたしのテンションでは?』と内心で思うけど、今はしょうがないと思う。

 だって――文ちゃんと一緒にお風呂に入ってるんだよ!?

 あたしは最初、お風呂の扉越しに話せたらな~って思ってた。お互いの顔を見ながらだと話しづらいかもしれないからだ。でも、いざ部屋に入ると、文ちゃんは二人分のバスタオルを用意してくれていた。

 そこまではいいんだけど……問題は、文ちゃんの裸が綺麗すぎることだ。ファンとしてのあたしがついつい顔を出しそうになる。てゆーか、ほとんど零れてる。


「祈里ちゃんだって……」と文ちゃんがあたしをじろじろ見ていることに気が付く。

「あたしがどうかした~?」

「……大きくて、えっちだよ?」

「っ!?」


 鼻血が!!! 出そうです!!!

 文ちゃんが可愛くて蕩けちゃいそうなのをグッと堪える。


「文ちゃんも十分えっちだよ! ……確かに小さめだけど、それもすっごく可愛いもん。その良さが分からない相手には裸を見せる必要なんてない!」

「えへへっ」祈里ちゃんが照れ笑った。「それはそうかも」


 あたしたちは二人揃って、くすくす笑う。

 前みたいに笑えてることがすっごく嬉しかった。

 ……ちなみに、文ちゃんは胸もお尻も控えめなサイズではあるんだけど、それがむしろ可愛くてえっちだった。大きさだけが魅力じゃないんだな~としみじみ感じる。


「ねぇ文ちゃん、洗いっこしない?」

「洗いっこ……?」

「うんっ! そのほうが話しやすいかな~って」


 お互いに髪を洗い終えてから、あたしはおずおずと提案した。

 顔を見て話すのは、やっぱり少し怖かったから。

 ふっ、と文ちゃんがブランケットみたいに優しく微笑んだ。あたしが怖がっていることを察してくれたんだろう。


「うん、いいよ。洗いっこ、しよっか」

「……じゃあ、まずはあたしが洗うね」


 あたしは文ちゃんの背中側に回る。

 ボディーソープを手に馴染ませて、文ちゃんの背中に触れた。


「ひゃっ」って可愛い声を漏らす文ちゃん。「ご、ごめん……びっくりしちゃって」

「あたしも急に触っちゃってごめんね? ……今から洗います!」

「は、はい。よろしくお願いします!」


 何故かあたしたちは敬語になっていた。可笑しい気持ちになりながら、あたしは改めてそーっと文ちゃんの背中に手を伸ばす。

 泡越しに触れる肌は温かい。文ちゃんも生きてるんだな~って、当たり前のことを思う。


「あのね」あたしはそっと口を開く。「実はあたし、文ちゃんのファンなんだ」

「……え?」

「文ちゃんと仲良くなってからずーっと隠してたけど、ほんとは中学生の頃から推してた。憧れたんだ、伏見文って女の子に」

「そうだったんだ……」

「でも、文ちゃんと仲良くなれて――気付いた。アイドルだけど、それだけじゃなくて……どこにでもいる普通の女の子なんだな~って」


 だから、とあたしは続ける。


「ファンじゃなくて、友達として一緒にいたいって思ってた。……ううん、今もその気持ちはおんなじ」

「それが……ライブに来たくない理由?」


 くしゅ、くしゅ、と文ちゃんの体を洗う。柔らかくて細いのに、ちゃんと芯が通っている感じがした。

「ううん」とあたしは首を振る。


「最初はそうだったかもしれない。ライブに行ったら、ファンだってことを隠せない気がしたから。でも、もっと大きな理由ができた」

「……それって――」文ちゃんが呟く。でも、続きを言うのはあたしじゃなきゃダメだ。

「――吾妻と文ちゃんが幼馴染だって知っちゃったから」

「……っ」


 文ちゃんの体が強張った。こちらを振り向こうとしていることに気が付いたあたしは、「次は文ちゃんの番!」と言う。


「文ちゃんがあたしを洗って?」

「……うん、分かった」


 たぶん、今はあたしだけじゃなくて文ちゃんも向き合うのを怖がってると思う。だって吾妻は文ちゃんの――。

 ……ううん、これは後の話だ。

 体の向きを逆にすると、文ちゃんの細い手があたしの体に触れた。こそばゆい感覚で、吾妻と触れ合ったときのことを思い出す。


「あたしも一年生の頃から、吾妻とよく遊んでたんだ」

「そう、だったんだ……」

「って言っても、放課後にだらだらゲームをしてるだけだけどね? でもあたしたちにはそ~ゆうのがちょうどいいんだ」

「うん」と言う声にはどこか羨ましそうな色が滲んでいる。


 文ちゃんの気持ちもある程度は分かってる気持ちだ。

 本当は――もしかしたら、って思ったことがあったから。

 それでも、もう隠し事はしたくない。文ちゃんが不安をあたしに打ち明けてくれたように、あたしも秘密を話したい。そうしないと、いつまでもあたしの弱さを背負わせちゃうから。


「……実は、吾妻とエッチしたこともあるんだ」

「…………ぇ?」初めて聞く声だった。「ふ、二人は……付き合ってるの……?」

「ううん、違うよ。気軽にそ~ゆうこともできちゃう友達なの」

「っ? お、オトナの関係ってこと!?」

「うーん……」その表現はピンとこない。「ちょっと違うかなぁ~。『ちょうどいい同盟』ってあたしたちは呼んでるんだけどね? エッチなことだけじゃなくて、色んなことをゆる~く軽~くできるちょうどいい友達……のつもりだよ」

「ちょ、『ちょうどいい同盟』」文ちゃんが混乱気味に反芻した。


 当たり前の反応だ。何せあたしたちの関係がヘンテコだから。だけど、『ちょうどいい同盟』以外に上手い言い方が思いつかない。

 遊んだりエッチしたりすることが目的ではなくて――いつからか一緒にいることに幸せを感じていた。心が繋がる時間が幸せで、特別だったんだ。


「こたくんが祈里ちゃんとエッチ……」うわ言のように呟く文ちゃん。「祈里ちゃんは、その……こたくんのことが好き、なの?」

「うん」迷わず言い切っていた。「いつの間にか好きになってた。だから、二人が幼馴染だって知って、すごくショックだった。『あたしの居場所はどこにもないじゃん』って」


 そのときだった。


「そんなことっ、ないよ!」

「っ、文ちゃんっ?」


 文ちゃんが泡立ったままの体であたしを抱き締めてくれた。

 人肌の生温さと柔らかさを背中で感じる。ハグの力は、まるで駄々っ子みたいに強かった。「そんなことないよ」と再び文ちゃんが言う。


「むしろ、邪魔なのは――」

「それも違うよ、文ちゃん」


 そうやって人の弱さまで引き取ってしまおうとする文ちゃんを、あたしを止めた。

 ダメだよ。

 この気持ちは――全部あたしのものだ。幸せも不幸せも、あたしがちゃんと抱えていたい。そう思える、宝物なんだ。


「さっきね、吾妻が約束してくれたんだ」

「こたくんが……?」

「『あたしと文ちゃんを一生大切にする』って」


 体の奥がじんと熱くなる。

 ――これがきっと恋の温度

 あたしは文ちゃんに抱きしめられたまま、言う。


「ちゃんと居場所はあったんだよ。あたしにも」

「……っ」

「それなのにあたしは勝手に不安になって、文ちゃんを傷つけた。……ごめんなさい」

「っ、そんなこと……謝られることじゃ、ないよっ。祈里ちゃんが不安になるのは当然だもん。だって私も――」

「――いま、あたしにやきもちやいてる?」

「っ!?」


 図星だったんだろう。文ちゃんは、がばっ、とあたしから離れた。

 複雑そうな顔だ。怒っているようにも哀しんでいるようにも見える。あたしは、からかうように言った。


「文ちゃんも吾妻のことが好きなんでしょ?」

「っ、そ、それは……」

「吾妻の名前を知ったときから、『もしかして』とは思ってたんだよねっ。中学生の頃、ラジオで『コタロウ』って名前の犬を飼ってるって言ってたでしょ?」

「~~っ!? あのラジオ、聞いてたの!?」

「もっちろ~ん♪ あたしは文ちゃんの大ファンだもん」


 ――中学生の頃のことだ。

 文ちゃんはよくラジオで『コタロウ』という名前を出した。『コタロウ』の話をするときの文ちゃんはとても楽しそうで、ファンの中でもプレゼントとしてドックフードを贈ることが流行った時期もあった。

 あたしが相棒のボクモンに付ける『コタロウ』って名前は、まさにここから来てる。

 特別な名前ってわけじゃないから、偶然だろうとは思ってた。でも、心のどこから『文ちゃんと吾妻は実は仲が良いんじゃないか』と思ってたのも事実なのだ。

 だからこそ、幼馴染だと知ったときにすぐ納得できた。


「う、うぅ……」文ちゃんが恥ずかしそうにする。「……そ、そうです。幼稚園の頃からずーっとこたくんが好きです」


 何故か敬語なのが可愛すぎる。

 あたしが思わず見惚れていると、その間に文ちゃんが言葉を続けた。


「祈里ちゃんがこたくんとエッチしたって聞いて、すごくショックだった。……放課後に遊ぶのも、ずるい、って思っちゃうよ」

「そっか。あたしとお揃いだね?」

「……? ど、どうして嬉しそうなの?」

「んっとね……文ちゃんと同じ気持ちなのが嬉しいから!」


 あたしはシャワーノズルを手に取って、しゃばーってお湯を出した。

 体についたボディーソープを流しながら、あたしは笑って言う。


「さっきも言ったでしょ? 吾妻は約束してくれたんだよ。あたしと文ちゃんを一生大切にする、って」


 どっちも大切なんだ、と吾妻は言ってくれた。

 だからあたしも決めたんだ。


「ねぇ文ちゃん、二人で一緒に恋しない?」

「……ふぇ?」

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