#13 アスリート系S級美少女
「……部屋まで運んでくれればよかったのに」
「無茶言うなって」
眠っていた小町を起こすと、甘えるような口調で言われた。つい微笑ましくて笑ってしまうと、小町は不服そうな顔をする。
「ん。じゃあ、またね」
「おう、またな」と言って、小町と別れる。家に入っていくのを見送ってから帰路に就こうとすると――
「またお姉ちゃんと遊んでたんですか?」
「うおっ!?」
――後ろから声を掛けられた。
びくっとした俺は、振り向こうとして体勢を崩しそうになる。だが、声の主は「おっと、危ないですよ」と言いながら俺の手を引っ張ってくれた。
「わ、悪い。助かった」
「いえいえ、私のほうこそ急に声を掛けちゃってすみません!」
「いや、人の家の前に突っ立ってた俺も悪いからな」
言いながら、彼女から手を離す。
俺に声を掛けたのは――狛井だった。おそらく自主練の帰りなのだろう。学校指定のとは違うジャージを身に纏い、肩からエナメルバッグをかけていた。
「……どこから見てたんだ?」
「吾妻さんがお姉ちゃんを起こすところからです!」
「めっちゃ前からじゃねぇか!? どうして声を掛けなかったんだよ」
「二人でいるときに声を掛けるのはお邪魔かなーと思いまして! 要らない配慮でしたでしょうか?」
「気まずくならなくて助かったよありがとな!」
俺と小町がよく一緒に運動をしていることは、狛井も知っている。別に俺たちの関係は内緒ってわけじゃないしな。……もちろんエッチな部分以外は、だが。
狛井は「むむむ……」と何かを考えるような仕草をした後、小声で訊いてくる。
「あの、吾妻さんとお姉ちゃんって……付き合ってるんですか?」
「ぷっ」堪えきれなくて噴いた。「俺と小町が付き合ってる?」
「はい! だって、おんぶして帰ってくるなんてカップル以外ありえないじゃないですか! いえ、カップルの中でもラブラブなカップルじゃないとしない所業です!」
「ラブラブなカップルて」
色々と物申したいことはある。でも、狛井の言い分ももっともだと思う。確かに、さっきの俺たちはカップルと間違われても仕方がないことをしていた。
だが、きちんと誤解は解いておく必要がある。小町にその役目を押し付けたら、後で色々と文句を言われそうだからな。
「ただの友達だ。今日は体力がすっからかんになるまでバスケをしたから、負けた俺が罰としてここまで運ばされたんだよ」
「……なるほど?」狛井が微妙な反応をする。納得はできていないらしい。
「百五十点先取の1on1をやったんだ」
「百五十点先取! 楽しそうでいいですね!」
「……おう」
楽しかったには楽しかったんだが、そんな満面の笑みで言われると複雑だなぁ……。しかも、朝からずっと練習をしてきたはずなのにこう言えるんだから恐ろしい。
「というか、罰ゲームだからって大人しくおんぶさせる時点で、お姉ちゃんが吾妻さんを信頼している証じゃないですか?」
「まぁ、それはそうかもな。付き合いも長くなってきたし」
「そこは素直に認めるんですね」
「事実だからな」俺は肩を竦めた。
変に謙遜したり、距離を置いたりするつもりはない。小町は俺に心を許してくれているし、その逆もまた然りだ。
狛井はこくこくと頷くと、どこか子供っぽい声音で言った。
「羨ましいです」
「羨ましい?」
「はい! 私はお姉ちゃんに遊んでもらえないですから! それに、吾妻さんも私と一緒に運動してくれません! どっちも羨ましいです!」
「お、おう……」ストレートな物言いにたじろぐ。「随分とはっきり言うんだな」
「事実ですから!」
と俺の真似をして答える狛井。
普通、『羨ましい』って気持ちは隠したいものだろう。だって恥ずかしいし、みっともない。それを躊躇なく口にできるのは、きっと彼女が狛井舞だからなのだろう。
強いから、強がらなくていい。
その無垢さが眩しかった。
「運動してくれないって言われてもな……。狛井の場合、俺を陸上部に入れたいだけだろ?」
「少し違います! 陸上部で、吾妻さんと一緒に走りたいんです! そこにお姉ちゃんもいたら、なお嬉しいですね。三人でなら高みを目指せると思いませんか!?」
「狛井一人でも目指せるだろうけどな」
「……」狛井の顔が曇る。
それを見て、俺はハッとする。
今のはよくなかった。『一人でもいい』だなんて突き放すのは、狛井をイメージだけで『勝利の女神』と語る奴らと大差ない。
「というか、狛井は一人じゃないだろ? 陸上部の奴らがいる。それ以外の奴らだって、狛井や陸上部のことを応援してるはずだぞ」
「っ!」狛井は目を見開いた。「そうですけど! 私が言いたいのは、その中に吾妻さんやお姉ちゃんにもいてほしいってことなんです!」
そう口にする狛井の声は、どこか嬉しそうに聞こえた。
……いいや、気のせいだな。俺の言葉で狛井が一喜一憂するだなんて、勘違いも甚だしい。身の程を弁えろって話だ。
「もう……吾妻さんは優しいのに優しくないから複雑です」
「なんだそれ」俺は小さく笑う。「人をDV彼氏みたいに言うな」
「あっ、吾妻さんが私の彼氏……!? そそそそそんな突然告白されても困ります!」
「告白してないが!?」
今の台詞のどこが告白なのか。勘違いが甚だしいのは狛井のほうだった。
しかし、狛井には俺の言葉が届いていない。暴走機関車のようにペラペラと喋り続ける。
「確かに自分より運動ができる男の子とお付き合いしたいと思ってましたし、私に一度勝ったことがある吾妻さんはアリというかむしろ望むところ言う感じではありますが、今付き合うのはお姉ちゃんにも悪いと言いますか……」
「おーい? 狛井?」
「いっそのことお姉ちゃんと三人でお付き合いするのも……!? そ、そんなの、幸せすぎます! 毎朝三人でランニングデートして、放課後にはトレーニングデートしたいです! あ、でも部内恋愛は上手くいかなかったら他のみんなに迷惑をかけてしまいますし……」
「もしも~し? 狛井、聞こえてるか?」
「ひゃうっ!?」
あまりに話を聞いてくれないので、俺は狛井の肩に手を置いた。
その瞬間、狛井は可愛らしい声を漏らす――と同時に、くるっと空中で一回転しながら俺から離れ……は? 信じがたい光景すぎて、自分の目を疑った。
だが、確かに狛井は一回転していた。それどころか今は華麗に着地を決め、慌てた顔をしている。
「ご、ごめんなさい! びっくりしてしまいまして!」
「びっくりしたのはこっちだけどな!?」
「……? 何がですか?」
「何がって……」
いきなりサーカスみたいなアクロバット技を決めたこと以外にあるわけなくない?
しかし、狛井は本当に察しがついていないようで、不思議そうに首を傾げている。
……これが狛井舞か。
まさに身体能力お化け。バトル漫画のキャラかよってレベルだな。
「……なんでもない。足とか捻ってないか?」
「この程度で捻ったりするわけないじゃないですか。ちゃんとストレッチは欠かしていませんから!」
「……」たぶんストレッチはそこまで万能じゃないと思う。「そうか」
「でも、心配していただけて嬉しいです!」
半分くらいは心配じゃなくてドン引きしてるけど、言わぬが仏だろう。
それよりも、元凶になったことを謝罪したほうがいい。
「急に触って悪かった」
「い、いえ! 私こそ自分の世界に入ってしまってごめんなさい! 吾妻さんが大胆なことを言うので、取り乱してしまいました」
「そ、そうか。……じゃあ、お互い様ってことで」
「はい!」
何がお互い様なのかよく分からないが、これで手打ちってことにしよう。いつまでも家の前で話し込んでいるわけにもいかない。
「俺もそろそろ帰る」
「そうですね! あっ、ちなみに今話してみて陸上部に興味を持ったりは――」
「――しない。そんな要素なかっただろ」
「ですよね……残念です。でも、私は諦めませんから! 吾妻さんとお姉ちゃんと三人で走りたいので!」
「じゃあな」と告げて、俺はその場を後にする。
歩きながら、狛井の言葉が頭の中で響いた。
『三人で走りたい』
その願いを叶えるのは凄く難しい。狛井は、ちょっと運動ができる程度の俺たちとは次元が違う。それは、さっきの動きを見ても一目瞭然だ。
狛井は色んな重みを置き去りにして誰よりも速く駆けることができるけど、俺や小町はそうもいかない。同じものを背負おうとすれば、きっと重みに潰されてしまうだろう。
俺たちは強くないから、強がらずにはいられない。
でも強がるのは疲れるから、強がらなくて済む相手と一緒にいたい。
って、やめだやめ。
せっかく頭が空っぽになるまで運動したのに、帰り道でうだうだ考えたら意味がない。俺は首を横に振り、まだ少しだけ残っている2Lのスポドリを呷った。
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