#11 負けたら服従の1on1
だむっ、だむっ、と小町がボールをつく。
二人でバスケをやる場合、遊び方は限られる。結局いつも通り1on1で試合をすることになった。まぁ、スリーポイントシュートを決め合うのも性に合わないしな。
「いくよ」
「おう」と言って、ゲームを始める。
ルールは十五点先取。普通のシュートが二点で、スリーポイントシュートが三点というバスケの基本的な得点計算で勝敗を決める。ディフェンス側がオフェンス側からボールを奪えば攻守逆転。点が入ったら、入れられた側のボールで仕切り直す。
先攻が小町なのは最低限のハンデ。バスケは体格差がもろに出やすいスポーツだから――とは言ってるけど、先攻後攻をさくっと決めるための口実でしかない。小町はハンデが不要なほど上手いからな。
――だむっ、だむっ。
あーだこーだと考えている間に、小町がドライブで切り込んでくる。低姿勢で鋭いドライブだ。不敵な笑みを浮かべながら、ゴールに向かって進んでいく。
だが、俺だって突っ立ってるわけじゃない。
冷静に小町の進路を塞ぐ。
「ふっ、残念」呟く小町。同時に小町は体の重心を移動させ、華麗に方向転換する。「こっちだよ」
「知ってる」俺は笑った。「バレバレだよ」
「ちぇっ」
小町とはもう何度も1on1をしているから、癖も分かってくるようになる。
本気で俺を抜こうとする小町は、その瞬間だけリラックスした状態になる。余計な力を抜き、しなやかな動きをするのだ。おそらくは無意識に勝負所で最適な体の使い方をしているんだと思う。
だが、今の動きにはそれがなかった。勢いのある攻め手だったからこそ、本気で抜こうとしていないと判断できたのだ。
「よし、俺がオフェンスだな」
「……すぐ返すから」
小町のボールをカットしたことで、攻守が逆転する。俺は間髪入れずに小町の右側から切り込もうとする――が、当然のように進路を阻まれる。
でも、小手先の技術で振り解こうとしたって小町には勝てない。何せ彼女は小さい頃から狛井とスポーツをやってきたので、技巧面では俺よりも遥かに上なのだ。だったら恥ずかしげもなく体格差を利用するしかない。
「――なんて、そう簡単には通らせてはくれないよな」
「チビだと思って舐めてる?」
「まさか」俺は笑った。「小町が筋肉馬鹿なことは知ってる」
強引に突破しようとする俺を、しかし、小町もまた強引に止める。
小町にぶつかると、まるで大木にでも衝突したかのような確固たる芯を感じさせられる。これが小町の恐るべきところだ。
色んなスポーツをしてる小町は、結果的にあらゆるスポーツで使う筋肉を鍛えている。強固な筋肉と体幹を身に着けており、俺がぶつかった程度ではびくともしない。
「だったら――」
俺は後ろへ跳んだ。そして、シュートモーションに入る。
体格差と言っても、筋肉量で勝負できないことは分かっていた。
だが、身長差だけは覆しようがない。
ましてジャンプシュートなら、小町が跳んだところでブロックは難しいはずだ。
「無理でしょ」小町はブロックしようとしない。「遠すぎ」
知ってる。ゴールリングはかなり遠い。小町のディフェンスに押されて、スリーポイントラインからも更に後ろに下がってしまっている。
試合でやったら、無謀で舐めたプレイだろう。誰かに『真面目にやれ』とでも怒られるかもしれない。
――だからガチでスポーツをやりたいとは思えない。
正直、入っても入らなくてもいいんだ。このゲームで勝ちたいとは思うけど、負けたって何かが終わるわけじゃない。このゴールが決まれば『スーパーゴールだ』とドヤれるし、外せば『ダサっ』と小町に笑われる。
そういうのでいい。そういうのがいい。
ボールは手から離れ、弧を描いてゴールへと向かう。
さながらペットボトルロケットのように。
……って、そのロケットは墜落してるじゃねぇか!
「あっ」小町が零した。
「……入った」俺が呟く。
そして、ボールがゴールリングを通った。
「うっしゃ、三点!」
「むかつく……絶対まぐれなのに……」
「ちっちっち、これは俺の必殺シュートなんだよ。小町を突破するために編み出したんだ」
「はいはい」
俺のドヤ顔を冷たくスルーした小町は、不満そうな顔でボールを取りにいく。
戻ってきたときの小町の目は、狩りをする野生動物のように研ぎ澄まされていた。
「私だって同じことできるから」
「は?」
小町はボールをついたかと思うと、そのままシュートモーションに入った。
まさか、ここから――?
俺がさっきシュートしたよりも、更にゴールから離れている。その位置からシュートを決めるのは流石に無理だと思える。
しかし、それでも小町はやりかねない。
そう判断した俺はシュートブロックをしようとして――
「釣られた」小町はニヤリと口角を上げた。「どーん」
「なっ!?」
小町は俺の腕にボールをぶつけた。俺は咄嗟にボールを弾いてしまう。そのボールを小町は巧みにキャッチし、流れるようにドリブルを始めた。
はっとしてすぐに追いかける。でも、疾風を髣髴とさせるほどの素早いドライブは一度抜かれてしまえば簡単には追いつけない。
そのままの勢いで小町はレイアップシュートを決め、こちらを振り向いた。
「あ、まだそこにいるんだ」
「なっ、むかつく……!」
「ごめんごめん、ノロマさん?」
「――っ!」
小町の挑発的な笑みがこちらに火を点ける。もしかしたら、俺のさっきのドヤ顔が先に小町に火を点けていたのかもしれない。
まぁそんなことはどっちでもいい。
「俺にリードされてるくせに、よくそこまで調子に乗れるな?」
「ふっ、まぐれで決まった三点でしょ」
「だったらそっちは、猫だましで決めた二点だろ」
「は?」
「は?」
俺たちは睨み合う。
――絶対に負けられない勝負がここにあった。
……このノリ、つい最近やらなかったか?
いいや、そんなはずがない。まるで俺が何の進歩もない毎日を過ごしているみたいじゃないか。風評被害はやめていただきたい。
「負けたら一日奴隷」小町が言う。「乗るでしょ?」
「当たり前だろ。俺が勝つのに、乗らない理由がない」
「ふぅん。……じゃあ、私が勝ったら徹底的に虐めてあげる」
「俺が勝ったら、手癖の悪い小町をしつけてやるよ」
俺たちは運動が好きだが、純粋に競技を愛してるわけじゃないし、高みを目指そうっていうアスリート根性も持ち合わせてはいない。
だから賭けを交えたほうが燃えるタイプなのだった。
「行くぞ」
「ん、どこからでもかかってきな」
◇
「ぐああああ……もうだめだ。疲れた」
「ほんとそれ。百五十点先取とか言い出したの、誰?」
「……小町もノリノリだっただろ」
空が夕焼けに染まる頃、俺たちはバスケコートで大の字になっていた。
だくだくと掻いた汗のせいでスポーツウェアが肌に張り付き、小町の身体のラインや下着の線がありありと浮かび上がっている。更にはぺろりとシャツの裾がめくれ上がり、焼けていない乳白色のお腹が露わになっていた。
……めちゃくちゃエロいんだが!?
だんだんとモクモクしてくる。でも、今はそれより体が疲れていた。
全ての元凶は俺だろう。
先に十五点を決めたのは俺だった。だけど、その勝利は体の熱を冷ましてはくれない。勢い余った俺は『十五点じゃぬるい! 百五十点先取だ!』などと妄言を口にした。
頭に血が上って冷静な判断ができなくなっていた俺たちは百五十点先取の1on1をするはめになり――そして今に至る。
「……百五十点決めたのは私だった」こちらへ寝返りを打つ小町。「でも、十五点先取したのは吾妻だし。引き分けってことにする?」
「小町の勝ちでもいいんだぞ」実際、最後に勝ったのは小町だ。
「それはやだ。勝ちを譲られたみたいになるし」
「まぁな」俺は苦笑した。
もちろん、勝ちを譲ったつもりはない。十五点先取で勝負を終わらせるのは惜しいと思ったから、百五十点先取を提案したのだ。だけど結果だけを切り取ると、俺が勝ちを譲ったみたいにもなってしまう。
それはなんというか、スッキリしない。モヤモヤせず終わるには引き分けが一番いい、と小町は考えたわけだ。
「引き分けの場合、罰ゲームはどうなるんだ?」
「奴隷のやつ?」
「そう、それ奴隷のやつ」俺が頷く。
「罰ゲームがないのはつまんないし、二人とも奴隷になったらいいんじゃない?」
「なるほど。つまり『奴隷パラドックス』か」
「……」小町は微妙な反応をした。「それは分かりにくい」
「うん、ちょっとそんな気がしてた」
稲荷のようにいい感じの言葉を編み出そうとしたが、ダメだった。
ちなみに『奴隷パラドックス』とは、奴隷であり主人でもあるという逆説的な状況のことを指した表現だ。でも、しっくりとはこない。提唱者になるのは難しいみたいだ。
「『奴隷おそろっち』」小町が真顔で言う。
「小町のほうが最悪のセンスだろ」
「……『B級美少女』と『ちょうどいい同盟』には敵わない」
「それはそう」
何故か無関係な稲荷がこの場で唯一の勝者だった。
「っと、じゃあお互いに今日解散するまで奴隷ってことでいいのか」
「ん」
「…………」
「…………」
「なぁ、たぶん俺たち同じことを考えてるよな?」
「同感」
「じゃあ、せーので言うか」
「ん」小町が頷く。
せーの、で俺たちは考えていたことを言った。
「吾妻の家までおぶって」と小町。
「うちまで俺を運んでくれ」と俺。
二人揃って奴隷をこき使う気満々だった。
「『奴隷パラドックス』だ」俺は思わず言う。
「……確かに『奴隷パラドックス』かも」小町も渋々といった感じで認めた。
お互いがお互いの奴隷かつ主人であるために、重複しえない命令を下した瞬間にパラドックスが発生する。まさに俺は状況を言い当てていた。
……まぁ、正直それはどうでもいい。問題は『奴隷パラドックス』が発生するほどに俺たちが動くのを怠いと思っていることだった。
「……流石に疲れたし、今日はこのまま帰るか」
「え、それは嫌」食い気味で小町が言った。「エッチしないわけないじゃん」
「お、おう……急に元気になったな」
「当たり前。限界まで運動した後にエッチするのが最高なの。シメのラーメンと一緒」
「シメのラーメン」とんでもない表現だった。「とても女子高生とは思えないな……」
「うっさい。私をエッチにしたのは吾妻でしょ」
「そうかぁ……?」
流れるように責任転嫁され、俺は首を傾げた。小町は割と最初からこんな感じだった気がするんですけど?
とか考えてる間にも小町は起き上がり、こちらに手を差し出してくる。
「ほら早く。……ご主人様が気持ちよくしてって命令してるんだけど」
虐めるって話はどこにいったんだか。心の中でそんなことを思いつつ、俺は小町の手を取る。くたくたなはずの女の子から求められてるんだ。そりゃあ、滾るに決まってる。
そして、男子高校生って生き物は性欲によって身体能力にブーストがかかりまくる特性を持ち合わせているのだった。
「分かった。ご主人様が気持ちよくしてやるよ」
「……ん」
この後、めちゃくちゃエッチした(マジ)。
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