#05 もう一つの『ちょうどいい同盟』

 俺と小町はエッチした後、いつも二人で風呂に入っている。俺は気恥ずかしいので別々に入りたいと思っているのだけど、小町が二人で入りたがるのだ。


「さっきの」

「うん?」

「B級美少女ってやつ。あれ、いいセンスしてる」


 だくだくに掻いた汗をシャワーで流していると、小町はそんなことを言ってきた。

 そういえば、その話をしたんだっけ。もう数時間前のことなので、微妙に遠いことのように感じられた。風呂に入る前に処理したゴムの数を思い出し、そりゃそうか、と苦笑する。

 我ながら『好きにしていい』と言われて、昂りすぎたみたいだ。


「考えたのは俺じゃないけどな」

「だろうね。てか、吾妻が考えてたら最低でしょ」

「それはそう」俺は失笑する。


 S級だなんだと言っている時点で失礼なのに、B級なんてレッテルを考え出したとなれば、めちゃくちゃ罪深くなってしまう。B級美少女が言い出したからこそギリギリ許される言葉だろう。


「誰が考えたの?」

「あー」俺は少し迷った。

「言えないの?」

「いや、どうだろう」


 稲荷との関係を話してしまっていいのだろうか。どちらにせよ、名前を伏せて伝えておきたいとは思う。小町以外とヤったという事実は隠すべきじゃない。

 問題は名前を明かしてもいいのか、ってところ。

 小町は何気に鋭いから、B級美少女って言葉が生まれた経緯を話せば、言い出したのが誰なのか察してしまう気がする。


『じゃあ、ぬるっとだるっと続けようよ。ゲームをしたりエッチをしたりする関係。ちゃんとしないまま、さ』


 だけど、こんな風にあれこれと逡巡すること自体が『ちょうどいい同盟』の趣旨と違っているようにも思えた。

 真剣に考えこんだり、秘密を抱えたりするのは、すごく疲れる。その負担を俺が抱えるのは、なんというか、ちょうどよくない。


「稲荷だよ。稲荷祈里」


 結局俺は、端的に明かしてしまうことにした。


「あぁ……なるほど」

「その納得の仕方も酷いな」

「確かに。でも、稲荷さんは私のお仲間だろうから」

「B級美少女仲間か」

「そ。だから酷くてもいいかなって」

「同族嫌悪って言葉もあるけどな……?」


 まぁ、稲荷が小町を嫌うとは思わない。むしろ共感しあえるんじゃないだろうか。二人には似ている部分が結構あるように感じる。


「ま、納得。稲荷さん、いいこと言うじゃん。B級くらいがちょうどいい、か」

「……え?」

「……え?」


 俺たちはまじまじと見つめ合った。微妙に行き違いが起こっているっぽい。別に誤解を解く必要もない気がしたけど、『……え?』と反応してしまったので、素直に話しておくことにした。


「B級くらいがちょうどいいっていうのは俺の意見。稲荷も思ってるかもしれないけど」

「…………ふぅん」

「なんだよ」

「なんでもない」

「……」小町が意味深な視線を向けてくるので、俺は言葉に窮する。「なんだよ」

「いや、私は吾妻にとってちょうどいいんだ、って思っただけ」

「うっ」


 痛いところを突かれた。割と何様案件だよな。返答に困っていると、小町は薄く笑いながら続けて言った。


「ま、私って舞よりちょっとだけ可愛くないし。変な位置にほくろあるし。胸も舞の方が微妙に大きいし」

「……そうなのか」

「今のはキモイ」

「えぇ……」


 いや、双子で発育が違うんだなーって思っただけじゃん?

 ……とは流石に言わない。どう考えてもキモイから。

 代わりと言うのも変だけど、俺は「それだけじゃなくて」と小町の言葉に継ぎ足した。


「小町といると楽なんだよ。情熱に焚きつけられたり、頑張ってる姿に焦らされたりしなくて済むから」

「……それは私も同じ。吾妻といると楽」


 言い合ってから気付く。お互いに結構酷いことを言ってるのでは? これでは、情熱がなくて頑張ってないと言ってるようなものだ。

 ……まぁ、事実そうなんだけど。


「この前さ」

「うん」

「稲荷とシたんだよ」

「……エッチを?」

「ああ」おずおずと小町の様子を窺う。

「ふぅん」


 小町の反応はあっさりしていた。少なくとも俺には、含みのある『ふぅん』には聞こえない。

 シャワーを止めて、俺が浸かっている湯船に入ろうとする小町。俺がスペースを空けてやると、じゃぶーん、とお湯が零れた。


「付き合ったの?」

「いや、そういうわけじゃない」

「じゃあ、セフレか」

「それも違う。同盟を組むことになった」

「同盟」小町はぱちぱちと瞬いた。「なにそれ」


 それなぁ……と思った。あのときは流れで呑み込んだものの、改めて説明しようとすると妙に恥ずかしく感じる。

 だが、小町なら理解してくれる気もしていた。


「ゲームをしたりエッチをしたり、ゆるく一緒にいられる関係でいようって話になったんだ。ちゃんとしようとすると疲れるから」

「…………」

「でも、『セフレ』って言っちゃうとねっとりしすぎてる。だから『ちょうどいい同盟』って呼ぶことにした」

「『ちょうどいい同盟』」小町は反芻した。


 そもそも、セフレはセックスをするための関係だから、『ちょうどいい同盟』とは違う。

 俺たちの目的はそういうことじゃない。疲れない関係でいらればいいのだ。


「それも考案は稲荷さん?」

「だな」

「稲荷さんって、いいセンスしてる」

「それはそう」


 B級美少女然り、『ちょうどいい同盟』然り。稲荷のセンスは俺も好きだった。


「それ、私とも同盟組んでよ」


 と小町は不意に言った。


「いつかは稲荷さんに私を紹介してもらうとして……とりあえず私とも別の『ちょうどいい同盟』を組むってことで、どう?」


 そうは言っても、同盟を組んだところで小町との関係に大きな変化があるわけではないだろう。

 一緒に運動をしたりエッチをしたりする関係。

 もともと小町とも『ちょうどいい同盟』のような関係を築いていた。


「念のため訊くけど、いいのか?」

「いいって?」

「俺は稲荷とエッチしたし、これからもする。それでもいいのか?」


 これは稲荷にも訊いたことだ。

 果たして、小町の口からは聞き覚えのある答えが飛び出した。


「別にいい。特別扱いしてほしいわけでもないし」


 特別になることをを目指したところで、どうせ届かないのだと俺たちは知っている。

 湯船の中に沈んだ小町の手を取ると、彼女はふっと笑い、握り返してくれた。この温もりが愛おしい。けど、こうして触れ合う微熱を特別なものにしてしまうより、当たり前だと思えるほうが幸せだ。


 かけがえのないものなんて、重すぎる。

 そんなものに、ありのままで触れることなんてできないだろうから――。


「了解。まぁ、今までの関係に名前を付けるだけだしな」

「そ。何かを変えるわけじゃないし」

「変わるのも面倒だしな」

「ん」


 かけがえがある関係が俺たちにとってはちょうどいい。

 そういうことなのだと思う。


「あ、でも回数が減るのは普通に嫌」

「……ただでさえ最近一日にする回数が増えてると思うんだが?」

「ハマっちゃったものはしょうがない。気持ちよくする吾妻が悪い」

「…………」


 突然こういうことを言うのはマジでズルい。冷めていたはずの欲がモクモクと盛り上がる。小町はふっと蠱惑な笑みを浮かべた。


「杞憂だったかも。……絶倫」

「うるせぇ。今のは小町が悪いだろ」

「そんなこと言ってるなら、口でシてあげないけど?」

「…………俺が悪かったので、シてください」

「ん、くるしゅうない」


 だらだらと湯船に浸かりながらエッチなことをする。

 最高にちょうどいい時間だった。

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