#03 二人のS級美少女
稲荷と俺が『ちょうどいい同盟』を結んでから、数日が経った。ただの高校生にすぎない俺たちの関係性がちょっと変わったからと言って世界の形が歪むわけはなく、今日も恙ない日常が続いている。
「あーだりぃ。100m走とかマジでつまんねぇよな」
「それはそう」
ある日のこと。
俺は悪友である
俺も竜二も、体を動かすのは好きなほうだ。部活は性に合わないってことで運動部には入っていないものの、体育では生き生きとするタイプである。そんな俺たちが体育の授業でだるさを感じる貴重な機会が訪れていた。
100m走――学年が上がると必ずといってもいいほどやらされるだるい行事だ。うちの学校では五月に行われる体育祭の選手を決めるときの参考にもするため、ゴールデンウィークに入る前にはどこのクラスも終わらせることになっている。
「おっ、あっちは稲荷さんの番だぞ」
と男子の声が聞こえたので、俺は女子がいるほうに目を遣った。男女分かれて計測するものの、グラウンドは同じなのでお互いに見えるようになっている。
スタートラインには、稲荷ともう一人の女子が立っていた。
「祈里ちゃん、頑張れーっ!」
はじけるような声で稲荷を応援するのは、我が校が誇る現役アイドル――伏見だ。遠目からでも圧倒的に可愛く、ひとたびそちらに目を向ければ、逸らすことができなくなってしまいそうだった。
「おぉぉぉぉ!」
「応援してる伏見さん尊い……!」
「これが無料とか俺得すぎる」
「もうゴールしてもいいよね……?」
以上、伏見を見た男子たちの鳴き声でした。
どいつもこいつもキモすぎる。でも気持ちは分からないでもない。生で見る現役アイドルはそれだけ凄まじいのだ。
「相変わらずすげぇな、伏見さん」
「まぁ、当たり前だろ。アイドルなんだし」
「それなぁ」
俺と竜二は男子たちのノリに乗り切れず、苦笑しあう。
こんなやり取りを聞かれれば『冷めている』とか『斜に構えている』と思われてしまうかもしれないが、そういうわけじゃない。他の男子ほどノリノリになれないってだけで、俺たちも伏見が可愛いとは思っている。
ただ――よぎるのだ。
俺たちは同い年のはずなのに、って。
伏見は、俺たちが知らない大人の世界で活躍している。そこは決して綺麗なだけの世界じゃないだろう。教室で彼女が見せる顔は伏見文という人物の一面でしかない。
俺たちはどこまで足掻いても子供なんだろう、って思わされる。
伏見が悪いわけじゃない。ただ雲の上の存在だから、見上げれば見上げるほどに首が疲れ果ててしまう。
「うん、頑張るねっ!」
稲荷がぐっとサムズアップ。そして、スタートラインについた。眩しすぎない等身大の可愛さがちょうどいいな、と思った。
クラスの可愛い子が頑張ってる――それくらいでいい。
でも伏見と比べれば稲荷の可愛さは霞むのか、男子たちが湧くことはない。
よーいどん、で稲荷は走り出す。早いわけでも遅いわけでもない、普通の女子って感じの走り。けど一生懸命ではあった。
「……見たか?」
「揺れてたよな」
「流石は安心の稲荷さん。期待を裏切らないぜ」
……うちの男子が最低すぎる。いや、揺れてるなとは思ったけども!
やれやれと頭を抱えているうちに俺の番になった。俺はモヤモヤを抱えたまま、スタートラインに向かう。
この気持ちはなんだろう?
考えたら、すぐに答えは出る。稲荷の言っていたことが腑に落ちたからムカついているのだ。伏見の下位互換みたいに扱われるのはまだしも、下位互換
けれど、わざわざ異を唱えるほど正義感や行動力があるわけでもない。
ただモヤモヤするだけ。我ながら呆れるほどに小市民だった。
「位置について、よーい」
どん、と合図。
モヤモヤを発散するように俺は全速力で100mを走り切った。
◇
ところで、S級美少女がいるのはB組だけじゃない。
一緒に体育の授業をしていたA組にもS級美少女と呼ばれる女子生徒がいたりする。さっきは伏見が目立っていたけど、授業中に一番注目を浴びているのは伏見ではなく、もう一人のS級美少女だった。
そして、俺はいま――
「吾妻さん! 相変わらずの走りっぷりでした! やっぱり吾妻さんには陸上部に入っていただきたいです! 絶対いいところまで行けると思うんですよね!」
――そのS級美少女と水飲み場で遭遇していた。
こんがりと肌が焼けた、黒髪ショートカットで小柄の美少女。天真爛漫って言葉は彼女のために作られたんじゃないかと思うほど、曇りなく笑っている。
彼女の名前は、
「狛井に褒めてもらうほどじゃないっていつも言ってるだろ? 俺のは素人に毛が生えた程度だ」
「誰でも最初は素人ですよ! というか、私もまだまだです! うちの学校の陸上部は弱小ですし……なので、今からでも入りやすいと思います! ぜひどうですか?」
「どこの部活にも入る気はない。そこまでガチで走りを極めたいわけじゃないからな」
「むぅー、お姉ちゃんみたいなことを言いますね……」
狛井とは、去年からたまに話す仲だ。弱小な陸上部を盛り上げるために、運動が得意そうな生徒をスカウトしているらしい。俺もたまに出くわすと、目が合っただけでバトルを仕掛けてくる野良トレーナーのように勧誘されていた。
とはいえ、執拗に絡んでくるわけじゃない。毎回断ればすんなり諦めてはくれるので、こちらとしては気が楽だった。
「というか、相変わらずなのは狛井のほうだろ。さっき凄かったな」
「いえいえ、私なんてまだまだ未熟者です!」
「未熟者て」俺は失笑する。
さして陸上強豪校だったわけでもないうちからインターハイに出場している時点で、めちゃくちゃ凄いはずだ。一年生でかなりいいところまで行ったらしいしな。
「この前も試合で負けてしまいましたから」
「それって、バスケ部かなんかの助っ人だろ?」
「そうですね。都内一、二を争う強豪チームだと聞きました」
「…………」
狛井の活躍は陸上部だけにとどまらない。ちょくちょく他の部の助っ人にも駆り出されているのだ。
八面六臂の活躍からついたあだ名は――『勝利の女神』。
本人曰く『陸上部を盛り上げるため』の協力だそうだが、陸上部から狛井を引き抜こうと画策されるだけだと思う。
「おっと、あんまりお喋りをしすぎるのもよくありませんね。私はそろそろ失礼します! 陸上部の件、ぜひ今年こそは考えてみてください! 今なら副部長のポストをご用意しますよ!」
「いや、魅力的なポストじゃないからな……?」
別に陸上部の副部長になったからって、役得があるわけでもないだろう。せいぜい狛井と一緒にいられる時間が増える、ってところか?
しかし、増えたところでどうにもならない。
狛井は陸上で日本一、世界一になろうとしている。恋に現を抜かしている暇はないだろう。伏見と同じで、狛井にも手は届かない。
だから仲良くすることに意味はない――とまでは思わない。
けれど、情熱に満ちた相手と一緒にいるのはすごく疲れる。俺に向いていないのは確かだ。
水飲みを終えてグラウンドに戻ると、やがてチャイムが鳴った。
更衣室で着替えていると、ブレザーの胸ポケットに入れっぱなしだったスマホがぶるるっと震える。
最後まで着替えを済ませてから確認した。
届いていたのは、RINEの通知。
【コマコマ:今日】
【コマコマ:部屋行きたい】
【コマコマ:ゴムまだある?】
それは狛井――俺の初めての相手からのメッセージだった。
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