#06 最高の放課後
「ただいまー!」
「いや、俺の家だし」
「ただいまって言うくらい別にいいでしょ?」
「一回ヤっただけで彼女面とか痛々しいぞ」
「彼女面してないもん! そっちこそ彼氏面しないでよねっ!」
「してないが……?」
ある日の放課後、稲荷がゲームをしにやってきた。俺が暮らしているマンションにやってきた稲荷が早々にこっぱずかしいことを言ったので、つい捻くれた返事をしてしまう。
流石に今のは言い過ぎたかもしれない。でも、稲荷はこれまで一度だって『ただいま』と言ったことはなかった。いつも『お邪魔します』だったはずだ。
「もう、吾妻は細かいなぁ~。じゃあ、今日からここを『ちょうどいい同盟』の本拠地とする! これなら文句ないでしょ?」
「俺の家を無断で本拠地にしないでほしいんだが!?」
「家賃を払ってるのは親御さんでしょ~!? だったら、許可を取るべきは吾妻じゃなくて吾妻の親御さんじゃん!」
稲荷はいいことを閃いたかのようにニマーッと悪い笑顔を浮かべた。靴を脱ぎながら「じゃあさ」と口を開く。
あっ、何を言うのか分かった。
「あたしに吾妻の親御さんとお話させてよ!」
「させない」間髪入れずに拒否る。
「えー。吾妻のケチ!」
「やかましい。話してどうするんだよ?」
「まずは『吾妻の家を本拠地にしていいですか?』って訊く」
「まずは?」他にもあるみたいな言い方だ。「他にもあるのか?」
「それはもちろん、吾妻の様子を報告するんだよ」
「俺の様子って、たとえば?」
「『ゲーム三昧ですよ~』とか」
「おい」
「『とっくに童貞卒業してますよ~』とか!」
「おい!?」
ぷっと稲荷が噴き出した。いや、まったく笑い事じゃないんだけどな!?
前者はともかく、後者を稲荷の口からバラされた暁にはとんでもない騒ぎになる。特に面倒なのは母さんだ。絶対にうざ絡みしてくることだろう。
「じょーだんに決まってるじゃんっ」と稲荷がお腹を抱えて笑う。
「吾妻、焦りすぎ!」
「稲荷はうちの両親の面倒臭さを知らないからそんなことを言えるんだよ」
俺は頭を抱える。まぁ、両親の面倒臭さを稲荷が知っているほうが困るんだけど。
別に両親と仲が悪いわけじゃない。むしろ上手くいってるほうだと思う。
俺は高校入学と共に一人暮らしを始めた。とはいえ実家は関東圏にあるので、会いに行こうと思えば放課後にでも帰ることができる。実際、誕生日とかは『帰ってきなさい』と圧をかけられ、日帰りで帰省した。
だが、今しがた話した誕生日のエピソードからも分かるように、うちの両親は息子を気に掛け過ぎているきらいがある。……まぁ、ありがたいことなんだけどな。
「まぁ、いつもこの部屋で会ってるわけだし、本拠地みたいなものなのは確かか」
「おっ、認めた。そんなに親御さんと話してほしくないの~?」
「クラスメイトと親を会話させたい男子高校生なんていないんだよ」
というか、この話をこれ以上続けたくない。
こほんと咳払いをしてから、かしこまったトーンで言う。
「今日から俺の部屋を『ちょうどいい同盟』の本拠地(仮)とする。……これでいいか?」
「モーマンタイっ! っていうか、このやり取り飽きた~。さっさとゲームしない?」
「お前が始めた物語だろうが!」
「はいはい、そ~だね。分かるよ」
「理解のある彼氏面やめろ」
「彼氏を振り回すわがままな彼女面もやめてよねっ」
「……」俺は黙りこくった。
「……」稲荷も黙っていた。
「「ぷはぁ……!」」
俺たちは揃って噴き出した。俺も稲荷も『ちょうどいい同盟』を気にして、ちょっとだけ変になっていたかもしれない。いや、そんなことはないかも。むしろ全然気にしていなかったようにも思えてくる。
「とりあえず、ただいま」
「おう、おかえり」
まぁ、変に突っかかることもないだろう。『お邪魔します』が『ただいま』になっただけ。言葉の変化にいちいち意味を見出そうとするのは、面倒で疲れるから。
「そんなこんなで改めて――ゲームしよ! 六つ目の試練に挑むところだったんだよね~」
「マジかよ、早くね? まだ火山のイベント終わってないんだが」
「ふっふ~」稲荷がドヤってくる。実にうざい。
「すぐに追いついてやるからな」
そんなことを話しながら、俺たちはリビングでゲームを始めた。
稲荷は買ってきたポテチとポッキーを広げ、俺は代わりに冷蔵庫のジュースをコップに注ぐ。場所の提供と飲み物の用意を俺、お菓子の用意を稲荷がする――というのが俺たちの間での役割分担だ。
「ソファー、も~らいっ!」
「あっ、また……」
「油断大敵~! ここはあたしの特等席だからね~」
だら~んとソファーに寝転がる稲荷。スカートの裾がめくれ上がるのが見え、慌てて目を逸らした。
ったく、制服から着替えてくるならズボンを履いて来いよ……。
モクモクする気分をぐっと堪えて、俺はソファーの近くのクッションに寄りかかりるように座った。そして、ゲームを始める。
俺と稲荷は一緒にゲームをしているが、別に協力プレイをするわけじゃない。俺たちがプレイしているのは『ボックスモンスター』という国民的モンスター育成ゲームだ。ボクモンと呼ばれるモンスターを集め、八つの試練をクリアしてチャンピオンを目指す――という分かりやすいストーリーのRPGである。
『ボクモン』にも対戦や交換など複数人でプレイする要素はあるが、それが目的で集まってるわけじゃない。では一緒にいて何をするのかと言うと、どこまで進んだのかを報告したり、捕まえたボクモンを自慢したりしているのだった。
「ぐぬぬ……うちの子たちが苦手なタイプの試練なんだけど!」
「ふっ、ざまぁ」
「吾妻! めっちゃ聞こえてるんですけど~?」
「別に聞こえないように言ったわけじゃないしな」
悠々と敵を蹴散らしながら片手間で煽る。稲荷にゲームの進行度で負けるのは悔しい。俺は六つ目の試練の前にこなさなければいけない、火山でのヴィラン退治を進める。さくっと倒して追いつかねば。
「あっ、ずるっ!? ギガ回復薬とかまだショップで買えないのに!」
「…………」
「あ~、負けた……。うちの子たちは頑張ってくれたのにぃ!」
「どんまい――っと、言ってる間に幹部撃破!」
「早くない!?」
「ちゃんと時間をかけて育成してるからな」
「むぐぐ……あたしだって育ててるし!」
だらだらと喋りながらゲームをするだけ。
――これがめちゃくちゃ楽しい。
今はオンラインプレイができるゲームも多いし、身近になっている。FPSとか格ゲーとかが分かりやすいだろうか。
そういうゲームが悪いとは言わない。でも、俺や稲荷はオンラインプレイが面倒だと感じるタイプだ。見ず知らずの相手と協力したり対戦したりするのは疲れるし、知り合いとの協力プレイすら億劫だと思ってしまう。
その点、『ボクモン』はいい。あくまで基本は個人プレイだけど、一緒にプレイしていても楽しめる。俺たちにとってちょうどいいのだ。
「やった、倒せた……!」稲荷がガッツポーズをする。
「チッ、先を越されたか」
顔を顰めながら稲荷のほうを向くと、憎たらしいほどのドヤ顔を見せつけられる。
くっそ、むかつく……!
よく考えれば単に家でゲームをやってる時間が違うだけなので悔しがる要素はどこにもないのだが、ドヤられると負けた気がしてくるから不思議だ。
「ふっ、ざまぁ」これみよがしに俺の真似をする稲荷。
「なっ……!?」
吾妻は激怒した。必ず、かの調子に乗ってるB級美少女を分からせなければならぬと決意した。吾妻には人間関係の機微が分からぬ。けれども煽りに対しては、人一倍に敏感であった。
「ちょっと待っとけ。この試練を突破したら、稲荷に格の違いってものを教えてやる」
「あたしに勝てると思ってるんだ~? 負けフラグびんびんに立ってるけど大丈夫ぅ?」
「その余裕、へし折ってやる!」
……と、こんな風にバチバチするのも日常で。
いつものごとく、俺たちはバトルをすることになるのだった。
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