#04 双子マイナーチェンジ

 双子には二種類ある。一卵性双生児と二卵性双生児だ。

 ――そんな双子トリビアはアニメやゲームで双子ネタが擦られまくったことで、当たり前の知識になってきたように思う。俺自身、似てない双子と似てる双子がいることは知っていた。


 けど、一卵性双生児がどれだけ似ているのかを知ったのは、実物の双子を目にしてからだ。まさに『百聞は一見に如かず』だなと思う。


 約束の時間より少しだけ早くなった呼び鈴に応じて玄関に向かうと、そこには狛井舞と瓜二つの少女がいる。

 小柄で、黒髪ショートヘア。だが決して中性的には感じられない。メリハリのある体型はアスリートとしても女性としても洗練されている。ランニングウェアとショートパンツという薄着だからか、余計にスタイルの良さが見て取れた。


「よう、小町こまち。早かったな」

「ん。今日は調子が良くて、いつもより早いペースで走れたから」

「今日も走ってきたのか」

「準備運動は大事」

「準備運動て」俺は失笑する。


 彼女は狛井小町。S級美少女こと狛井舞の双子の姉――だそうだ。二人は一卵性双生児らしく、その容姿はめちゃくちゃ似てる。しかし、いくつか違いもあった。

 たとえば肌。こんがり焼けた褐色肌の妹と違い、彼女の肌は健康的なやや小麦色に染まっている程度だ。

 たとえば口元。小町の口の斜め下には、俗に艶ぼくろと呼ばれるようなほくろがある。


「……じろじろ見てきて、なに?」

「いや、改めて狛井と似てるよなって」

「当たり前じゃん。双子なんだから」


 くすくすと小町が微笑を浮かべる。


「まぁ、そうなんだけどな。体育の時間にたまたま狛井と会ったから」

「なるほど」


 言いながら、小町は妖しく目を細めた。ゆらゆらと揺らぐ夜に魔法で誘うかのように、彼女は悪戯っぽく尋ねてくる。


「つまり舞にぶつけられないムラムラを私で発散したくてしょうがないんだ?」

「そんなこと言ってないよな!?」

「え、違うの?」

「違うに決まってるだろ!」

「なんだ。人の妹に欲情するド変態かと思ってたのに」


 とんでもなく失礼な勘違いをされていた。

 とりあえず小町を部屋に入れながら「あのなぁ……」と申し開きをしようとするが、それよりも先に彼女が悪魔的な笑みを浮かべて言ってくる。


「『日頃のトレーニングで引き締まった体をほぐしてやるぜ』とか『あの褐色肌を俺の精液で白く染めてやるぜ』って妄想しないわけ? 体調悪い?」

「余計なお世話なんだよなぁ……!」

「え、エッチなお世話をされたい?」

「言ってないからなっ!?」


 小町はいったい俺をなんだと思ってるんだろう。そして、双子の妹が妄想の餌食になることに対してもっとしっかり嫌悪感を持ってほしい。

 いやまぁ、狛井がエロくないとは言わないよ? 健全なスポーツ女子に見出すエロスこそ真のエロスみたいな部分もあるし、引き締まった肉体は魅力的だと思う。


 だが、知人をオカズにするほど飢えてはいない。

 そしてもう一つ言わせてもらえば――


「狛井の代わりに小町と仲良くしてるわけじゃない。俺の友達は小町だ」

「ん、知ってる」


 ――ってことだ。


「みんなは私のこと、舞の代わりとかおまけ程度にしか思ってないだろうけど」

「あー」俺は苦笑する。「今日、C組も100m走だったのか」

「そゆこと」


 かなり鬱憤が溜まっていたのだろう。小町は顔を歪めながら頷いた。部屋のベッドに腰を下ろし、ぐいーっと猫のように伸びをする小町。「はぁ」と吐いた溜息は、ひどくダウナーなものだった。


「舞があちこちで活躍してるからって、私にも頼まないでほしいよね」

「まぁ、狛井はどこでも引っ張りだこだからな。双子の小町をスカウトしたくなる気持ちはちょっと分かる」

「ま、そうだけど……そもそも私は舞ほどガチ勢じゃないし」

「それはそう」


 一卵性双生児だからなのかは知らないが、狛井と同じで小町もスポーツ万能だ。ただし、小町は部活に所属していない。

 そもそも単に運動が好きなだけでしかなく、真剣にトレーニングをしているわけでもない。だからスポーツ万能ではあるけど、どれも狛井には及ばない――と小町は言っていた。

 だけど、それでも運動が得意なことには変わりない。狛井並みの活躍を期待され、小町はたびたびスカウトされるのだという。


「私はただ遊んでるだけだし。毎日同じスポーツしてたら飽きるでしょ普通」

「それな」

「あと、舞と同じ活躍を期待されても困る。舞は正真正銘の天才だから」

「…………」

「別に舞に勝ちたいとは思ってないし、そもそも一番を目指してないし……なのに勝手に外野が騒ぐせいで、色々考えさせられそうになるじゃん。そういうのがうざい」


 小町の声には、かなりの苛立ちがこもっている。

 彼女がストレスを溜め込んでいることは、RINEを見た時点で分かっていた。さっき『発散したくてしょうがないんだ?』とか訊いてきたけど、本当に発散したいのは小町のほうなのだと思う。


「なるほど」と俺はありきたりな相槌を打つ。でも、その声が思いのほか大きくなっていたみたいで、小町がまじまじと俺を見つめてきた。

 たぶん何かを期待されている。うーん、気が利いたことを言えればいいんだけど、流石に無茶ぶりだった。


「B級美少女って言葉が誕生するところを目撃したんだ」

「なにそれ」

「狛井って、S級美少女とか言われてるだろ」

「『舞と比べたら私はB級だ』って言ってる?」

「そういうこと」俺は頷いた。「でも、B級くらいがちょうどよくないか?」


 こんなことを言ったところで、小町のモヤモヤが晴れるわけじゃないだろう。そもそも小町は自分で言ってるのだ。『舞に勝ちたいとは思ってない』と。

 だけど、俺がちゃんと小町の考えを支持してるってことは伝えておいてもいい気がした。支持者は多いに越したことがない。何せ世の中は多数決で決まること馬鹿りだから。


「狛井に誘われてもスポーツやる気にはならないしな」

「……その割に私が誘ったら付き合ってくれるじゃん」

「小町になら男女の体格差込みでいい勝負ができるからな。狛井とやったら負けそうだし、女子に負けたら寝込む自信あるぞ」

「かっこわる……」

「負けるより勝ったほうが楽しいだろ!」

「確かに」


 小町はふっと愉快そうに笑った。ちょっとはマシな気分になってくれただろうか?

 病気を治す薬にはなれなくていいから、微熱のときのポカリでいられたらいい。


「ん、合格」


 照れ隠しをするように小町が顔を逸らした。


「今日は吾妻の好きにしていいよ」

「……その場合、前みたいに激しくするけど」

「いいって言ってるの。舞と違って、私は明日の練習を心配する必要もないし」


 ごろんと小町がベッドに寝転がる。

 これはズルい。歯止めが利かなくなりそうだ。「ほら早く」と言うその口元のほくろが艶めかしくて、体の奥がモクモクした。

 そう、モクモクだ。

 ムラムラってオノマトペは、舌触りがねっちょりしていて、しっくりこない。


「ゴムは買っておいたから」

「たくさんシたいの?」

「当たり前だろ」


 ――ギィ。ベッドが運動不足の猫みたいに軋んだ。

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