#17 自宅ハプニング
女の子を部屋に上げるのは三人目になる。実家を合わせれば四人目だ。ふーちゃんとはよく俺の部屋で遊んでいたから。
しかし、あまりに鈴木が可哀想すぎて、ドキドキとか言ってる場合じゃなかった。
「あれ……親御さんは?」
「一人暮らし中だから安心していいぞ」そういえば言ってなかったなと思い出す。「これ、バスタオルな。新品じゃなくて悪いけど、洗ってあるから我慢してくれ」
俺が渡したのは、稲荷や小町がうちでお風呂に入るときに使っているタオルだ。『他の女の子が使ったタオルを貸すなんてヤリチンっぽくね?』と一瞬思うけど、他にタオルがないのでしょうがない。
「う、うん。……え、一人暮らしなんだ?」
「高校に入ってからずっとな。……そこに洗濯機があるから、洗いたいものがあったら使ってくれ。流石にブレザーは難しいだろうし、あっちで干しておくぞ」
「お、お願いします……なんだろう。これ、戸惑ってる私がおかしいのかなぁ?」
「ん? 分からないことでもあったか?」
「ううん、何でもないよ。お風呂借りるね」
鈴木が釈然としない様子で首を傾げる。だが、とりあえず受け入れてくれたようで、バスルームへと向かった。
預かったブレザーをハンガーにかける。ほんのりいい匂いがした気がするけど、変態じみているので考えるのはやめておく。
「あとは着替えか……」
制服で帰すにせよ、乾くまでは着替えが要る。相手が稲荷や小町なら『乾くまでは裸でいれば?』って言うんだけどな……いや、流石にそれは二人も恥ずかしがるか。着替えてるところを見られるのも恥ずかしいみたいだし。
そんなことを言っていると、不意に思い出すものがある。
稲荷が服にジュースを零したことがあった。あのとき着替えとして貸したのは、確かジャージだったはずだ。
『ふふっ、吾妻のにおいがする~とか言ってあげよっか?』
『剥ぐぞ』
『きゃー、けだもの~!』
……微妙に貸したくなくなってきたな。とはいえ他に鈴木が着られそうな服はないので、妥協するしかないだろう。
「鈴木、聞こえるかー?」
「っ、う、うん。あったまってるところだよ」
「そうか」別に入浴実況しなくてもいいんだが。「着替え、とりあえず俺のジャージでいいか? というか、それ以外にないから我慢してくれ」
「うん、全然大丈夫。……ちなみになんだけど、女性用の下着とかってあったりする?」
男の一人部屋に下着なんてあるわけなくない?
でも、どうして訊いてきたのかは分かる。下着まで濡れてしまったのだろう。雨で濡れた下着を履けっていうのは酷だし、衛生的にも望ましくない。
ふと小町とのやり取りを思い出す。
『替えの下着、何枚かストックしといていい?』
『ダメに決まってるだろ。男の部屋になんてものを置いていこうとしてるんだよ』
『だって汗掻いた後の下着って気持ち悪いし』
『それくらいは持ち歩いてほしいんだが』
『……あと、誰かさんがわざと下着の上から愛撫してくることあるから予想外に汚れたりするし』
『…………置いていいぞ』
ってことがあった。
「ちょっと待ってくれ。探してみる」
「……え?」
一度リビングに戻り、引き出しを漁る。すぐに小町が置いていったであろう、スポーティーな下着が数着見つかった。
サイズ的には……まぁ、問題はなさそうだ。若干きつそうだけど。
【コタロー:小町の下着借りてもいいか?】
すぐに既読が付く。
【コマコマ:ナニに使うの?】
【コタロー:違うっつーの】
【コタロー:ちょっと友達が雨に濡れちゃって、着替えがないんだ】
少し迷ったが、隠してもしょうがないと思った。『ちょうどいい同盟』に余計な隠し事は要らない。
――ぶるるっ、とすぐに電話がかかってくる。
『吾妻ってヤリチンなの?』
「いきなりそれかよ!? ……違うから。友達だよ。あ、稲荷ではないけどな」
『ふぅん』小町は僅かに沈黙する。『今度紹介してくれるなら、貸してもいいよ。その友達と稲荷さん、両方とも。吾妻の友達なら私も仲良くなれそうだし』
「まぁ、そうかもな」
素直に同意する。趣味はそれぞれ違うけど、重い人間関係を面倒臭がっている部分は同じはずだ。小町の言うとおり、仲良くなれると思う。
実のところ、小町と稲荷を引き合わせるタイミングを探していたのだ。ちょうどいい相手は多いほうがいい。小町も紹介してほしがってたしな。
「分かった。二人が嫌がらなかったら紹介するよ」
『……そこですぐOKを出せちゃうところが軽くて好き』
「さてはちょっと貶してるな? そうなんだよな!?」
『まさか』電話の向こうで小町が笑った。『割と本気で褒めてるよ。軽いのが好き』
こちらが返事をする間も与えず、小町は電話を切った。言い逃げだ。
まぁ、文句を言っても仕方ない。今は引き出しから下着を取り出し、バスルームに持っていく。
「下着、とりあえず使えそうなのを借りたから使ってくれ」
「借りた……? ええっと、誰に借りたのかな」
「友達だな。また今度紹介する」
「そ、そっか……私がおかしいのかなぁ?」
ジャージと一緒に下着を置いて、ほっと人心地つく。だいぶ慌ただしかったが、これで問題ないはずだ。
「俺も着替えるか」
傘を差していたとはいえ、そこそこ濡れてしまった。
部屋着に着替えようとしていたところで、ぴんぽーん、とインターフォンが鳴る。
「はーい」と言って、玄関へ向かう。何か通販で頼んだっけ? 思い出しながら玄関を開けると、そこには――
「やっほ~吾妻! 来ちゃった♪」
――ドッキリ成功と言わんばかりに笑う稲荷だった。
「……」謎に冷や汗が止まらない。「予定があるって言ってなかったか?」
「あったんだけど、雨が凄いから今度にしようってことになったの。吾妻は暇って言ってたから、せっかくだし遊びに来たいなって思って」
「なるほど」
俺は冷静を装う。だが、もしかしなくてもかなりヤバい状況に陥っているんじゃないだろうか。だって部屋では、鈴木がお風呂に入っているわけだし――。
「連絡してくれてもよかったんじゃないか?」
「それじゃあ、つまんないじゃん? 吾妻を驚かせたかったんだもん!」
その悪戯心の結果、俺はだいぶ追い詰められてるんだけどなぁ!?
……いや、待て。何を隠す必要がある? 小町にも電話越しに話したんだし、稲荷にもちゃんと説明すればいいはずだ。
それこそが『ちょうどいい同盟』にとっての正解のはずだ――
「……吾妻くん、誰か来たの?」
「うん?」
――時が止まった。
部屋の中から聞こえた声に稲荷が首を傾げる。俺がおずおずと首だけを動かして後ろを向くと、ジャージに着替えたお風呂上がりの鈴木がいた。
「ねぇ吾妻、いま声が聞こえなかった!? あ、まさか前に言ってた友達が来てるとか?」
「もしかして、下着を貸してくれたお友達? だったらお礼を言わせてほしいなぁ」
「……」俺は頭を抱えた。
まさに後門の鈴木、前門の稲荷だ。
とりあえず言えるのは、二人とも人違いをしていることだろうか。そんなことを言ってる場合じゃないのは分かってるんだけど!
「もしそうだったら先に言っておいてほしかったけど……でも、ちょうどいい機会だし、挨拶とかしちゃダメ? 吾妻の友達なら一回会ってみたいなーって思ってて」
「吾妻くん、どうかしたの? もしかしてお客さん? だったら私、すぐに帰ったほうがいいよね。少しだけ待ってもらっていい?」
前からも後ろからも色々と言われて、ちょっとよく分かんなくなってきた。
観念した俺は、思い切って扉を開けてしまうことにする。
そして、稲荷と鈴木が対面した。
二人がどんな反応をするのか気になったので、少しだけ様子を見てみる。
「うそっ!? 鈴木さんが吾妻の初エッチの相手!?」
「……なんでそんなに大きいのにこのブラで苦しくないの?」
――とんでもない勢いですれ違っていた。
「え、ブラ? なんのこと……?」
「初エッチって……え?」
「ふっ、く、くく……」ダメだ、もう堪えきれない。「はははっ。もう無理、我慢できない! 二人とも面白すぎるだろ!」
けらけらとお腹を抱えて笑う。やべぇ、マジでお腹痛い。
爆笑する俺を、稲荷と鈴木が冷たい目で見つめていた。
「笑ってないで――」
「――説明してほしいなぁ」
息ぴったりな二人のツッコミが俺に突き刺さった。
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