#16 水も滴るいいモブ子

「本屋でこの量を買ったのは久々かもしれない」

「そうなの?」

「普段は通販とか電子書籍なんだよ。本屋に来るのは、その日に買ってすぐ読みたい本があるときが多いから」

「なるほどね」


 結局、三十分ほどラノベコーナーに居座り、俺と鈴木はそれぞれ五冊ほどラノベを買った。通学用のリュックに空きがあったので詰め込むと、ずしりと重くなる。


「この後、どうしようか」

「この後?」鈴木に訊かれ、俺は首を傾げる。「なんかあるのか?」

「あっ、いや……何もないから訊いたんだけど。ごめん、どこかで話す気満々だった」


 鈴木はどこか恥ずかしそうに顔を逸らした。……そういう表情もできるんだな、と場違いに感心する。これまでは割と淡泊な鈴木しか見たことがなかった。


「謝るとこじゃないだろ」俺は失笑する。「確かに、鈴木ともう少し話したいわ。どこか寄ってくか?」

「…………」

「どうかしたか?」

「ううん。女の子をすごく自然に誘うから、びっくりしちゃって」

「言い出しっぺはそっちだろ?」

「そうなんだけどね」何故か嬉しそうに笑う鈴木。「そうだね、どこか寄りたいな。でも結構いい時間だよね」


 言われて、時間を確認する。もちろん補導されるほど遅くはないが、今からどこか店に入るってほどの時間でもないだろう。それに外もだいぶ暗くなって――って、え?


「雨降ってるじゃん」外を見た俺が呟く。

「うん、降ってるね。……もしかして傘持ってない?」

「もしかしなくても、持ってない。マジかー」


 やっぱり今日はツイてない。学校を出た時点で雨が降っていればロッカーに入れてある折り畳み傘を使ったんだが……。


「どこかに寄るのは難しそうかな」

「だな、すまん」


 雨の中、傘もないのに街をぶらつくのは馬鹿すぎる。雨宿りしたところで、降り止んでくれるとは思えないし。

 濡れることよりも、鈴木と別れることのほうがショックがデカいかもしれない。完全にこれから駄弁る気満々だった。


「あっ、じゃあ家まで送ろうか?」思いついたように鈴木が言う。「傘、結構大きいから」

「流石にそれは悪いって」

「でも、かなり降ってるよ? わざわざビニール傘を買うのももったいないし、本も濡れちゃうんじゃないかな」

「それはそう」


 外は結構な土砂降りだ。リュックに入れた程度でラノベの安全を確保できるとは思えない。


「吾妻くんって、家どこ?」

「えっと――」俺は最寄り駅を答える。

「よかった、私の家も隣駅だからそんなに遠くない。送っていくよ」

「…………」


 ちょっと優しすぎないだろうか? 申し訳ない気持ちになるけど、ここまで言ってくれているのに断るのも悪い気がする。


「悪いけど、頼めるか?」

「うん、頼まれました」


 ふありと笑う鈴木。道端に咲いてるたんぽぽみたいに可愛いなと思った。

 そう、可愛いのだ。これといった個性はないものの、可愛い女の子ではある。稲荷の言葉を借りるなら、鈴木もB級美少女なのかもしれない。


 ばさっと赤い傘を鈴木が広げる。買ったラノベは俺と同じくリュックに入れたみたいで、手ぶらだった。


「……吾妻くんって、大きいよね」

「成長期だしな」この前測ったら、190cm台だった。「あと、両親もデカい」

「そうなんだ。……悪いんだけど、吾妻くんが傘持ってくれる? 私が持つと高さを合わせるのが大変だから」

「それもそうか。了解」


 傘を受け取り、俺たちは歩き始める。

 雨粒を弾く音が傘の内側にも響く。よく考えたら、これって相合傘だよな。一足遅れて思うけど、変に意識する気にはならなかった。


「すごい雨。こんな日に傘を忘れるなんて、吾妻くんは運が悪いね」

「半々ってところだな。代わりに友達ができたから」



 ◇



 電車に暫く揺られ、俺たちはうちの最寄り駅で降りた。ここまで傘に入れてくれただけでもだいぶ助かっているんだけど、鈴木は最後まで送ってくれるらしい。

 俺としても、もう遠慮しようとは思わなくなっていた。

 鈴木を軽んじていいと思ったわけでは決してなく、シンプルに解散するのが惜しかったからだ。

 ラノベ談義は駅を降りても続く。


「そもそも、語りたいのってアニメ化してる作品とかじゃなくて、まだ一巻とか二巻しか出てない作品だったりするだろ? しかも大抵は人気がなくて打ち切りになっちゃうような」

「そういうときもあるよね……絶対語れないやつ」

「しかも、綺麗に完結したわけじゃない分、『おすすめない?』とか訊かれてもそういう作品を薦めたりしにくいだろ? かといってTbitterを使いたいわけじゃないというか、そこで語るのは色々気を遣うし」

「友達と話したり、RINEしたりしたいんだよね」

「そうなんだよなぁ! Tbitterを使わないわけじゃないけど、あれはあれで疲れるじゃん? 関係ない奴が会話に入ってくることもあるし。それは違うんだよ」


 話題は、ラノベについて語れないことへの愚痴になっていた。鈴木が適度に相槌を打ったり返事をしたりしてくれるので、自分でもびっくりするくらい饒舌に話せている。


「って、すまん」ばつが悪くなって俺は言う。「さっきから話しすぎだな」

「そうだね、ちょっとびっくりはしたかな」

「だよなぁ……」


 我ながら、楽しくなって一方的に捲し立てすぎた。よくないオタクの典型例だろう。

 しかし、鈴木は嫌な顔を見せるどころか、優しく微笑んで見せる。


「そういう吾妻くんを見たことなかったから、意外だなって思っただけ。嫌だとは思ってないから安心していいよ」

「オタクに優しいギャル! いや、ギャルではないか。でも当てはまりそうな属性も思いつかないし……オタクに優しい鈴木だ!」

「あっ、今のノリはすっごく嫌かも」

「冗談だから距離を取ろうとしないで!?」


 向けられた微笑が照れ臭かったから、つい茶化してしまった。鈴木がジト目を向けてくるので、「ごめんごめん」と謝る。


「まぁでも、いつも以上に話してるって自覚はある。さっきから思ってたけど、鈴木って聞き上手だよな」

「え、そう……?」首を傾げる鈴木。「普通だと思うけど」


 自覚はないのかもしれない。でも、鈴木相手だと話しやすいのは事実だった。相槌や返事の長さがちょうどよくて、息を切らすこともなく、延々と話せるのだ。


「周りをよく見てるからかもな」

「……どういうこと?」

「鈴木って、いつも周りに気を遣って――」言いかけてやめる。「いや違うな。鈴木は、人の顔を見るのが好きなんじゃないか?」


 うん、こっちのほうがしっくりくる。

 『周りに気を遣ってる』だなんて言い方は、義務的だし特技みたいだ。鈴木のは、そういうのではないと思う。


「どうしてそう思うの?」

「半分くらいは希望的観測だよ。こうして話してる時間が楽しかったから、気を遣われてるとは思いたくなかった……みたいな」

「気を遣うことが悪いことみたいな言い方するね」

「まさか。そこまでぼっちを拗らせてないって」


 気を遣うことは大切だ。そうじゃなきゃ、社会生活なんてまともに送れない。


「でも、そういうのは重いからな。相手が楽に話してるって思いたいんだよ」

「結構自分勝手なことを言うなぁ」

「それはそう」俺は噴き出す。


 だけど、気を遣われすぎる関係は俺にとってちょうどよくない。気遣いって人間関係のスキルじみているから、『あ、スキルを使われた』と思ってしまうのが嫌なのだ。

 ……もちろん、優しさだと呑み込めることのほうが多いが。


「で、答えは?」俺が訊く。外れていたら赤っ恥だ。

「……正解だからびっくりしてたんだよ。しぃちゃんも、私が言うまで分からなかったのに」

「それっていつの話だよ」失笑してから言う。

「小学四年生とかかな」

「二分の一成人式と比べられてもなぁ」六つも年が離れてる。「あ、今って二分の一成人式は二年生とかなのか?」

「知らないよ」


 くすっと鈴木が笑った。そりゃそうだ、鈴木も俺と同じ高校生なんだから知るわけがない。

 きっと高校生の西園寺なら、鈴木に言われなくても気付いたはずだ。それくらいに、鈴木は人の顔をよく見ている。

 そんなことを話している間に、俺の家に到着した。


「このマンションだから」

「そうなんだ。じゃあ、ここでお開きかな」


「だな」と頷く。お茶をご馳走してもいいかなとは思うけど、会った初日に部屋に上げるのもきまりが悪い。また今度にしたほうがいいだろう。


「また話そうぜ」言ってから気付く。「RINE、交換しとくか」

「うん。RINEでも語りたいから」


 ってことで、スマホを取り出す。


【スズが友達になりました】


 アイコンは鈴だった。つい笑ってしまう。


「じゃあ、またな」

「うん。また今度」


 と言って鈴木が振り返った――その瞬間。

 マンションの前の道路を勢いよくトラックが通った。


 ずしゃぁぁっ、と水しぶき。

 ……絵に描いたような不幸が目の前で起きていた。


「えーっと鈴木」おずおずと声を掛ける。「大丈夫か?」

「……大丈夫じゃないかなぁ」


 振り返った鈴木は、見事にびしゃびしゃに濡れていた。振り向いた直後だったおかげで、本が入ってるリュックが守られたのは不幸中の幸い……か?

 って、そんなことを言ってる場合じゃない。


「うちでシャワー浴びていくか?」

「ごめん、お願いしてもいい?」

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