#12 求愛行動

「ねぇ、吾妻。流石に家までおんぶして」

「何が『流石に』なのか分からないんだが?」

「激しくシすぎて疲れた」


 エッチの後のお風呂から上がった俺たちは、リビングでだらけていた。もういい時間なので帰ったほうがいいのだけど、体が疲れすぎて立ち上がるのすら億劫に感じる。こうなるのは分かっていたのに、どうしてエッチの最中は後先考えず激しくシちゃうんだろうな――とお盛んな自分たちに呆れた。

 まぁ、小町がエロいのが悪いと思う。日焼けの跡も艶ぼくろもエッチだし、引き締まったスタイルもヤバいのだ。存在がアダルトすぎる。

 そんな小町は、エッチが終わっても俺を奴隷としてこき使うつもりらしかった。


「嫌だよ。小町の家まで結構距離あるじゃん」

「けち」

「そう言われてもなぁ……」

「運んでくれないなら、ここから動かない」小町はソファーを我が物としながら言った。「泊まってく」


 めちゃくちゃ卑怯な脅迫だった。

「いやいや、流石に……」と苦笑していると、「本気だけど?」と返ってくる。


「というか、何が『流石に』なの? もうエッチしまくってるんだし、泊まっていって困ることとかなくない?」

「普通に親御さんが心配するだろ!?」

「確かに」小町は頷いた。「舞が一番心配しそう」

「そうなのか?」

「ん、そう。だって舞はシスコンだから」

「マジで……?」


 知らなかった。小町を一番部活に誘っているのは狛井らしいし、そういう意味では納得できるかもしれない……のか?

「ちぇっ」と拗ねるように舌打ちしてから、小町は続けて言う。


「吾妻が舞に目を付けられるのは可哀想だし、大人しく帰ってあげる」

「俺を脅しておんぶさせるんじゃないのか?」

「んー」小町は猫のように体を伸ばす。「舞を引き合いに出すのは禁止カードかなって」


 狛井が俺を部活に誘っていることも小町は知っている。だから弁えてくれたらしい。

 こういう距離感がちょうどいいんだよなぁ……。

 俺は心地よさを感じながら、「分かった」と立ち上がる。


「じゃあ、途中までおんぶしてやるよ。どうせ途中で下ろせって言うだろうしな」

「……なにそれ。楽できるのに、言うわけなくない?」

「さあな」俺は肩を竦める。「暗くなる前に帰ろうぜ」

「…………なんか企んでない?」

「まさか」


 何も企んではいない。ただ、小町よりも先にとある事実に気付いただけだ。

 そういうわけで、小町が『下ろせ』と言い出すまではおぶって帰ることになった。



 ◇



「……なるほど」耳元で悔しそうな呟きが聞こえた。「こういうことか」

「やっと気付いたか」

「ん」俺におぶわれたまま、小町は頷く。「恥ずい」


 顔はほんのり赤く、羞恥よりも屈辱が滲んでいた。それもそうだろう。何せ小町の家までの道のりはそれなりに人通りが多い。電車を使うにせよ徒歩で帰るにせよ、女子高生が男子高校生におんぶされていたら目立つに決まっているのだ。

 さっきから通行人は必ずと言っていいほど、俺たちを一瞥してくる。ある者は眉間に皺を寄せ、またある者は微笑ましそうな顔をする――そんなめちゃくちゃ恥ずかしい帰り道になっていた。


「ハメたでしょ」

「そんなつもりはなかった」もちろん嘘だ。「小町はこうなるって分かった上で、俺におんぶしろって言ってるんだと思ったんだが……違ったのか?」

「……意地悪」


 恥ずかしそうに俺の首筋へ顔を埋める小町。「んぅ……」と言葉にならない声が鼓膜を撫でた。たまに甘えてくる猫みたいだ。

 とはいえ虐めすぎても可哀想なので、この辺りで勘弁しておいてやろう。


「下ろすか?」

「……」小町は少し迷ってから答えた。「やだ」

「え?」

「このままがいい。どうせ恥を掻くなら、なるべく楽したいし」

「そうくるか」


 てっきりすぐに『下ろせ』って言ってくるかと思ったんだが、そうではなかった。ある意味、小町らしいかもしれない。

 ……まぁ、家までおんぶしていく程度なら楽勝だ。小町が恥ずかしがってるところを見れたおかげで疲れも取れて――「うぐっ」


「急に絞め技かけるのやめろ!?」

「ごめん。失礼なことを考えられてる気がして、ついうっかり」

「…………」


 心の中を読むのはやめてほしい。てか、鋭すぎるだろ。後ろから絞め技をかけられても怖いので、下手なことを考えるのはやめておこう。

 ……というやり取りさえも、傍から見れば馬鹿ップルの所業にしか見えないんだろう。そう思うと、おぶっているこっちも恥ずかしくなってくる。


 ――むにゅ。


 一度意識しだすと、それまで無視していたことまで気になり始めるらしい。背中に当たっている柔らかな感触に気が付く。むにゅ、むにゅ。大きくはないが小さくもないは甘い柔らかさを持っていて、意識するほどにモクモクする。

 まして、露わになったをついさっきまで見ることができたから――。


 ――ちろちろ。


 刹那、首筋がザラザラとした舌に舐められた。咄嗟に声を我慢した俺は褒められていい。


「おい、小町?」

「ん、ちゅ、ちゅ」

「っ、おーい? 小町さん?」

「んむっ、はぁ……なに?」

「……っ」


 首だけを動かして後ろを向くと、小町は色っぽい笑みを浮かべた。話しかけてもしばらく舐め続けられた首筋にはぬるい唾液が付着している。てらてらと光を反射するのが視界の隅で見えて、恥ずかしくなった。


「反撃のつもりか?」

「それもあるけど……」小町は顔を逸らす。「吾妻の首筋がエッチだから、舐めたくなった」

「……変態」

「吾妻が首に汗を掻くのが悪い。シャンプーと汗の匂いが混ざって、くらくらするんだよ」

「変態」あえて繰り返した。

「…………吾妻にだけだから」


 苦し紛れに言い返してくる小町。

 ……いや、今のはちょっと違うか。ただ小町の奥から零れてきた言葉って感じがする。だから茶化す気になれなかった。


「知ってる」とだけ呟く俺。

「ん」ぴちゃぴちゃ、と首筋が舐められた。

「いや、続けていいってことじゃないからな!?」

「違うの?」

「違うに決まってるだろ。大人しくしてろ、発情期の雌猫」

「発情してないし」

「はいはい」


 耳元でぶつぶつと文句を言う小町をおんぶしながら、狛井家まで歩く。

 このどうしようもない時間が気楽だなぁ、と思った。

 ヘトヘトになるまで運動して、その後で満足いくまでエッチして、だらだらと喋りながら帰る。運動していても怠惰なことに変わりはない。今日もまた、何かを頑張ることもしないまま、一日を終えようとしている。

 やりたいことだけやって、ゆるく時間を浪費して――。


「ん、んぅ……」と寝息が聞こえてくる。

 おずおずと後ろを見れば、小町が背中で眠っていた。その気持ちよさそうな寝顔に思わずくすっと笑ってしまう。


「遠回りして帰るか」


 あんまり幸せそうな顔だから、できるだけいっぱい寝かせてやりたい。

 ……っていうのは方便で、本当は少しでも長くこの子と一緒にいたいと思っただけだ。だって、見ているだけで幸せになる寝顔だったから。


「んぅ、あず、まぁ……」


 ずるい寝言の可愛さに悶えながら、狛井家までゆっくりと歩いた。

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