#14 お嬢様系S級美少女は興味津々

 ところで、うちの学校は都内で五本の指に入る進学校だったりする。

 四月も後半に差し掛かり、校庭に咲く桜が散り切ったある日の昼休み。廊下の壁に貼り出されようとしているのはまさに進学校らしいものだった。


「今から進級時テストの順位表を公開する。各自の個票は帰りのSHRで配布予定だから、撮影は禁止だ」


 と集まる生徒たちに睨みをきかせているのは、学年主任の雪森ゆきもり先生だ。E組の担任なので話したことはあまりない。ただ成績別に分かれる数学で俺が所属しているクラスの授業を受け持っているので、一応、関わったことはある。

 ……いや、まぁ雪森先生との関係をアピールしたところで何の意味もないのだが。


 意味の話をするのなら、こんな人混みに揉まれている意味もあまりない。どうせ個票を見れば自分の順位は分かるからだ。

 にもかかわず、俺がこうしておしくらまんじゅうしている理由はただ一つ。


「なぁ、やっぱり今日は諦めるわ。空腹に耐えながら午後を過ごす」

「無理に決まってるだろ成長期。いいから購買に向かって歩けって」

「身動きがとれないんだって」


 ――廊下を通って購買に行きたいからだった。

 いつもは弁当を作ってくるなり、コンビニでパンを買ってくるなりしているのだけど、今日はどちらも忘れてしまった。仕方がないので竜二に少し恵んでもらおうと思っていたのだが、今日はこいつも忘れたらしく、こうして購買に向かっているのである。


「では、後悔するぞ」


 そんなことを考えている間に、順位表が張り出されていく。

 今回の順位表は、四月の頭に行われた進級時テストのものだ。それぞれ百点満点で、一年生の頃に学習した内容を復習する五教科のテストだった。約三百人がいる二年生のうち、上位五十人の名前と各教科の点数が貼り出される。


 進学校なうえにお祭り学校だからだろう。たかだテストの結果発表程度でもちょっとしたイベントとして大騒ぎになるのだ。

 はぁ、と溜息を吐いたのも束の間。俺はあれよあれよと人の波に飲まれ、いつの間にか竜二を見失ってしまった。


「くっそ……今日は本当にツイてないな」


 ようやく人混みから逃れることができた。が、俺が押し出されたのは購買とは反対。学食へと向かう側だった。

 いっそ今日は学食にしてしまったほうが楽かもしれない。やや割高だが、今から購買を目指す気にはなれなかった。

 竜二にRINEを送ってから学食へ向かおうとすると――


「流石ね、吾妻くん。今回も勝てなかったわ」


 と僅かに冷たさを帯びる声が響いた。

 ……若干デジャブだな。苦笑を堪えつつ、俺は振り向く。


「何を言ってるか分からないな。一位はいつもどおり西園寺さいおんじだっただろ?」

「でも数学では敵わなかった」

「よく細かい点数まで確認できてるな」

「どうせ見るのは上の三人だけだもの。時間はかからないわ」

「なるほど」俺は肩を竦める。「流石だな」


 とはいえ、俺も上位三人が誰なのかは知っていた。さっき押されている間にチラッと見えたのだ。


――・――・――・――・――・――

 一位 二年E組 西園寺詩音しおん

 二位 二年E組 鈴木鈴音すずね

 三位 二年B組 吾妻虎太郎

――・――・――・――・――・――


 点数までは見えていなかったが、彼女――西園寺はばっちり確認していたらしい。

 で、数学の点数で負けたから声を掛けてきた、と。手前みそになるが、今回の数学のテストは百点だった。


「まぁ、数学は得意なほうだからなぁ……」

「でしょうね。最後から二番目のあの難問。あれを解けるなんて普通じゃないもの」

「普通じゃないって」俺は失笑した。


 たかが高校のテスト程度で『普通じゃない』は言い過ぎだと思う。

「それに」と数学の試験問題を思い出しながら、俺は口を開く。


「前に読んでた小説に似たような問題が出てきたんだよ。だからたまたま解けた」


 小説というか、ラノベである。

 だが、西園寺には分からないだろう。何せ彼女は西園寺家のお嬢様。ラノベみたいなオタクカルチャーは家が厳しくて禁止されていると聞く。

 何を隠そう、彼女もS級美少女と呼ばれるうちの一人だ。どこかの国とのハーフらしく、西洋人風の顔立ちや華やかな金髪ロングが太陽のように眩しい。

 ――西園寺詩音。

 学年一の才媛にして、文ちゃんや狛井とは別の意味で俺たちと住む世界の違うお嬢様系S級美少女である。


「そう……机に齧りついているだけでは届かないものもある、ということかしら」

「いや、そんなことは言ってないけど」

「小説が数学に役立つこともある――とても参考になったわ」

「参考にするほどのことじゃないと思うんだが……?」


 西園寺が話を聞いてくれない。このお嬢様、いつもこうなんだよなぁ……。

 どうしたものかと思っていると、西園寺の隣に立つ少女と目が合った。彼女も「あはは」とどこか呆れたように苦笑している。


「しぃちゃん、そろそろ本題に入らないと」

「……そうだったわね。ありがとう、スズ」

「ううん。何となくこうなる気はしてたから」


 『スズ』と呼ばれたのは、黒髪ロングの女子生徒。顔立ちは整っていて紛れもなく美少女なんだけど、これといって容姿に特徴がなく、普通って言葉が頭によぎる。

 ――鈴木鈴音。

 西園寺と鈴木は幼馴染らしく、学校でも二人一緒に行動しているところをよく見かける。ちなみに鈴木も入学時からずっと二位に君臨し続けているので、普通にめちゃくちゃ優等生だ。


「吾妻くん、生徒会に入る気はないかしら?」

「またか」正直な言葉が口を衝いた。

「しつこく感じたなら申し訳ないわ。けれど、吾妻くんにはぜひ生徒会に入ってほしいの」

「そうは言われてもなぁ……」


 西園寺は一年生の頃から生徒会に所属している。去年の時点で次期生徒会長だと囁かれており、自分にも周囲にも厳しい姿から彼女を『鉄の王女様』と呼ぶ声もある。

 実を言うと、去年も西園寺から生徒会に入らないかと誘われていた。理由は数学の点数で俺が勝ったから。西園寺は高校に入るまで、どの教科でも負けたことがなかったのだという。

 そんなことで目を付けられてもなぁ、というのが素直な感想だ。

 俺は『能ある鷹は爪を隠す』的な潜在能力の持ち主じゃない。勉強がそこそこできて、特に数学が得意教科だからいい点を取れるだけだ。


「二年生になっても気持ちは変わらない。悪いな」

「……そう。吾妻くんが謝ることはないわ。何度も訊いてしまってごめんなさい」


 と言うが、西園寺はまだ諦めていない様子だった。

「でも」と彼女は続ける。


「選挙は六月。それまでに吾妻くんが生徒会に興味を持ってくれたら、いくらでも掌を返してくれて構わないわ。むしろ歓迎する」

「まぁそうだな」苦笑交じりに続ける。「考えとく」


 考えたところで結果は変わらない気もするが、気に留めないのも申し訳ない。頭の片隅で検討しておこう。

 狛井と言い、こういう諦めの悪さは素直に尊敬する。どうして揃いも揃って俺にこだわるのかは分からないが……。


「それじゃあ、また」と言って西園寺たちは学食のほうへ向かっていく。とはいえ、このまま二人の後を追うのも気まずい。、やっぱり購買に向かうことにして、俺は踵を返す。今ならある程度は人混みもマシになっただろうしな。

 ……と思っていたのだけど――


「残ってるのが『謎パン』だけとか……」

「いいじゃん、四月ももうすぐ終わりだし」

「チッ、カツサンドを買えた勝ち組が」


 ――残っていたのは、月ごとにメニューが変わる通称『謎パン』だけだった。そして、四月の『謎パン』はちくわメロンパンらしい。


「美味いか?」

「いや、一ミリも合わない」


 ……めちゃくちゃ不味かった。

 ったく、今日はつくづくツイてない。テンションがダダ下がりしていくのを感じながら、俺は美味しくないちくわメロンパンを飲み物で流し込んで空腹を凌いだ。

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