#07 負けたらエッチのボクモンバトル

「さあ、バトルを始めるか」

「ふっふっふ~。強くなったうちの子たちでこてんぱんにしてあげる♪」

「それはこっちの台詞だ」


 六つ目の試練をさくっと突破し、俺たちは対戦モードに移行した。お互いに操作画面が見えないよう、テーブルを挟んで向かい合っている。

 ……赤外線通信なので、あんまり離れられないんだけどな。


「ルールはいつもどおりでいいんだよな?」

「うん。旅パルールで」

「了解」


 『ボクモン』の対戦モードは既存のルールのほか、自分たちでルールを決められる『カスタマイズバトル』がある。俺たちはそれを使う。

 ボクモンのレベルが50に統一されるノーマルレギュレーションではなく、レベルが据え置きになる設定。そのほか、同じ種類のボクモンを使ってよかったり、道具の制限がなかったり、『ボクモン』のストーリーバトルと同じようなルールに設定する。それが旅パルール(命名は稲荷)だ。


「あっ、折角だからなんか賭けようよ」

「なんか?」

「お互いの命とか」

「重すぎる」

「これはゲームであっても遊びじゃないからね~」

「……」


 ここはツッコむべきか……? 稲荷はオタクじゃない。ゲームが趣味らしいが、ラノベや漫画は俺の部屋にあるものをたまに読んでいる程度だ。


「じゃあ、お気に入りのボクモンでも賭ける?」

「闇ボクモンバトルすぎるんだよなぁ……」


 迷ってる間に稲荷が次の言葉を口にしてしまう。瞬発力が足りなかったか……。

 ともあれ、稲荷はどうしても何かを賭けたいらしい。

 まぁ、ちょっと分かる。これだけ盛り上がったからにはプライド以外の何かも賭けて勝負をしたい。どうせ勝つのは俺だしな!


「あっ」


 ろくでもないことを思い付いたな、と一目で分かる顔だった。

 無邪気なトーンで稲荷が言う。


「勝ったほうが負けたほうを好きにしていいってことでどう?」

「好きにしていい?」

「そう」


 稲荷の手がスカートの裾を摘まむ。つい視線を引き寄せられた。きっと俺が釘付けになっていることを分かっているんだろう。稲荷は焦らすようにスカートの裾を持ち上げていく。露わになる艶っぽい肌色は、思っていたよりも肉感があった。


「み、見すぎ……!」恥ずかしそうに言う稲荷。「吾妻のエッチ!」

「えぇ……どう考えても稲荷が誘ってただろ」

「痴漢はみんな同じことを言う」

「ひでぇ」でも、確かにそうかもしれない。「悪い」

「えっ、あ、謝らなくてもいいけど……吾妻なら見てもいいっていうか、その……」

「…………」

「…………」

「はい、変な空気になった! 今のはどう考えても吾妻が悪い!」


 言い返せない。下手に謝ったのがよくなかった。

 気まずくなった空気を誤魔化すように咳払いをして、「つまり」と口を開く。


「勝ったほうが好きに攻めていいってことか」

「……うん」


 稲荷がしおらしくなったせいで、変な空気を抜け出しきれない。

 ――まぁ、当たり前か。

 俺たちはエッチなこともする友達になった。……厳密には同盟だが。

 一緒にゲームをしていても、さっきから心のどこかで意識はしていた。


『今日もエッチなことをするのか?』


 って。

 めくれるスカートにいちいち気を取られていたし、モクモクとせり上がってくる欲求も感じている。それは、稲荷も同じだろう。

 でも、直接言うのは恥ずかしい。賭けをしたがったのはそれが理由かもしれない。


「なるほど、稲荷は俺にこてんぱんに負けて好き放題されたいわけだな? まさかドMだとは思わなかった」

「は、はぁ!? そんなこと言ってないもん! あたしが勝って、吾妻の体を好きにするに決まってるじゃん!」

「はっ、できるといいな。どうせ俺が勝つけど」

「あたしが勝つから!」


 エッチに気を取られすぎてゲームの時間が楽しくなくなるのは間違ってる。

 俺たちは『ちょうどいい同盟』。ずっとちょうどいい距離感でいたい。

 いつもの調子に戻れたところで、改めて賭けの内容を確認する。


「勝ったほうが相手を好きにしていい。ただし、今日だけ――ってことで」

「了解。一本勝負でいいよな?」

「もちろん! 吾妻がど~してもって言うなら三本勝負にしてあげてもいいけどねっ」

「ハッ! 瞬殺された後で『やっぱり三本勝負』とか言っても聞かないからな」

「そんなこと言わないもん♪」


 ってことで。

 プライドとエッチの主導権をかけた、絶対に負けられないボクモンバトルが始まった。


「いきなりパートナーボクモンかよ」

「うちのコタロウで吾妻を瞬殺しちゃうもんねっ」


 旅パルールでは、それぞれがボクモンにつけたニックネームも表示される。稲荷が一体目に選んだのは、ストーリーの最初に貰える三種類のうちの一体――猫モチーフのボクモンだった。ニックネームはコタロウ。

 俺と知り合う前から、いつも最初に貰えるボクモンはコタロウと名付けていたらしい。今のコタロウは三代目である。


 対する俺は、出現率が低くて捕まえるのに苦労したボクモンを繰り出す。炎を纏うカンフーボクモンで、ニックネームはリアジュウ。


「ネーミングセンスが相変わらず終わってるよね」

「別にいいだろ!」


 と言いつつ、実は俺もリアジュウはないなって思っている。捕まえたときに深夜テンションで付けちゃったのだ。

 ともあれ、リアジュウとコタロウのバトルが始まる。


【リアジュウはフレイムキックをつかった】

【コタロウにはこうかばつぐんだ】

【コタロウのきゅうしょにあたった】


 …………。


「吾妻の急所がリア充に潰された!?」

「言うと思った!」

「てか、吾妻よわ~い。リア充に瞬殺されて恥ずかしくないの?」

「弱いのは俺じゃなくて稲荷のコタロウだからな?」

「吾妻はあたしのってこと?」真顔で図々しいことを言う稲荷。「吾妻は絶対飼いたくないなぁ~」


 めちゃくちゃ理不尽な振られ方をしていた。いや、振られたわけじゃないか……?


「どっちにしたって、勝ったのはうちのリアジュウだからな」

「いいもん。吾妻には期待してないしねっ」

「自分の相棒に酷い言い草だ……」

「え、吾妻は自分があたしの相棒だと――」

「ニックネームネタで俺を疲れさせるつもりだな!?」

「ぐぬぬ……バレたか」


 やり口が姑息だった。こんな卑怯なやつに負けるわけにはいかない。コタロウ、お前の仇は俺が果たして見せる!

 俺のリアジュウは、稲荷が出す二体目、三体目のボクモンを立て続けに撃破した。

 が、反動ダメージでリアジュウも倒れてしまう。


 俺の二体目のボクモンと、稲荷の四体目のボクモンが場に現れる。

 稲荷はこれが最後だった。対する俺は、もう一体残っている。


「むぐぐ~……ねぇ、吾妻! 一ターンだけあたしにチャンスをくれたりしない?」

「するわけなくね?」

「まぁまぁ、そう言わずに。もしチャンスをくれたら……ぱ、パンツを見せてあげるから!」

「は?」そうきたか、と思った。

「ふっふ~、めっちゃこっち見てる! あたしのパンツ、そんなに見たい~?」

「……見たくないわけじゃないかもしれなくもないな」

「超誤魔化してる時点で『見たい』って言ってるようなものだよ、吾妻」

「うぐっ」


 まだこっちが優位に立ってるはずなのに、形勢逆転されたように錯覚した。

 やっぱり稲荷は姑息だ。でも、パンツが見たくないかと言えば嘘になる。たとえこの後エッチをすることになったとしても、その前に見せてもらうのは別腹だった。


「ほれほれ~。『待つ』コマンドを選んでくれるなら、先にあたしのパンツを見せてあげるよ? 今日は吾妻に見られてもいいように、可愛いのを履いてきたんだけどなぁ」

「なっ……!?」

「ねぇ吾妻、見たくないの……?」

「それは――」


 上目遣いで誘惑してくる稲荷。

 本当に……本っ当に卑怯な色仕掛けだった。この俺がそんな色仕掛けに引っかかるわけがない。ただ、ここまでして稲荷が一ターン分チャンスを欲しいって言ってるなら、それくらいは恵んでやってもいいかなって思う。

 それだけだ。うん、本当にそれだけ。断じてパンツが魅力的だったわけじゃない。


「――分かった、一ターンだけだぞ」俺は『待つ』コマンドを選んだ。

「ふぅ~ん? そんなにあたしのパンツが見たいんだ?」

「別にそういうんじゃない。情けをかけてやっただけだ」

「……じゃあ、見なくていいの?」

「…………見せてくれるなら見るけど」

「しょ、しょうがないなぁ~。吾妻はスケベだもんね」


 反論する気にもなれない。俺は稲荷を凝視した。稲荷は居心地が悪そうにもじもじ身を捩ったかと思うと、スカートの裾に再び触れ、ゆっくりと持ち上げていく。

 太腿が見えた。

 そして、三角の頂点がちらりと覗く。縞模様だった。息を呑んでいる間にも、ほんの少しずつスカートがたくし上げられていき――。


「…………お、終わり! これ以上はこの後のお楽しみってことで!」


 めちゃくちゃ恥ずかしいことを稲荷が言い放った。

 ――この後のお楽しみ。

 モクモクせずにはいられない。


「ゆ、油断大敵だよ! 一ターン強化に回せれば、後は楽勝なんだから!」


 稲荷は言いながら、ボクモンに技の指示を出す。いま稲荷側にいるのは攻撃力特化のボクモンだ。使用する技はアタックダンス。更に攻撃力を上げる強化技を使うことで、こちらの残りメンバーを連続撃破するつもりらしい。


「……いいのかこれで」

「ん? どーしたの吾妻? 負け惜しみなら聞いてあげるよ」

「いや、負け惜しみとかじゃなくて……アタックダンスじゃ、敏捷力は上がらないだろ」

「あっ……」


 致命的なミスに気付いたらしい。

 ターン制RPGであるこのゲームでは、敏捷力によって行動順が決まる。今のターン、こちらのボクモンのほうが先に動いていた。つまり、敏捷力はこちらのボクモンのほうが上だ。

 なのに稲荷は攻撃力が上昇する強化技を選んだ。


「ちょっ、待っ――」

「はい、俺の勝ち」

「うぎゅ~~~~~!」


 相手の紙耐久を粉砕し、こちらのボクモンの攻撃がこうかばつぐんで決まる。

 ――俺の勝ちだった。


「完全にパンツの見せ損なんだけど!?」

「どんまい」俺は笑いを堪えながら言った。「ぷっ」

「わ、笑うなぁっ! 今回はたまたま吾妻が勝てただけなんだからね!」

「それはそう」


 実際、俺たちの勝敗はさほど偏っていない。今回は稲荷がポンコツだっただけだ。

 でも勝ちは勝ちである。

 そして、今回の勝負では勝者に権利が与えらえれることになっていた。


「さてと。じゃあ、約束どおり稲荷を好きにしていいんだよな?」

「…………」

「稲荷?」無言を返され、心配になった。


 俺と稲荷では経験に差がある。二回目で男に好き放題されるのは不安なのかもしれない。

 ……そんな懸念は、数秒後に吹っ飛んだ。


「……あたしのこと、いっぱい気持ちよくしてね?」

「――っ」

「ちょ、吾妻!? って……お姫様抱っことか、恥ずかしいよぉ!」

「俺の好きにしていいんだろ? だったら、めいっぱい部屋で可愛がってやる」


 これ以上モクモクを抑え続けたら、きっと煙突か何かが壊れてしまう。

 俺は稲荷を抱きかかえ、寝室に運んだ。



「…………ちゃんと上手くて悔しいんだけど」

「まぁ、それは」男冥利に尽きるなと思いながら言う。「経験の差だな」

「いいもん。次までに動画見て勉強してくる!」

「そんなことしなくても、十分だと思うけどな」

「やだ! 今度はボクモンバトルでもエッチでもあたしが勝つもん!」

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