#18 もう一つの
俺たちはリビングに集まっていた。玄関での一件が未だにツボって笑いが止まらないが、二人の視線が冷たいのでいったん真面目になろうと思う。
ある意味、修羅場みたいなものだしな! ……ヤバい、テンションがバグってる。
「えー」まずは鈴木に言う。「鈴木、こっちは稲荷祈里だ。俺と同じクラスで、いい奴だよ」
「あ、うん。知ってる。話すのは初めまして……かな。よろしく、稲荷さん」
「う、うん!」
何故かキョドる稲荷。あわあわしているのが珍しくて、ちょっと新鮮だ。
つい笑いそうになると、稲荷がつま先で小突いてきた。
……そうだな、紹介くらいはちゃんとやろう。
「で、稲荷。こっちが鈴木鈴音だ。さっきたまたま本屋で会って、意気投合してな。友達になった」
「へぇー、友達に……え、さっき?」
「おう、そうだぞ」
「うん、そうだよ」
「え、じゃあ……え? ――って、ごめん。まずは挨拶からだよね。よろしく鈴音ちゃん!」
「鈴音……」鈴木は嬉しそうに反芻した。「祈里ちゃん、改めてよろしくね」
流石と言うべきか、稲荷は鈴木と一瞬で距離を縮めて見せた。鈴木が嫌がっているようなら止めようかとも思っていたが、その心配もなさそうだ。
ほっと人心地ついていたのも束の間、二人が一斉にこちらを向いた。
「吾妻」「吾妻くん」
と声が重なる。二人は顔を見合わせ、「私からいいかな?」と先に鈴木が質問をすることになった。
「えっと……吾妻くんと祈里ちゃんは付き合ってるのかな?」
「付き合ってはいない。だよな、稲荷」
「うん。あたしたちはね、同盟の仲間!」えっへんと胸を張る稲荷。
「同盟……?」
当然ながら鈴木は首を傾げる。友達とでも説明したほうが分かりやすいと思っていたんだが……。稲荷が話していいなら、さくっと説明してしまおう。
「人と関わってると、色々面倒だし疲れるだろ? そういう重いものを全部取り払った、ちょうどいい関係を目指してる。それが俺たち『ちょうどいい同盟』だ」
「なるほど」鈴木が考える素振りを見せる。「……気楽な友達、みたいなことかな」
「『ちょうどいい同盟』だ」
「うん、『ちょうどいい同盟』だよ」
「そ、そっか」
名前は大事だ。『気楽な友達』は口馴染みが悪い。
俺と稲荷が続けて言うと、鈴木も分かってくれた。若干呆れられているような気もするけど、気のせいだろう。
「ええっと……『ちょうどいい同盟』だから稲荷さんの下着が吾妻くんの部屋に置いてあるの?」
「へっ?」稲荷が素っ頓狂な声を上げる。「あたしの下着!? 吾妻、どーゆうことっ?」
「……?」
鈴木が頭上にはてなマークを浮かべる。詰め寄ってくる稲荷を「まぁまぁ」と落ち着かせてから、説明のために口を開いた。
「鈴木は勘違いしてる。さっき渡した下着は、稲荷のじゃない」
「そうなんだ」鈴木の顔が曇る。「……他の女の子の下着があるの?」
「下着ってなに!?」何も知らない稲荷が言う。
「あー、悪い。ちゃんと最初から説明するわ」
持っている情報が違う三人が集まっているせいでてんやわんやになっている。え、元凶はお前だろって? そんなはずはない。何もかも雨が悪いのだ。
ともあれ、俺は順序立てて説明を始める。
「まず、鈴木は傘を持ってない俺を家まで送ってくれた。でも運悪くトラックが通りかかって、ずぶ濡れになった。そこで、俺がシャワーを貸すことになった」
「そうだったんだ……。鈴音ちゃん、寒くない?」
「うん、大丈夫。温まったから」
心配しあう二人をよそに話を続ける。
「そこで俺は着替えを用意してたわけだけど、鈴木が女性ものの下着はないかって訊いてきた。当然、俺が女性ものの下着を持ってるはずがない。だけど、実は俺の友だ――同盟を組んでる相手がうちに下着を置いていってるのを思い出したんだ」
「あ~」稲荷が眉間に皺を寄せながら言う。「話が見えた気がする」
何故か複雑そうな顔をしていた。……いや、何となく理由は分かる。自分で話してて、『俺ってだいぶデリカシーないことしてるよな!?』って思ったし。
「ええっと……吾妻くんには祈里ちゃん以外にも『ちょうどいい同盟』の相手がいるってことでいいのかな?」
「そういうことだな」俺は頷く。「ちなみにそいつとは電話で話して、下着を使っていいって許可をもらった。鈴木と稲荷を紹介するならって条件付きだけど」
「「…………」」
稲荷と鈴木が二人揃って黙りこくった。
何かを考え、探っているような時間は少し居心地が悪い。じろじろとこちらを見てくる二人には、まだ質問が残っているように見える。
「ねぇ吾妻」と稲荷。「その子って、この前吾妻が言ってた子?」
「そうだな。あの後、そいつに『ちょうどいい同盟』のことを話したら自分も組みたいって言い出したんだよ」
「ふぅ~ん。その子は今度紹介してくれるんだよねっ?」
「もちろん。でも、せっかくだから会うまでは誰か秘密ってことで」
「むぐぐ……そのほうがワクワクするのは事実だからちょっとムカつく! まぁ、紹介してくれるならそれでいいけどさ~!」
そう言うと、自分はもうすっきりしたと言わん馬鹿りに稲荷が手を広げて見せてくる。
ここでワクワクするあたり、稲荷も稲荷だよな。俺たちって、つくづくちょうどいい者同士なのかもしれない。
頬が緩むのを感じていると、鈴木がおずおずと手を挙げた。
「私からももう一つ訊いていいかな?」
「ああ、どんとこい」
「じゃあ……」遠慮がちに俺と稲荷を見つめる鈴木。「さっき『初エッチ』って言ってたけど、『ちょうどいい同盟』ってそういうことも込みなの……?」
「「あっ」」俺たちの声が重なった。
「違う」と俺。
「ちょっと違うよ!」と稲荷。
「どっち……?」
俺は稲荷を見遣ってから、けふんと咳ばらいをした。
「ちょっと違う。……確かにそういうこともする。でも、別にそれが目的なわけじゃないし、誓ってセフレとかじゃない」
「『ちょうどいい同盟』だからねっ!」
「そういうことだ」
「な、なるほど?」
俺たちの説明を咀嚼するように鈴木は何度か頷いた。
「つまり、そういうのも全部ひっくるめて楽な関係を目指してるってことでいいのかな?」
――ああ、やっぱり。
ちゃんと分かってくれたことが嬉しくて、つい頬が緩む。
「そうだよ」頷いて、言う。「鈴木も『ちょうどいい同盟』に入らないか?」
「えっ、私も?」
「鈴木とラノベの話をするの、楽しかった。ああいうのでいいんだ」
口馴染みがいいから『ちょうどいい同盟』って名前を使ってるけど、別に特別な関係になりたいわけじゃない。
友達以上、恋人未満――って表現には違和感がある。そういうのじゃない。友達と『ちょうどいい同盟』はイコールではないけど、同じだけ価値があると思う。
鈴木は俺の顔を見つめ、くすっと可笑しそうに笑った。
「うん、いいよ。不束者ですがよろしくお願いします」
「おう。こっちこそ」
劇的な展開でもなく、ぬるっと同盟を組むことになったわけだけど――。
きっと、これくらいが『ちょうどいい同盟』らしくていい。
「……あ。今のって、おいおい吾妻くんとエッチするって約束したことになるのかな」
「ならねぇよ! 俺の話、聞いてた!?」
「やーい、吾妻のエッチ~。女の子をすぐドロドロに溶かしちゃう女誑し~」
「誑されたこともないくせに余計なこと言うのはやめろ!」
そんなこんなで。
俺は三人目の同盟相手を得たのだった。
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