#22 三人でケイドロ!

「へぇ~。ここで吾妻と小町ちゃんはいつも運動してるんだ?」

「他の場所を使うこともあるけどな」


 四人で『ちょうどいい同盟』をやってみることになってから数日が経った、土曜日。

 俺は稲荷を連れて、いつもの東公園までやってきていた。

 今日の稲荷は、普段あまり見かけないスポーティーな恰好だ。薄手のウェアの上から一枚ジャージを羽織っているけど、稲荷の豊満なボディを隠せてはいない。それどころか、二倍エッチだった。


「……さっきから目がエッチだと思うんですけど~」

「ドスケベジャージ着てるのが悪い」

「ドスケベとか言うなぁ!? 可愛いの選んだのに!」


 不服そうに地団駄を踏む稲荷。一応ブラはつけてるんだろうけど、あんまり動くと揺れるから目に毒なんだよなぁ……。

 って、これじゃあクラスの男子と同じだ。

 エロい目で見そうにある自分を律しながら、最後にぼそりと呟く。「チャックも閉じきれてないし」


「っ、それはちょっと思ったけど……! しょうがないじゃん! サイズちょうどいいの選んだらチャックが上がらなかったんだもん!」

「……」俺は何も言えない。「どんまい」


 どう考えても、運動しようって日に朝からする話じゃない。稲荷のスタイルのよさは一旦さておくことにした。

 そんなこんなで話しているうちに、待ち合わせていた広場に辿り着く。

 俺たちの姿を捉えると、小町は「ん」と手を挙げた。


「案内ご苦労」

「何様だよ」俺は苦笑する。

「小町様」真顔で言われた。

「小町様」ぷっ、と失笑した。「ちょっと縁起よさそうなのがムカつくな」

「でしょ?」


 ドヤ顔の小町。いつもよりも上機嫌に見えるのは気のせいではないだろう。

 何故って、今日は稲荷がいるから。


 今日は『ボクモン』に続く、同盟お試し企画『とりあえずみんなで運動してみよう会』なのだ。名前は今適当に考えただけだが。


「あ、稲荷さん。訊きたいことがあったんだけど……」

「ん~、なになに?」

「この子。なんか仲間になったんだけど、強いの?」

「えっとねぇ~、あたしは好き! 可愛いし、進化するとかっこよくなるから!」

「進化……そういうのもあるんだ」


 二人の相性は結構よかったようで、グループラインでもよく話している。今も先日始めた『ボクモンSports』の画面を見せながら、二人でわいわい会話していた。

 運動をしにきたのに『ボクモン』の話をする辺り、稲荷が好きなものを楽しもうとしてるんだなっていうのが伝わってくる。


「っていうか、捕まえるのめっちゃ早くない!? 『ボクモンSports』って、運動いっぱいしないと進まないはずだよね?」

「そう? 結構簡単に進むからびっくりしてたけど……」

「どれどれ――って、総運動量すごっ!? まだ一週間も経ってないのに!」


 小町のゲーム画面の表示を見て、稲荷が驚く。俺はそんな様子を『まぁそうだろうなー』くらいのノリで眺めていた。

 小町って、俺よりも運動量が馬鹿だからな。運動せずエッチなことだけをしにくるときでさえ、準備運動とか言って一人でランニングしてくるし。そうでなくとも毎朝走ってるとかなんとか。


「はいはい、じゃあそろそろやるぞ」


 せっかく外に出てきたのだから、ずっと喋ってばかりなのも勿体ない。今日は完全に運動するテンションになってるしな。

 ちなみに、鈴木を忘れているわけではなく、今日は用事があって来られないらしい。なので今日は三人で遊んでみる。


「それで、二人はいつも何をやってるの~? 運動って話は聞いてたけどー」

「その日の気分によってバラバラだな。キャッチボールのときもあれば、百五十点先取の1on1をすることもある。で、今日は――」俺は小町を見遣る。

「ドロケイをする」

「……ドロケイ?」稲荷が首を傾げた。「三人でやるの……?」

「大丈夫だ。二人で鬼ごっこをやり続けたこともあるから」


 これは俺と小町が相談して決めたことだった。

 バスケやサッカー、野球といったボールを使ったスポーツもいずれはやりたいが、まずは何も道具が要らないシンプルな遊びから始めていく。そのほうがハードルも低く、楽しめるだろう、と考えたのだ。


「もちろん、特殊ルールはちゃんと考えてある。前に鬼ごっこをやったときは、ただの地獄だったからな」

「前も地獄だったんじゃん!?」

「割といつものこと」と苦笑する小町。

「そ、そうなんだ……」稲荷は引き攣った笑みを浮かべた。

「そんなわけで、特殊ルールは二つだ」二人の反応はスルーしてさくさく進める。


 特殊ルールは次の通りだ。

 1)警察は泥棒を一人捕まえた時点でRINEで報告を行う

 2)残りの泥棒は、1の報告から十五分以内にもう一人の泥棒を救出できなければ負けとなる


「これで停滞と無意味な逃げ合いは防げる」

「ルールを考えた私たちは天才」

「いや、余計に地獄になる気がするんだけど~!?」

「「大丈夫だいじょうぶ」」俺と小町の声が重なった。

「ダメだ、この二人、話が通じない!」


 稲荷が頭を抱える。

 だが最終的には納得してくれたようで、「やってみよっか」と頷いた。


「ちなみに、負けたほうは罰ゲームとかあるの?」

「あー」俺と小町は顔を見合わせる。「この前は負けたほうが勝ったほうの一日奴隷ってことにしたな」

「……吾妻って変態?」

「言い出したのは俺じゃねぇよ!?」

「ゴシュジンサマ」

「やっぱり!」

「違うからなっ! 棒読みで俺を貶めようとすんな!」


 あのときは俺も小町も負けたし、勝った。だからお互いに奴隷になったのだ。

 俺が食い気味にツッコむと、小町はくつくつと愉快そうに肩を震わせる。


「ま、いつも似たようなものは賭けてるよ。エッチするときにしたいプレイをしていい、とか」

「~~っ、そ、そうなんだ……」

「……あれ? 意外と反応がうぶ」

「当たり前だろ。まだ稲荷とは二回しかしてないからな」

「えっ」小町が瞬く。「もっとシてるかと思ってた」

「シてないよっ? ……ちょっと前が初めてだったんだもん」


 稲荷が恥ずかしそうにもじもじと身じろぐ。それを見ていたら、こっちまで恥ずかしくなってきた。

 んんっ、と喉を鳴らして誤魔化し、話を元に戻す。


「今日の罰ゲームは……普通に勝ったほうが負けたほうの言うことを聞くってことでいいんじゃないか?」

「ま、それが妥当かも」

「うん、あたしもそれでいいよ」


 二人も納得し、話がまとまる。

 後は誰が警察役をやるかだが、これはすぐに決まった。小町が警察をやりたいらしい。


「私が勝てば、二人に命令できるんでしょ? 警察のほうが得」

「負けたら、俺と稲荷からそれぞれ命令されるんだからな?」

「そ~だよっ! あたしだって負けないもんっ」


 それぞれ闘志を燃やす俺たち。

 二対一になるのは不本意だが、ここは余裕ぶってる稲荷に一泡吹かせてやるチャンスだろう。俄然、楽しくなってきた。


「じゃあ、目を瞑って一分数えるから。その後は休みなしで」

「とりあえず四時間行くか」

「ん」


 そう言うと、小町は目を瞑って「いーち」と数を数え始める。俺と稲荷に作戦会議の時間を与える気はない、と。

 だが、忘れてはいけない。

 俺と稲荷の付き合いは昨日今日始まったものじゃないのだ。一瞬の目配せで意思疎通くらいはできる。

 頷き合った俺たちは、それぞれ別の方向に駆け出す。


 かくしてケイドロの火ぶたが落された。

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