#21 B級美少女が集う!(後)

「どっと疲れたぁ……」

「ほんとそれ」

「そうだね。なんだか無駄に傷つけあった気がするよ」


 名前の付け合いっこを経て、俺たちはだいぶ疲れてきっていた。まぁ実際には名前の付け合いっこだけじゃなく、その前に繰り広げた茶番劇も込みで疲れたわけだが。


「それもこれも、言い出しっぺの吾妻が悪い」

「だよねぇ! 吾妻だけノーダメージだし!」

「もっと酷い名前を付けたほうがよかったかな」


 三人はちょっと不満そうな顔で言う。

 気持ちは分からないでもない。小町は『不健全アスリート』、鈴木は『モブデレラ』、そして稲荷は『学園のバラドル』。ネーミングセンスの有無はともかく、酷い名前なのは事実だろう。


「『ちょうどいい巨人』も大概だけどな?」と言いつつ、俺は続ける。「というか、自分たちで付けたくせに傷ついてるのかよ」

「たとえ二人が自分と同じB級美少女でも、痛いところを突かれると複雑なの」

「うんうん」「そーだよ!」


 そういうことらしい。じゃあ同族嫌悪を抱いているのかと言えば、そうも見えない。三人は既に距離を縮めている。もしかしたら俺が彼女たちと知り合ったときよりも打ち解けるのは早いかもしれない。


「ま、せっかく付け合った名前だし。今後名乗りを上げるときは『不健全アスリート』を使うことにする」

「名乗りを上げるときっていつだよ……?」

「S級美少女軍団と決闘するときとか」小町がテキトーに言った。

「それ聞いたら、狛井が絶対飛んでくるけどいいのか?」

「……」ハッとして、小町がしかめっ面になる。「今のはなし」

「だよな」


 S級美少女と真っ向から戦うだなんて、疲れるに決まってる。しかも俺や小町たちのような奴にはほとんど勝ち目がない。負け戦をしたがる馬鹿はいないだろう。


「ま、まぁ、名乗りを上げるタイミングは検討するってことで!」

「だな」「ん」「うん」


 稲荷が話を総括し、残りの三人がそれぞれ頷いた。

 ……たぶん名乗りを上げるタイミングなんてないと思うが。

 話がひと段落すると、恐る恐るといった様子で鈴木が口を開く。


「二人に……いや、吾妻くんを入れて三人に、なのかな? 訊いておきたいんだけど」

「どうしたんだ、そんなに改まって」

「今までが改まらなすぎてたんじゃないかなってツッコミはさておくとして」苦笑交じりに鈴木が続けて言う。「私たち四人で『ちょうどいい同盟』……でいいのかな?」

「えっと」俺は少し考えてから訊いた。「どういう意味だ?」


 ある程度は言いたいことを理解できているつもりだ。でも、きちんと鈴木の口から聞いておきたい。おそらくは稲荷や小町も似たようなことを考えているはずだから。


「私はラノベが好きだから吾妻くんと意気投合したけど、二人はそうじゃないんだよね?吾妻くんは私たち三人と共通の趣味を持ってるけど、私たちは違うよ。それなのにこれまで吾妻くんと誰かが二人で過ごしていた時間に他の誰かが入っていったら、結果的にちょうどよくなくなるんじゃないかな」


 それは、『ちょうどいい同盟』をちゃんと分かってくれているからこその懸念だった。

 俺たちは軽い関係を求めてる。だから馬は合うし、すぐに仲良くなれるんだとは思う。でも、みんなで仲良くすることが正しいとは限らない。鈴木が言うような側面は間違いなくあるだろう。


 たとえば四人でスポーツをするとして――もしも稲荷や鈴木に合わせて思う存分に体を動かせなかったら、俺や小町はフラストレーションを溜めてしまうはずだ。


「試してみる?」と小町が言う。「四人でもちゃんとちょうどいいのか」

「試すって……たとえば?」

「私たちと吾妻がいつも二人でやってることを四人でやってみるの。それで無理を感じたら、四人じゃなくて二人ずつの『ちょうどいい同盟』になればいい」

「二人ずつか」


 それはそれで、きっと望ましい在り方だと思う。つい昨日までの稲荷と小町はそんな感じだった。むしろこうして四人が集まっていることのほうがイレギュラーなのだ。


「稲荷と鈴木はそれでいいか?」

「う~ん……あたしは小町ちゃんや鈴音ちゃんと仲良くなりたいな~って思うんだけど」

「別に仲良くならないって話ではないだろ」小町に確認するように言う。「あくまで『ちょうどいい同盟』を四人で組むかどうか、って話だ。普通に友達として仲良くするって選択肢もある」

「そ。四人で恋人になるか、三股されながら私たちが仲良くなるかって話」

「なるほど!」

「全然話が違うけどなっ!?」食い気味で言った。


 こうやって茶化してくるのは、俺が自分以外と仲良くしても気にしないことの証明でもある……はずだ。それにしたってフリが大暴投だと思うけど。

 業腹ではあるが、稲荷は小町の説明で納得したらしい。鈴木も異論はないようで、頷いて見せてくれた。


「じゃあ、試してみるか」俺は言う。「……でも試すって、何をやる?」

「今からランニングとか――」稲荷と鈴木がぎょっとした。

「流石にそれは俺でも嫌だぞ」慌てて俺が返す。

「――分かってる。小粋なジョークに決まってるでしょ」

「いや、二人とも絶対マジだと思ってたぞ」

「…………そういうときもある」


 小町が少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 もしかしたら、さっきの提案のせいで自分が冷たい奴だと思われていないか、心配になったのかもしれない。ジョークで打ち解けようとしたと思うと、愛らしく感じてくる。


「……にやにやすんな」ぼそっと呟く小町。「変態」


 変態はちょっと違うのでは……?

 そんなことを思いつつ、いつまでもこの空気のままなのも可哀想なので話を進める。


「一番手っ取り早くやれるのはゲームか?」

「祈里ちゃんは吾妻くんといつもゲームをしてるんだっけ?」

「うん、そーだよ!」

「何のゲームやってるの?」

「『ボクモン』だよ!」

「……」鈴木が考え込む仕草を見せる。「……え? どうやって『ボクモン』を一緒にやってるの?」


 鈴木は本当に分からないと言いたげな様子で呟いた。

 そりゃ、そうなるよな……。俺が苦笑していると、稲荷がこちらに目配せをしてくる。肩を竦めて返せば、稲荷が鈴木の質問に答え始めた。


「普通に部屋でゲームしてる感じだよ! クリアした試練の数で競ったり、捕まえたポケモンを自慢したり……たまにバトルもするかな~」

「小学生でも今時そんな遊び方しなくない?」

「それはそう」高校生の遊び方じゃないなとは自覚している。「でも最高に楽しいんだなぁ、これが」

「うんうんっ! だらだら喋りながらお菓子食べてゲームして……って時間が、一番幸せなんだよ!」


 …………。

 一番は言い過ぎじゃないかとも思ったが、ツッコむのも藪蛇な気がしたのでやめておく。


「そ、そっか……でも、『ボクモン』なら私もたまにやるよ。この前も新しいやつが出たよね。クラウンとロッドだっけ?」

「それは次にやる予定だな。今やってるのは一つ前の、ギャラクシーとアースだ」

「そうなんだ?」


 『ボクモン』には世代があり、それなりのスパンで新世代が発売される。最新作であるクラウン/ロッドは八世代だ。

 俺たちは一世代から順番に二人でプレイしている。去年の春にはギャラクシー/アースも旬を過ぎていて、最新作をプレイする気分にならなかったのだ。

 ちなみに俺も稲荷もプレイしたことがある世代の『ボクモン』もあったので、そういうときは以前と別のVerをやることにしていた。出現するボクモンも変わるからな。


「確かギャラクシーが家にあったはずだから、今度持ってこようかなぁ」

「いいじゃん、一緒にやろうよ! 吾妻以外ともたまにはバトルしたいなって思ってたんだよね~」

「うん。じゃあ、今度ね」と鈴木がはにかむ。


 ラノベが好きな時点である程度はオタク文化にも理解があるんだろうし、鈴木が『ボクモン』をやったことがあっても何ら不思議じゃない。そもそも国民的なゲームだしな。


 問題は……と小町のほうを見遣る。小町は根っからの運動好きなので、ゲームとは縁遠い生活を送ってきたはずだ。流石に『ボクモン』のことは知っているだろうが、プレイしたことはないだろう。

 小町一人を仲間外れにするっていうのも、きまりが悪い。どうしたものかと思案していると、「ねぇ」と小町が近寄ってきた。


「『ボクモン』って、これ?」言いながら、小町がスマホの画面を見せてくる。

「ん?」そこには見覚えのあるアプリが表示されている。「ああ、『ボクモンSports』か!」


 国民的ゲームである『ボクモン』には、スマホアプリになっている外伝的なゲームも存在する。そのうちの一つが『ボクモンSports』だ。プレイヤーの実際の運動量を計測し、そのデータに応じてボクモンを仲間にしたり成長させたりできるゲームである。


「ふぅん。よく分かんないけど『ボクモン』なんだ」

「まぁ、そうだな。確かクラウン&ロッドからは、ボクモンの行き来もできるようになってたはずだぞ」

「じゃあ、入れとく」小町がダウンロードボタンをタップする。「お試しってことで」

「えへへっ、小町ちゃんありがと~!」


 稲荷に感謝され、小町はこそばゆそうに頬を掻く。

 そんな様子を見て、俺も嬉しくなった。

 軽い関係を望む者同士、集まれるなら集まってたほうが楽だろうから。


「今日は時間も時間だし、お開きってことにするか」

「だね~。でもその前に、四人で連絡を取れるようにグループを作っとかない?」

「それもそうか」


 基本はうちに来ることになるだろうし、その辺の連絡は分かりやすいほうがいい。

 全員が賛成すると、稲荷が慣れた手つきでグループを作ってくれた。流石は『学園のバラドル』、この手の経験は豊富らしい。


 グループ名は【ちょうどいい同盟(暫定)】。暫定が取れてくれたらいいなと思う。


【いのり:よろしく!!!!!】

【コマコマ:よろしく】

【スズ:よろしくお願いします!】

【コタロー:よろしくな】


 そんなこんなで、俺たち『ちょうどいい同盟』は暫定四人となった。

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