#15 たまたま出会ったモブ美少女

 今日は本当に、徹底的にツイてない日だった。稲荷は友達とカラオケ、小町は家の事情とやらで放課後は忙しいらしい。最後の希望である竜二も学外で組んでいるバンドの練習があるそうで、空いていなかった。


 暇人は俺だけ。別に一人で過ごすのが嫌いなわけじゃないが、こういうツイてない日に誰かと遊ぶ予定がないっていうのは、地味に堪えた。

 俺の心は曇天。まさに今日の空模様と同じだった――ってのは、ちょっと臭い言い方だな。一周回って変なテンションになってる感が凄い。


「本屋でも寄っていくかなぁ……」


 と呟いてみる。ちょうど今日は、いくつかのラノベレーベルの新刊がどさっと発売する日のはずだ。いつもは通販でポチったり電子書籍を買ったりすることが多いけど、たまには本屋を見てみるのもありかもしれない。

 そう考えると俄然テンションが上がってきた。うきうきで帰り支度を済ませる。


 俺はボクモンをはじめとしたゲームも好きだが、同じくらい、アニメや漫画といった典型的なオタクサブカルも好きだ。特に小学校や中学校の朝読の時間に読むことが許されたラノベは身近で、最近も新作を漁っている。


 学校の近くには、それなりに大きい本屋がある。うちの学校の生徒もよく利用しており、参考書はもちろん、漫画やラノベの品揃えも結構豊富だ。

 漫画・ラノベコーナーは二階。

 俺は迷わずエスカレーターで上がる。


 先に漫画コーナーを軽く物色してから、隅っこのラノベコーナーに向かった。漫画と比べて遥かに小規模なのは仕方ない。それだけ人口が少ないのだ。俺もラノベを読んでる同級生に会ったことはないからな……。


 稲荷や小町には何冊か貸したし、楽しんで読んではくれた。でも、二人の趣味が読書じゃないことは分かっている。

 布教って、そんな良いことじゃない。。

 少なくとも俺は、興味のないものを『面白いから』と薦められても鬱陶しく感じてしまうだろう。ネットのレビューや本屋のPOPとは違い、身近な人に言われれば無視するわけにもいかないから。


 だから、二人が読みたがったラノベは貸したが、それ以外の本をこっちから薦めることはほとんどない。たまに『面白い本ない?』って訊かれることもあるが。

 ……って、自分で言ってて悲しくなってきたな。ラノベも面白いんだよ? 特に現代ラブコメが好きだ。脳死で読めるハーレムモノとか、あまあまな純愛モノとか、堪らない。


 確か今日発売の新刊にも、そういう作品があったはず……。

 平置きされている中から探すと、お目当ての本はすぐに見つかった。表紙がちょっとエッチだから分かりやすい。

 とりあえずこの本は買うことにして、手を伸ばし――


「「あっ」」


 ――誰かの手と当たってしまう。

 相手も同じ本を取ろうとしていたらしい。まるで使い古された少女漫画の出会いのシーンみたいだった。……いや、使い古され過ぎて若干ミームと化してる気もするが。それに、こういうときって平置きされてる本じゃなくて棚の本を取ろうとするものじゃないか?

 って、そんなくだらないことを考えてる場合じゃない。

「すみません」と謝りながら相手のほうを向く俺。しかし、そこにいたのは意外な相手だった。俺は思わず「えっ」と零してしまう。


「ううん、こっちこそごめんね」と相手は何てことないように言う。

「……」俺は相手を見つめる。人違い……ではないはずだ。「鈴木だよな?」

「えっ」


 今度は彼女がびっくりしたように瞬きをする番だった。

 え、もしかして人違いか……? 不安になってきた俺は、ちょうど今日の昼に出会ったはずの鈴木鈴音の姿と彼女を比べる。


 うちの高校の制服。黒髪ロング。美人だけど無個性な容姿。

 ……うん、どれを取っても鈴木だとしか思えない。


「……」彼女は眉をひそめた。「今すごく失礼なことを考えられてる気がするなぁ」

「気のせいじゃないか?」

「うん、だよね。吾妻くんはほとんど話したことがない女の子相手に失礼なことを考えたりする物凄く失礼な人だったりはしないよね。……しないかなぁ?」

「もちろん、そんなことするわけない。俺のことをよく理解してくれてるな」


 再び、彼女は眉をひそめた。何気に鋭いぞこいつ……。

 ともあれ、人違いではなさそうだ。目の前にいるのは、西園寺の幼馴染でもある鈴木鈴音だった。


「というか、俺たちって話したことなかった?」

「ないんじゃないかなぁ。しぃちゃんとは何度も話してるだろうけど」

「しぃちゃん」一瞬頭がバグる。「西園寺のことか」


 目の前で二人がやり取りしているのは見たことがあるので、誰を指しているのかは流石に分かる。でも西園寺と『しぃちゃん』ってあだ名は、すぐには結びつかない。


「その西園寺は? 二人はいつも一緒だろ?」

「今日はしぃちゃんの家の都合でね。というか、放課後はいつも一緒ってわけでもないよ。しぃちゃんは忙しいから」

「ほーん」


 お嬢様だし、何かしら習い事でもしているのかもしれない。そうでなくとも、確かに毎日多忙そうだ。


「吾妻くんは?」と訊いてくる鈴木。

「見ての通りだな。ラノベを買いに来た。ちょうど今日、新刊の発売日だから」

「やっぱりラノベが好きなんだね」

「やっぱり?」


 どういう意味かと視線で尋ねる。鈴木は「ほら」とフラットに言った。


「昼休みに言ってたから」

「昼休み……」少し考えて思い至る。「『ずの教』のことか!」

「そう、『ずの教』」


 『ずの教』――正式タイトル『頭脳バトルで全てが決まる教室で俺がラブコメしてるワケ』は、アニメ化もされた大人気ラノベシリーズだ。

 そして西園寺に言った、数学の難問が出てきた小説が『ずの教』なのである。


「えっ、鈴木も読んでるのか……?」

「ヒロインは可愛くて、主人公は予想不可能だけどかっこいい。ただ人気なだけじゃなくて、ちゃんと面白いお話だよね」

「だよな! いつも新刊は発売日に読んでるし」


 まさかの同志発見だった。

 ……いや、『ずの教』だけなら稲荷にも貸したことがある。まだ同志だと決まったわけではない!


「『ずの教』もいいけど、『線恋』もラブコメの中じゃ面白いよな」

「うん、私も『線恋』は好きだなぁ。真っ直ぐに青春してる感じがするよね」

「だよな! いつも新刊は発売日に読んでるわ」


 ……あれ、まったく同じセリフを返してないか?

 ちなみに『線恋』――正式タイトル『線香花火が落ちるみたいに僕らは恋に落ちた』は、『ずの教』と並んで人気の青春ラブストーリーである。まだアニメ化は発表されてないが、エモくて中高生にぜひ読んでほしい作品だ。

 …………いや、『線恋』は小町も読んで気に入ってた。スポーツ描写もあるし、ラノベ読者じゃなくても比較的読みやすいのだ。これだけで同志だとは限らない。


「ラブコメと言えば、今月出た『いまキス』の新刊はすごかったよな」

「『いまキス』を読んだ後は少し頭がヘンになるよね。脳汁がいっぱい出る感じ。他にも不純愛モノは読んだけど、『いまキス』は特別だなぁ」

「先月始まった『ぎまライ』もよくて……」

「あっ、分かる。やっぱりハーレムはいいなって思った」


 ……こいつ、なかなかやるな!?

 人を選ぶ不純愛ラブコメの名作『今からわたしにキスして。』やまだ始まったばかりで有名じゃない『義妹ハッピーライフ』まで抑えているとは!


「もしかして――鈴木ってラノベが好きなのか!?」

「えっ」鈴木はぱちぱち瞬いた。「……そうじゃなかったら、ここにいなくない?」

「そうとも限らないだろ。漫画と間違えてるだけかもしれないからな」

「どうしてドヤ顔なの……?」

「期待して裏切られるのはごめんだからな」

「変な悲壮感だなぁ」


 呆れ交じりに笑う鈴木。それから彼女は、うんと頷いた。


「私はラノベが好きだよ」

「マジか!」俺は前のめりになる。「やっと同志を見つけた!」

「同志って……まぁ、ちょっと気持ちは分かるかなぁ。漫画やアニメは最近人気になってきたけど、ラノベはそうじゃないもんね」

「そうなんだよ。カバーは可愛かったりかっこよかったりするイラストだけど、中はしっかり文字だから読むのが大変だろ? ハードルが高いから漫画以上に薦めにくいし、読んでる奴も少ないんだよ」

「読書好きな子は、逆にラノベじゃなくて普通の小説とか文芸を読んでるイメージだしね」

「そうなんだよなぁ……!」


 やばい、めちゃくちゃ楽しい。

 これまでほとんど話したことがなかったので、まさか鈴木とここまで息が合うとは思っていなかった。

 予想外にラノベ好きの同志を見つけたことが嬉しくなる。

 とはいえ、いつまでも売り場で駄弁っているわけにもいかない。


「で、鈴木もこれを買うのか?」

「うん、そのつもりだよ。今日は新刊を買いに来たから」

「他におすすめがあったら教えてくれよ。今月はあんまり調べられてなくてさ」

「……ごめん。誰かに何かをおすすめするの、あんまり得意じゃないんだよね。相手に義務感を与えちゃいそうな気がして」

「っ! そうだよな!」


 鈴木のばつが悪そうな言葉を聞き、体の奥から感動がこみ上げてきた。稲荷や小町と出会った頃を思い出す。

 好きなものが同じ――という以上の共通点。

 人と関わる上でのを遠ざけようとするその姿勢に共感する。


「じゃあ、俺も勝手に選ぶから。明らかな地雷を引きそうだったら教えてくれよ。……ちなみに俺はNTR要素が地雷だ」

「それくらいなら。……ちょうどいいね、吾妻くんって」

「……? 何がだ?」

「ううん、何でもないよ」鈴木はかぶりを振った。


 そんなわけで、俺たちは別々にラノベを選ぶことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る